第423話、フォルミードー
フィレイユ姫と、ジャルジー公爵が屋敷にきた。
ジャルジー・ケーニゲンは、現ヴェリラルド国王エマンの弟、その息子である。本当のことを言えば、エマン王と弟の妻とのあいだの子供であったりする。
だからエマン王の子であるアーリィーとは従兄弟ではなく、異母兄弟ということになる。
王位継承権を巡って争いがあったのは過去のもの。アーリィーが本来の性別を公にしたことで、ジャルジーは次の国王になるのが決まっていた。
現在25歳の若き公爵は、統治している北方のケーニゲン領を治めつつ、次の国王になっても恥じるようなことのないよう研鑽を重ねていた。
そんな未来の国王が、王城のポータルを経由してウィリディス屋敷へとやってきた。いつか来るとは思っていたが、まさか今日とは……。
一階の大リビングでくつろぐジャルジー。
「兄貴、なんだこの屋敷は? いろいろと度肝を抜かれたぞ!」
栗色の髪の若き公爵が俺に好意的な笑みを浮かべた。
「ゆったりとしたいい屋敷だな。まだすべてを見たわけではないが快適そうだ」
「のんびり過ごすための家だからね」
「いいね、オレもそういう別荘が欲しいよ、兄貴」
俺の実年齢は30歳。英雄ジン・アミウールだとジャルジーは知っているので、俺を年上として見ているのだ。
おかげで俺は彼から『兄貴』呼びにされ、俺もまた彼とはフレンドリーな口調が許されていた。本来、貴族様相手にはできないことなんだけどね。
「このソファー、いいな。どこで手に入れたんだ?」
「作ったのさ」
「オーダーメイドか。紹介してくれ。オレも買う」
どこかの職人に頼んだものと思ったらしい。まあ、いいんだけどさ。お土産に俺が作ってやろう。
「それで、ソファーをオーダーしにきたわけじゃないんだろう、ジャルジー?」
「まあ、様子を見に来たというのもあるが、兄貴とは世間話もしたかった」
リビングのソファーに座るジャルジー。公爵としての世間話なら、たぶん面倒事もあるんだろうな。机を挟んだ反対側に椅子を置き、向かい合う。
「そういえば、フィレイユがしきりに、ここの料理とデザートは天下一品だと褒め称えていた。聞けば、兄貴が作ったんだって?」
「ずいぶんとお喋りなお姫様だ。カスタードプリンや氷菓子ならお出しできるぞ」
「いただこう。できればこのまま晩餐も一緒したいんだが……」
「公爵殿はお客様だからな。それならご招待しよう」
「ありがたい。では早速、世間話といきたいが――」
そうだな。俺はちら、と食堂側で控えているSSメイドのアマレロに、お茶をお出しすように合図する。
「悪い話といい話、そして悪い話があるが、どれから聞きたい?」
悪い話の数が多いんだが。
「いい話以外は聞きたくないが、どうせセットになっているんだろう? 順番に話せよ」
「あまり愉快な話ではないが、大帝国だ。連中、シェーヴィルに軍の再結集を図っている。西方諸国、ひいては我が国へ侵攻しようとしているのだと思う。これが悪い話その1」
それは知ってる。一度は光の掃射魔法で問答無用でなぎ払ったが、それで諦める連中ではあるまい。
「いい話は?」
「数十年ぶりの災厄と時期が重なってな。いまシェーヴィルでは飛竜が大発生していて、同国はもちろん、駐留帝国軍にも被害が出ている」
「へえ、飛竜ね」
俺は皮肉げに片方の眉を吊り上げてみせる。
「シェーヴィル国の人間には不幸だが、大帝国の連中にだけ襲い掛かって、連中を追い払ってくれるといいんだがね」
「それなら手間がなくて助かるんだが……。おかげで年内に大帝国が侵攻してくる可能性は低くなった。飛竜どもは冬に向けて秋は行動が活発になるからな。大帝国の連中もそれをどうにかしないことには戦争どころじゃない」
本当にそうかな?
「……それで、もう一つの悪い話は?」
「フォルミードーが出た」
ジャルジーは言ったが、生憎と聞いたことがない言葉には反応しようがない。
「何だって?」
「フォルミードーだよ、兄貴。ワイバーンの数倍、下手したら10倍くらいあるっていう伝説の巨大飛竜」
巨大飛竜――俺は顎に手を当てる。
「さっき言ってた数十年ぶりの災厄とかって、ひょっとしてそれと関係してるのか?」
「そう。とんでもなく大きく、凶悪なやつでな。数十年に一回、表に出てきて大暴れすると言われてる」
それ以外の年は何しているんだ、その巨大飛竜は……。
「で、フォルミードーが出る年は、例年より飛竜が多くなるらしい」
そのデカブツは、かなり遠方まで飛来して集落を襲うと言う。
シェーヴィルの飛竜大発生は、大帝国の魔法団辺りが、西方諸国制圧のために集めているんじゃないかって思ってたんだが……。
「いまはシェーヴィルで猛威を奮ってる。だが、これまでどおりなら、フォルミードーは遅かれ早かれこの国にも飛来して、災厄を招く」
「……なるほどね」
それはよろしくない話だ。超巨大飛竜の襲来。怪獣映画かな?
「で、その歴史を振り返って、そのフォルミードーとやらを撃退した記録は?」
「残念ながら、ない。なにせ相手が巨大すぎて、こちらの攻撃はほぼ効かない。相手は空を飛んでいるから攻撃できるのは地上に降りてきた時だが、あいつがすれ違っただけで風が吹き荒れ、人間なんて簡単に吹き飛んでしまう……」
お手上げだ、とジャルジーは大げさに肩をすくめて見せた。
「フォルミードーのモンスターランクは特Sランク。奴がやってくることになれば、Sランク冒険者である兄貴には当然、迎撃を手伝ってもらうことになる」
ランク上げすぎの弊害。国などからの呼集に応じなければならない。
「これはオレの勝手な考えだが、兄貴なら、伝説のバケモノも退治できるんじゃないかって思ってる。光の極大魔法、大悪魔さえ退けた聖剣――兄貴だったら奴に対抗する術があるからな。それ以外の奴ではそれすら浮かばん」
「なるほど、前もって俺への出陣要請というわけだな」
フォルミードーが来た時のための。
極大魔法や聖剣か。確かに、それを直撃させることができれば、倒せるかもしれない。……かもしれない、というのは俺が現物を見たことがないからだ。見てもないものを倒せると安請け合いするほど楽観主義ではない。
「空にいるところだと、万が一はずしたら連射ができない性質上よろしくない。地上に降りてきた時を狙えば命中率は上がるだろうが、その時は迎撃という状況だから地上集落に相応の被害を覚悟しなくてはいけない」
「ある程度は止むを得ないのではないか?」
ジャルジーは考え込む。
「奴が集落へ来たところを狙う。……もちろん住民は避難させた後で」
ふむ……。
被害云々を考えるのなら、やはり奴が空中にいる間に叩くのが理想だろうな。
幸い、こちらにはウェントゥス航空隊と、ディアマンテら航空艦隊が整備されている。空中で迎え撃つことも可能だ。
大帝国が空中軍艦を差し向けてきた時の対策をしてきたが、どうも最初の相手は、この化け物とその子分である飛竜たちになりそうだな。
果たして、フォルミードーとかいう規格外のバケモノに対して、どこまで有効か、大いに疑問だった。
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