第433話、討伐後のお話


 その報告を受けたジャルジー公爵は、まったく信じられない思いだった。


 フォルミードー、討伐!


 確かに、ジンなら何とかしてくれるかも、と期待をしていた。


 というより、他にすがるものがなかった。もしかしたら、という一縷いちるの望みに賭けていたと言ってもいい。


 クロディス城のポータルを通って現れたジンと黒猫のベルさん。公爵の私室で詳細を聞かされたジャルジーは、化かされているのでないかと思ったほどだった。


 ジンは写真なるものを机の上に広げ、事の顛末を報告した。


 空飛ぶ戦闘機という乗り物。ワイバーンの集団、それらが身体の部位を失いながら落ちる光景、飛行する超巨大飛竜と、墜落した後、首だけになった超巨大飛竜と一緒に映るジンと仲間たち――などなど。


 フォルミードーの脅威はなくなった。


 倒すことができなかったとされる伝説の飛竜はもういない。他の飛竜が飛来しようとも、ベース・レイドと名づけられたジンの拠点から飛び立つ戦闘機が、それらを速やかに駆除するだろう。


 本当なら安堵すべきことだ。これまで悩みの種だった空飛ぶトカゲどもが排除されたのだから。


 だが、いまのジャルジーの心境を語るなら、こうだった。


 悔しい。


 何故、オレはその場にいなかったのか。


 ジンの操る戦闘機が飛竜をバッタバッタと撃ち落すさまを見ることができなかった。フォルミードー退治など、まさに後世に伝え残るほどの偉業。偉大なる英雄譚の一ページを目の当たりにする機会がそこにあったのに、その場にいなかったのだ!


 だから、悔しい。


 猛烈に。


 激しく。


 ジャルジーは英雄崇拝者である。王になるのと同じように、英雄への強い憧れを持っていた。ゆえに幼少の頃から武術に励み、魔法も習得した。個々の戦技で比べるなら、クロディス一の戦士だと自負するくらいに。


 だからこそ知りたいと思った。ジンたちがフォルミードーを倒した力、戦闘機や、その練達の技、武器など。一応、写真と共に説明を受けたが、本物が見たいのだ。


 本物の戦闘機。本物のワイバーンの死骸。本物のフォルミードーの首が!



  ・  ・  ・



 ジャルジーが難しい顔をして、食い入るように写真を見つめている。


 俺は、城のメイドが入れてくれた紅茶で唇を湿らせつつ、若き公爵の様子を油断なく観察していた。


 最初は戦闘機のことを明かさずに済めばいいと思っていた。ワイバーンの群れも、ミサイルランチャーを使って迎撃したと嘘をつくこともできたし、フォルミードーにしろ、俺の極大魔法で撃ちました、と偽ることもできた。


 ……というより最初はそうするつもりだった。


 だが、残念ながら嘘がつけない状況となっていた。北方からの飛竜の襲来に備えて警戒していたのは、何も俺たちだけではない。自らの領地を守るべく、ジャルジーもまた配下の騎兵やグリフォンライダーを使って警戒していたのだ。


 フォルミードーはその哨戒線に引っかかり、通報に走った騎兵が、俺たちの戦闘を遠くから目撃。超巨大飛竜が墜落するさまを地平線の彼方から見ていた。あれだけ図体がでかいフォルミードーだ。遠くからでもよく見えただろう。


 それなら潔く報告するしかなかった。今後の口止めも含めて、ある程度の情報開示をしたのだ。


 正直、気が進まなかった。


 戦闘機があれば、今後ともワイバーンを迎撃しやすくなるだろう。ケーニゲン領が保有するグリフォンライダーは数が少なく、基本、偵察と連絡が任務で戦闘には使われない。だから、普通の領主なら戦闘機を保有して、空からの敵から防衛したいと思うはずだ。


 同時に、すでに開示したロケット弾の破壊力と合わせると、戦闘機がそれを搭載した時、使えるのは対ワイバーンだけでなく、人間同士の戦争にも使えると少し考えれば気づく。野戦でも攻城戦でも、敵の未熟な防空網を突破し、一方的に叩くことができるのだから。


 俺が、大帝国との戦闘を予測し、地上戦力ではなく航空戦力に目を向けたのも、それが理由だ。圧倒的数の兵を有する大帝国に正面から陸戦を挑むなど、俺の個人的戦力だけでどうにかなるものではないからだ。敵には空中艦はあるが、航空機なら勝機はある。


 俺は大帝国と戦って英雄になるつもりはない。もう連合国の時のような二の舞は御免だ。権力者を前に、力を見せることは好ましいこととは言えない。何か欲しいとか、交渉したいというのであれば話は別だが、別に俺はジャルジーから何か欲しいわけではない。


 むしろ、戦闘機やその製造技術を欲しがられる。そして戦争の道具に転用される。


 いや、俺自身、戦争の道具を作っているわけだが、のんびり生活を得るために使うのと、それ以外の、例えば侵略や征服のために利用されるのとでは違うのだ。


 人の考えというのはわからない。それはジャルジーが持つ俺に対するそれも同じであろう。


 俺が戦闘機の技術を明かすことを拒めば、力を独占している、危険な存在と想像力を働かせ、やがては連合国同様、排除に乗り出すかもしれない。


 落としどころというのが難しい。人は便利すぎては利用される。古今、英雄とは大乱の世では求められるが、平和が見えてくると目障りな存在になるものなのだ。


 ……まあ、その点、俺も一度裏切られているから妄想逞しいのだが。


 ジャルジー公爵が力を求め、それを手に入れるために手段を選ばないような人間なら――その時は先手を打って始末するしかない。俺も今度ばかりは黙って排除されたくないんでね。


 この公爵殿の首をいつでも刎ねられるように、仕込みは彼の脳みそに電撃を走らせた時に済ませてあるのだ。


「なあ、兄貴。一通りの説明は受けたが……」


 ジャルジーが重い口を開いた。嫌な予感しかしないが俺は頷いて促す。


「まずは、オレ自身の目で確かめたい。兄貴を疑っているわけじゃないが――」


 疑っているんじゃないのか?


「話についていけんのだ。兄貴の言うとおりのことが起きたのだろうが、納得できないというか。……オレ自身、納得したいところがある。フォルミードーが倒されたのは賞賛に値するし、民にももう脅威が去ったことを知らせたい! もちろん、兄貴を皆の前で称えねばならん!」


 やめてくれ。俺はそういうのが嫌なんだって。


「それなんだがな、ジャルジー」


 ベルさん以外、他にいないから公爵を呼び捨てにする俺。


「戦闘機を見せてもいいし、ベース・レイドを見せるのもいいんだが、受勲式とか謹んで辞退するし、フォルミードーを討伐した云々を、触れ回って欲しくないんだ……」

「なんだと!?」


 ジャルジーの顔色が変わった。

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