第428話、哨戒飛行


 やることと言うのは、戦闘機の慣熟訓練を兼ねた哨戒飛行である。


 いくらアシストがあるとはいえ、扱うのはパイロットである。常日頃から飛行したり、訓練をしなければ、その腕前も下がると言われている。……もとの世界にいた頃、そう聞いた。


 だから哨戒飛行も、己の技量向上や機体の特性を掴むために利用するのである。


 それに哨戒飛行中は、位置にもよるが拠点から飛ぶより早く、通報に対応できる。


 この哨戒任務は交代で行われた。


 俺も飛行時間を伸ばす意味でも参加。アーリィーとマルカスもそれに加わった。


 マルカスは、俺が戦場に行くなら同行するのが騎士だ、と言っていたから、まあわかるが、アーリィーもまたパイロットとして飛竜退治に積極的だった。理由を聞いたら――


『ボクも王族の端くれだからね。国の危機には率先して戦うべきなんだ』


 王子だったころの教育の影響だろう。後方でお姫様をしていてもいいんだけどな。ただ俺はアーリィーの意志は尊重したいと思っている。


 それに、実のところ、操縦の腕前はアーリィーのほうがマルカスより上だったりする。ちょっと意外だったんだけどね。


 空戦経験のあるリアナが空中技を説明したら、アーリィーの理解力は早かった。マルカスが「何でそんなにわかるんですか?」とアーリィーに聞いたことがあるが、彼女は「イメージかな」と答えていた。


 ……子供の頃、空を飛びたいって思っていたらしいから、それも影響しているのかもしれない。


 とはいえ、専属軍人であるリアナはともかく、俺たち学生組は、魔法騎士学校通いなので、哨戒飛行の頻度は落ちる。学業との両立は大変だ。


 一方でSSパイロットやファルケは、着々と飛行時間を積み重ねていった。


 我がベース・レイド航空隊で初戦果を上げたのは、シェイプシフターパイロットの操縦するファルケ戦闘機、第2編隊。単独で侵入したワイバーンに追いすがり、これを撃墜した。


 ファルケ搭載のコピーコアの撮影した映像を後で俺たちも見たが、航空機用プラズマキャノンは標準サイズのワイバーンに充分通用した。


 その翌日、珍しく哨戒任務に志願したベルさんが、侵入したワイバーンを撃墜。その二日後、俺たちトロヴァオン小隊も飛竜と交戦、これを撃ち落した。



  ・  ・  ・



「ワイバーンの侵入件数が増えているな」


 ベース・レイドの司令室のある建物。魔石照明が照らす室内は、モノをあまり運び込んでいないので最低限の家具しかなく、殺風景な印象を与える。


 机の上に広げられた北方地域の地図を俺は睨む。


 ディーシーが地図上に飛竜との交戦地点に目印となる駒を置いていく中、メイド姿のサキリスがトレイを持ってやってきた。


「ご主人様、コーヒーです」

「ありがとう」


 湯気を立てるコーヒーカップを受け取り、俺は、サキリスの顔を見つめる。


「疲れてないか?」

「いえ、わたくしのことなど……。ご主人様たちの苦労に比べたら――」

「ワイバーンの死体回収をやってもらってるからな。結構、重労働だと思うが」


 そうなのだ。ベース・レイドに配備されたTH-1ワスプヘリは輸送コンテナを搭載し、戦闘機隊が撃墜したワイバーンの死体処理を行っていた。サキリスはSS兵らと共に、処理ならびに魔石や素材回収作業を指揮していた。


 拾えるものは拾う主義なのは冒険者ならではであるが、そのためにサキリスには苦労をかけているのである。こういう裏方の存在が大事なのだ。


 何かご褒美を用意しないといけないな。


「で、ワイバーンの侵入件数が増えている……そうだな、ジン」


 マルカスが言えば、俺は首肯して答えた。


「ここ三日のあいだに侵入した敵は10頭。それ以前は単独だったが、いまは二頭、三頭と組んで移動しているパターンが増えてきた」

「今後、さらに群れで来る可能性があるわけだな」


 ベルさんが地図の上を歩く。隣国から、ヴェリラルド王国方向へ。アーリィーが顎に手を当てる。


「ワイバーンは他の方向にも移動しているのかな? その、この国以外の方向とか」

「その件でしたら――」


 すっとユナが手を挙げた。これまで黙っていたから気づかなかったが、いつの間にか来ていたらしい。


「季節は秋ですから、より温かな場所へ狩り場を求めて南下していると思われます」

「迷惑なことだ」


 俺はコーヒーをすする。ベルさんが首を傾げる。


「例年より今年はワイバーンの数が多いということだが?」

「ええ、いつもの年でしたら、国を越えて飛来すると言ってもせいぜい一桁。ですが今年はすでに二桁ですから」


 王都方面だと一頭現れただけで大騒ぎになっていたようだが、北方ではそれよりも飛竜が多いんだな。そのわりに迎撃方法はお粗末なままだから呆れてしまうが。


 ジャルジーがミサイルランチャーに歓喜したのも、毎年それに悩まされてきたからなんだろうな……。


「シェーヴィル王国は、とんでもなくヤバい状況じゃねーか?」


 それがそうじゃないんだよ、ベルさん。


 ジャルジーは、大帝国の軍勢がこちらへの年内侵攻を諦めざるを得なくなった、とか言っていたが、観測ポッドの偵察によると、どうも事情が異なる。


 しっかり大帝国はワイバーンどもを制御して、着々とヴェリラルド王国への侵攻を企んでいた。シェーヴィルで暴れたというのは、国内の反対勢力の討伐に用いたのでは、と推測している。


 すると、司令部の専用端末に収まっていたコピーコア『レイド』が光り、シェイプシフター通信兵が報告した。


『カプリコーン軍港司令部のディアマンテから通信です。観測ポッドが、シェーヴィル王国内より飛び立つ多数のワイバーンを確認。ケーニゲン領へ接近しつつあり。その数50を超えているとのこと』


 50以上のワイバーン!? 司令部にいた一同に緊張と驚きが走った。おいおい、ちょっと洒落になってないんじゃないかね、この数は。


『さらに、全長100メートル超えの超巨大飛竜を確認。おそらくフォルミードです』

「ジン」


 ベルさんに続き、仲間たちが俺を見た。言うことは決まってる。


「戦闘機隊、全機出撃だ!」


 ついでにディアマンテに増援を寄越すように通報。待機中の航空艦隊にも出動を命じる。


 ……思ったより早かったな。

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