第431話、飛来、フォルミードー


 それはまさに超巨大飛竜と言うにふさわしい威容を持っていた。


 翼の端から端まで200メートルは優に超えている。縦と横では違うが、ディアマンテ級巡洋戦艦に匹敵しそう。空飛ぶ船、いや壁か。あれが伝説のフォルミードーで間違いないだろう。その存在感は半端ない。


 よくもまあ、あんな巨体で飛べるものだ。相手がデカ過ぎて、こっちが余計に小さく感じてしまう。


 グンとひとかき羽ばたくだけで風が吹き荒れる。接近する角度を間違うと、風に巻き込まれて機体の制御を失ってしまうかもしれないな。


 ここまでデカいと当てるのは難しくないが、果たしてプラズマ弾やミサイルは通用するかな? あいつの外皮がどこまで硬いかはわからないが、ちょっと自信がないな。


 まあ、やるけどさ!


「全機、ミサイル用意。目標、フォルミードー!」


 俺は指示を出した。愛機であるトロヴァオンには残り10発。さっきの空中格闘のあいだに使ってなければ、僚機も10発はあるだろう。ファルケは残り1発。ドラケンは6発搭載しているが、最低2発は撃っているのでまだ大丈夫だ。ファルケ以外の各機が同時2発ずつ使っても、計24発は叩き込めるだろう。


『的がデカ過ぎて余裕で当たるな』


 ベルさんの軽口にも似た声が聞こえた。


『で、どこを狙えばいいんだ?』

「顔面にキツイ一発当ててやるってのはどうだ?」


 どうせ正面だし。そう言ったら。『よし、そうしよう』とベルさんは乗り気だった。


 ナビがロックオンを報せる。俺は操縦桿のボタンを押し込んだ。


「トロヴァオン1、発射!」


 ミサイルが火を噴いて機体を離れた。相次いで僚機も発射。白い煙を引いて鋼鉄の槍がフォルミードーへと伸びていく。


 あれだけデカい図体だ。回避は無理だろうな、と俺は噴進弾の航跡を見つめ、その瞬間を待った。


 着弾。超巨大飛竜の頭や胴、翼に24の花火が咲いた。


 絶叫が大気を震わせた。果たして、フォルミードーの叫びはどこまで響いただろう。コクピットキャノピーごしにも聞こえた咆哮。しかし、巨大飛竜は落ちない!


『効かない……!?』


 アーリィーの驚きの声。マルカスも『当たったはずだ!』と声を上ずらせた。ベルさんが言った。


『どう思うよ、ジン?』

「当たったのは間違いない」


 が、24発も喰らってふらつきもしないとは。


「しかし、一応削ったのかな」


 爆発により外皮の一部が飛んだのは見えた。うっすらと煙が晴れれば、命中箇所がめくれ、血が出たようで赤くなっている。


「外皮を貫かずに表面で爆発したな……」


 まったく効かなかったわけではないだろうが、表面で爆発するのと、肉をえぐって中で爆発するのでは当然与えるダメージに差が出る。


 貫通力不足、ということか。あれで硬い外皮をお持ちということだろう。


「そうなると、次の手は、一点集中攻撃だな」


 急所となりそうな部分を狙うか、一発当てて外皮を吹っ飛ばして肉がむき出しになったところに立て続けに当てる。


『ジン!』


 アーリィーの警告するような声。


 正面、フォルミードーが着地するように足を下ろしたのだ。まるで二本の足で立つような姿勢になったが、翼は羽ばたいたまま――それはさながらヘリのホバリングのような空中静止。その巨大な目はこちらを睨んでいる。


「各機、注意しろ、何か仕掛けてくるぞ!」


 次の瞬間、フォルミードーがひときわ強く羽ばたいた。突風を叩きつけるつもりか!?


「各機散開!」


 とっさに叫んでいた。16機の戦闘機は正面を避けて、四方へ回避運動を取る。わずかな間を置いて、機体が衝撃波を喰らったらしく振動した。シートベルトはしていたが、まるで軽い地震に遭遇したような揺れだった。


 ちら、とディスプレイに目をやり、ナビによる被害状況を確認する。――異常なし。風に煽られただけだ。


「誰かやられたやつはいるか!?」


 確認で呼びかければ、それぞれから損傷なしの報告が返ってきた。生身で喰らっていたら吹っ飛ばされていただろうな。さすが伝説の飛竜、一筋縄ではいかないらしい。


『注意、敵の口腔に光!』


 シェイプシフターパイロットの報告。次の瞬間、フォルミードーは熱線を吐いた。それは回避機動中のトロヴァオン1機を蒸発させ、ドラケンの主翼をもぎとり、スピンさせた。


 誰の機体だ? 俺は一瞬胸が詰まった。アーリィーやマルカスじゃないよな……?


 ナビの識別によると、トロヴァオン6番機と、ドラケン2番機だ。シェイプシフターパイロットとはいえ、仇はとってやる!


「各機、上昇! 俺に続け!」


 スロットル全開。加速するトロヴァオンは高度を取る。アーリィーの二番機、マルカス機が続き、ベルさんの機体、そしてドラケン、ファルケが列を形成して追尾する。


 フォルミードーは元の飛行態勢に戻り、南下を再開する。おや、さっきの攻撃で俺たちをどうにかしたと思ってるのか? それとももう眼中になしか?


 ある程度高度をとった後、機体をひるがえし、旋回。そしてフォルミードーの背中に向けて降下する。残弾まとめてぶち込みたい衝動に駆られるが、そいつは我慢。一点集中攻撃で、まず叩き落すのが先だ。


「トロヴァオン・リーダーより各機、ミサイルででフォルミードーの右の翼、その付け根を狙う。まずは俺が当てるから、後続機はそこを狙って攻撃しろ!」

『了解』


 仲間たちの返事を耳に受けつつ、俺の視界はすでにフォルミードーの巨体でいっぱいになっている。みるみる距離が縮まっているとはいえ、なんでデカさだ。


「ワイバーン退治のコツ。空を飛ぶのに二枚の翼が必要というなら、その片方を叩き折れば――」


 ロックオン。ミサイル発射!


「飛び続けることができず、墜落する!」


 トロヴァオンの後部下面の武器庫ウェポンベイから、ミサイルが白い尾を引いて落とされた。接近しているので、爆発の衝撃に巻き込まれないように機首を起こす。


 フォルミードーの翼の付け根――人間に例えるなら、腕を繋ぐ肩にミサイルが着弾、その外皮とわずかばかりの肉、血を撒き散らす。


 離脱機動を取りながら振り向けば、アーリィー機がミサイルを発射し、剥き出しとなっているフォルミードーの傷口に的確に命中させる。肉をえぐり、より深いところで爆発することでさらに肉片が飛び散り、超巨大飛竜が狂ったような声を上げた。


 傷口に塩を塗られるのは痛いよな。えぐられればなお痛い。


 後続機が容赦なくミサイルという牙を突き立てる。フォルミードーの急所となった右翼付け根にミサイルを叩きつける。


「どうよ!?」


 肉を削り、骨をひび割れさせただろう攻撃。砕けろよ!


 しかし――


 フォルミードー、健在。

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