第438話、避難民たち


 街道を進む集団。戦闘機で接近すれば先方を驚かせてしまうので、ナビに命じて映像を拡大表示させる。それは操縦席のコンソールパネルだけでなく、後席の制御パネルにも映し出された。


「……ドワーフだな」


 薄汚れ、怪我をしている者もいる集団が、疲れきった様子で歩いている。まるで災害か戦争から逃げてきたような有様だ。


 ヴィスタが口を開いた。


「珍しいな。穴倉生活のドワーフが、地上を集団で行くなんて……」

「近くにドワーフの集落があるのかな?」


 そこから逃げ出すようなことが起きたと思うのが自然だろう。問題は何があったのか、だが……。


「寄り道をする余裕はあるかな?」

「下りるのか?」

「エンジンの魔力が心許ないからな。そろそろ、一度下りて休息と補給が必要だ」


 ついでに、あのドワーフたちから話を聞こう。


 俺は操縦桿を捻り、トロヴァオンを旋回させる。一度戻ってドワーフ集団の先を行く。彼らから戦闘機が見えない位置で地上に降下して、そこでポータルを展開。食糧や水などの物資をウィリディスから運び込むという算段だ。


 ヴィスタは何か言いたげではあったが、反対意見は言わなかった。


 周りが森で木々が密集していたから仕方なく街道に降下する。そこからポータルを使い、トロヴァオンの魔力タンク補充を兼ねて、ウィリディスへ移動。シェイプシフター整備員たちに愛機を任せると、待機していたアーリィーやベルさんたちがやってきたので、事情説明。


「ドワーフ!?」


 素っ頓狂な声を上げるベルさん。俺は肩をすくめた。


「着の身着のままの集団を、放っておくわけにもいかないでしょ」


 そんなわけで、怪我人もいるようなので治癒魔法を使えるメンバー――クロハを除く翡翠騎士団メンバー全員を召集。


 俺は食堂で、白パン60個と加工済み牛肉を丸々二頭分用意させた。発見した時のナビの確認によれば、ドワーフは60人いたから、とりあえずは足りるだろう。


「足りなければ、ディーシー、頼むよ」

「しょうがないな」


 ディーシーは頷いた。食料を魔法車に載せて……ちょっと問題が発生した。


「はたして、手先が器用で物作りが得意なドワーフの集団に、車を見せていいものかどうか……」

「あまりよろしくないね」


 ベルさんが鼻を鳴らせば、マルカスも腕を組んだ。


「問題だな」

「でも放置しておくわけにはいきませんわよね?」


 サキリスが言い、アーリィーも頷いた。


「車を見せるのが嫌だからって理由で、助けないわけにもいかないと思うけど」

「そりゃそうだ」


 俺は苦笑する。


「古代遺跡から発掘したオーパーツってことで、乗り切ろう」


 デゼルトの車内、また屋根上に物資を山積みにして、俺たちは再度ポータルを通って街道に戻った。そのままドワーフ集団に向かって、ゆっくり前進した。


 助手席のアーリィーが、不安げに俺を見た。


「きっとデゼルトを見たら、ドワーフたち、隠れちゃうんじゃないかな?」

「確かに。こいつ見た目ゴツイからな……。マルカス、鉄馬で先行して、ドワーフたちに会って話をつけてきてくれないか?」

「おれがか?」


 指名されると思ってなかったのか、若き騎士生はビックリしたようだった。


「おれにその役が務まるか?」

「何事も経験だよ、マルカス君」

「しゃあねえ、オレ様がついて行ってやるよ」


 黒猫姿のベルさんが、ひょいと専用席から後ろへと移動した。


 かくて、積み込んでいた浮遊型鉄馬に乗ったマルカスとベルさんが、デゼルトから先行して、ドワーフたちと接触することになった。



  ・  ・  ・



 ドワーフたちは警戒感を隠そうとはしなかった。だが接触には成功した。


 デゼルトが近づくと、新手のモンスターかと数少ない武器持ちのドワーフが身構えたが、そこはマルカスとベルさんが静めてくれた。


 ドワーフの代表者の話によると、ここから半日の距離にある台地の地下にドワーフの集落があるという。だが水晶喰い――クリスタルイーターの集団に襲われたのだと言う。


「クリスタルイーター……」

「デカいワームだよ」


 イスクと名乗るドワーフは、その横幅のある体躯を揺らしながら答えた。ドワーフ集落アクォでは村長代理らしい。


 負傷した者を俺の仲間たちが魔法で手当てし、食糧を配っているのを見やり、俺はイスク氏から話を聞いていた。


「鉱物を喰う魔物でな、とくに水晶を好んで喰うといわれる。ふだんは一匹、二匹で動いていて、群れることはないんじゃが、今回は軽く十匹以上が押し寄せてな……」


 集落の戦士団が立ち向かったが、ふだんより多い水晶喰いたちの侵入を阻むことができず、避難してきたらしい。


「それは災難でしたね」

「ふむ。我々は近くのドワーフ集落まで移動している最中だったのじゃが、なにぶん地下がイーターどもに荒らされていて、地上に出るしかなかった。しかも武器以外に持ち出せるものがほとんどなかったからのぅ」


 そういうイスク氏の腰には手斧が一つ。


「正直言うと、お前さんたち怪しさ爆発なのじゃが、何にせよ、食糧の提供は感謝する」

「……まあ、困った時はお互いさまってやつで。見かけた以上無視もできなかった」

「人間とドワーフじゃぞ? 無視しても問題なくはないか?」

「種族差別主義者ではないので」

「ガハハっ! 何にせよありがたい。このお礼はいつか機会があれば」


 機会があれば、ね。最初から期待はしていない。


「で、この妙な筒だが……」


 イスク氏が俺の渡した蛇口付きの水筒を怪訝けげんそうに見やる。


「これっぽっちの大きさでは、水なぞほとんど入っていないのではないか?」

「それは魔法具ですよ。中に入っているのは魔石です。頭のところの取っ手を捻ると水が出る仕組み」

「おおっ!」


 どばどば、と水が流れ出る。コップをあげるから、あまり無駄づかいしないで欲しい。


「凄いな、どれくらいの水がでるんじゃ?」


 好奇心をむき出しにイスク氏が聞いてきた。


「さあ、魔石の魔力が切れるまで出続けるんじゃないですか。魔力を込められる人います? それなら魔石に魔力を注ぎ込むことで使用できる量が増えますよ」

「こいつは凄い魔法具だ! これをくれ! いや売ってくれッ!!」

「お金ないでしょ? 譲りますよ」

「ほ、ホントか!? それはありがたいが……」

「さっきも言いましたが、困った時はお互いさまです」


 少なくとも、人の弱味につけ込んだ商売はするつもりはない。

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