第429話、全力出撃


 ベース・レイドに警報が響く。


 俺は手早くパイロットジャケットに着替える。さすがにローブとか鎧でコクピットに乗り込むわけにもいかない。


 さらに専用ヘルメットを持ち、駐機場へと飛び出す。


 ここ最近のワイバーンの多発で、TF-3トロヴァオン、そしてTF-2ドラケンの数がそれぞれ3機から6機に増やされている。……それでも今回の敵の数を考えると不安なんだよなぁ。


 愛機であるトロヴァオン、その一番機へ駆ける。コクピットへの梯子を手早く駆け上がり、シートに飛び乗る。シートベルトを締めつつ、コピーコアナビを起動、発進態勢へ。


 SS整備兵が外側からのチェックを行い、交換用の魔力タンクや梯子の撤去を手早く実行する。


 左方向へ視線をずらせば、アーリィーが二番機に乗り込み、発進の手順を進めていた。その向こうの三番機にも専用ヘルメットを被っているマルカスの頭が見えた。


 ベルさんは四番機に乗り込み、五番機以降は、シェイプシフターパイロットたちがそれぞれ搭乗する。


 拠点南側の壁面手前には、ドラケンが6機並んでいて、正面、西側の壁には、シェイプシフター戦闘機であるファルケが待機している。


 専用ヘルメットに内蔵されている魔力通信機が鳴った。


『こちらベース・レイド。索敵から敵集団の最新位置を送信中』

「了解、レイド。……トロヴァオン1より、トロヴァオン各機、準備はいいか?」


 俺は返事をしつつ、僚機に呼びかける。


『こちらトロヴァオン2、いつでもいけるよ』

『3番機、準備よし』


 アーリィーとマルカスが応答した。続いて、ベルさんからの念話が届く。


『あー、ジン、聞こえるか?』

「トロヴァオン4、どうぞ」

『うーん、コールサインってのは慣れないな……』

「これまで以上に魔力念話が飛び交うからね。今はいいけど、そのうちわけわかんなくなるかもよ?」

『あーあー、トロヴァオン4より、トロヴァオン1。こっちも準備完了だ』


 言い直したベルさん。俺はコクピットの中でニヤリと笑った。


「了解、4。トロヴァオン1から、各リーダー、そちらはどうだ?」

『ファルケ1より、トロヴァオン1。発進準備完了」

『こちらドラケン1、発進準備完了、指示を願います』

「トロヴァオン1、了解した。……ベース・レイド。こちらトロヴァオン・リーダー。各隊、出撃準備完了した」

『ベース・レイド、了解。発進を許可。現在、北北東の風、風速3メートル――』


 基地管制塔から、GOサインを確認。


「トロヴァオン・リーダーより各機へ! 全機発進。ファルケ隊、ドラケン隊、トロヴァオン隊の順で発進しろ」


 了解の返事を聞きつつ、まずはファルケ戦闘機が一番機から飛び立つのを見守る。同時に飛び上がると他の機と衝突するかもしれないからな。順番を守って、正しく飛び立ちましょう。


 浮遊魔法で浮かび上がる楔形の小型戦闘機。単発エンジンを噴かして北の空へと飛び上がる。


 四機のファルケが飛び立ち、続くはドラケンの2個小隊。それらが俺たちの正面を通過した後、最後にトロヴァオン隊の番だ。


 浮遊石のおかげで、ふわりと浮遊する機体。機首を北へと向けつつ、後方のアーリィーの二番機にエンジンの噴射をぶつけないように高度を上げてから、スロットルを開ける。


 エンジンが赤々とした噴射炎を引き、ぐんとトロヴァオンは飛び立つ。急な加速で身体にかかるGは、補正機が緩和してくれるので抵抗はない。


 先行するファルケ4機、ドラケン6機も巡航速度で編隊を組んでいる。俺も追いついた後、速度を調整して他の編隊とあわせつつ、後続のアーリィー、マルカス、ベルさんの機を待つ。


 計16機の戦闘機が足並みを揃えたところで、飛竜の集団が接近しつつある北方へ進路を向けた。



  ・  ・  ・



 クロディス城にいたジャルジー公爵は、ジン・トキトモの拠点『ベース・レイド』からの魔力通信を受けていた。


「ワイバーンの大群だと!?」


 その声は、彼の執務室にいた騎士長や、召使いたちをビクリとさせた。通信機にかじりつかん勢いでジャルジーは叫んだ。


「それで、ジン! そちらはどう対応するつもりだ!?」

『いま、迎撃に向かっている』


 ベース・レイドの中継で届くのは、ジンの声。落ち着き払った声に、ジャルジーは自分も落ち着かなければ、と声のトーンを落とす。


「しかし……50以上ものワイバーンだぞ。いかに誘導弾でも、相手の数が多すぎないか?」

『問題ないよ』

「なんだって?」


 公爵は耳を疑った。やりとりを見守っていたフレック騎士長は、召使いたちに退室するように身振りで命令を発する。


『迎撃さえ間に合えば、どうにでもなる。そして実際間に合う』

「……それで、ワイバーンどもは撃退できるんだな……?」

『もちろん、そのつもりだよ、公爵殿』


 通信機の向こうで、ジンは笑ったようだった。


『ただ、物事にはイレギュラーは付き物だ。こっちが全力迎撃している間に、はぐれ飛竜がひょっこり顔を出しても困る。そちらでも備えはしておいて欲しい。こちらもすぐには駆けつけられないからね』

「わかった。いつでも避難できるようにクロディスの民には準備させる」


 それと、ウィリディスから譲り受けた携帯型ランチャーも用意する。


 しかし、50以上ものワイバーン――それが襲来した光景が脳裏をよぎり、ジャルジーは小さく息を吸い込むと、静かに吐き出した。


「兄貴、頼む……」



  ・  ・  ・



 雲が増えていた。低く雲が立ち込めているものの、飛竜の飛行高度が雲よりもかなり下のため、空中戦にはまったく影響しないと思われる。


 広大な平原を飛び抜ける戦闘機隊。トロヴァオンのコクピットで、そのキャノピーから見える空と、コンソールパネルにある魔力波動放射器――魔力レーダーを交互に見やる。


 やがて、それらは見えてきた。タリホーって奴だな。 


 黒く、力強く羽ばたくワイバーンの集団。一体ごとにサイズは、こちらの戦闘機よりも大きい。だが、空中戦において図体が大きいことは必ずしも有利とはいえない。


 目視で確認。ボギー……いや敵性なのはわかってるから、バンディットかな。なんかそんなこと言ってたような――まあいいか。


『きたきた、獲物がいっぱいいるぜ!』


 ベルさんは戦意が有り余っているようだった。


『トロヴァオン・リーダー。おい、ジン、突撃しよう!』

「落ち着け、4。敵の数が多い。まずは数を減らしてからだ」


 正直、こっちは個々の訓練はしていても、編隊での戦闘なんてほぼ未経験だ。しかもお互い十以上も飛んで空中戦なんてやらかしたら、味方機同士で衝突なんてヘマをしかねない。


 リアナがこの場にいてくれたら、また違ったんだけど、彼女はローテーションでお休み中。だが、カプリコーンからの増援のほうで現在、こちらに向かっているらしい。非常時に呼び出しは、軍人にはよくあることだ。


 何はともあれ、まずは数を減らす。だいたい数の話をするなら、向こうはこっちより多いんだ。


「トロヴァオン・リーダーより各機。対飛竜誘導弾で先制攻撃をかける。ナビの戦術リンクに合わせて、目標をロックしろ」


 ナビ、頼むぞ――俺の指示に、トロヴァオン搭載のナビが『了解』と応じる。


 ここで言う戦術リンクは、各機体のナビ同士で交信を行い、今回のような先制攻撃の際に、同じ標的にミサイルが当たらないように別個の標的を狙うようにすることを指している。……正直言うと、正しい用語かどうかは知らん。


 使用兵装、ミサイル。スタンバイ!

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