第422話、お忍び来訪
「嫌っ! 帰りたくないッ! わたくし、ここにいますわっ!」
そう駄々をこねているのは、フィレイユ姫殿下である。
アーリィーの妹であり、14歳の少女。ヴェリラルド王家の姫君は、最近、俺やアーリィーが城に来ないので会いたがっていたそうだ。
ウィリディスの地に屋敷を建てていることは、王家には公然の秘密となっていて、その屋敷が住めるようになったという話を、お姫様は聞きつけたらしい。
かくて、フィレイユ姫はお忍びで、我が屋敷を訪問してきたである。
お姫様とその御付きが来ると聞いて、俺とアーリィーはお出迎えした。
王城や冒険者ギルド、青獅子寮には屋敷へ通じる地下通路で直通のポータルがある。もちろん、突然の訪問に備えて警備兵を置いている。
ポータルを通ってやってきたフィレイユ姫と御付きの侍女を案内しつつ、ウィリディス屋敷の一階へ到着。ほぼ王城生活のお姫様は、見るものすべてが珍しく、関心を示された。
スライムソファーの弾力と座り心地をたっぷりと堪能。おやつ時ということもあり、ジュースを冷蔵庫で凍らせただけのアイスキャンディーをお出ししたら、当然ながら初めてだったらしくお喜びになられた。
家の前にある泉で、アーリィーと軽く水遊びをすれば、歳相応の少女は好奇心と満面の笑顔をお見せになれたのだった。
御付きの侍女は、はしゃぐフィレイユ姫に苦言を呈したので、俺はやんわりと言った。
「ここはプライベートな庭ですし、お忍びですから少々羽目を外されても誰も見ていませんよ」
アーリィーの旦那であり、英雄として城内では有名な俺の言葉に、侍女は渋々ながら引き下がった。
だが、それがいけなかったのかもしれない。羽を伸ばしたお姫様は、あまりの自由っぷりに、お城に帰るのが嫌だと申され、一番最初に戻るのである。
仕方ないので、お夕食はこちらで摂られることになり、滞在時間は延長。
一応、王城で問題になるといけないので、ベルさんがエマン王のもとに行き、酒飲みついでに調整してくることになった。……悪いね。
『いいってことよ』
さて、ウィリディスでは、他と比べても美味しいものしか出てこない――と俺以外の面々は言うので、ますますフィレイユ姫殿下に気に入られてしまう可能性が大であった。
であるからして、不慣れな異国の料理を振る舞うことで、美味ながらも少々慣れが必要な食事を体験して貰い、少し落ち着いてもらうことにした。
……さすがにゲテモノを出すつもりはないが、少し勇気を出してもらう。
そんなわけで、チャーハンを作り、夕食とした。おまけとしてわかめスープも提供。素材については、わかめも含めて魔力生成で作ったものである。
元の世界では別段とくに珍しくはないんだけどね。実は、ウィリディスの食卓でも初披露だったので、当然のごとく俺が調理した。
クロハやサキリスが、新メニューを覚えようと見学していたが、食堂の配膳台の前に椅子を置けば、調理風景が見えるとあって、アーリィーとフィレイユ姫も俺の調理過程を見ていた。
出来たてほくほくのチャーハンに、湯気の立つわかめスープ。そもそも米を使った料理など食べたことがないというフィレイユ姫。侍女さんが、毒見と称してまず一口食べたが未知なる美味と称してOKサインが出たので、無事、食卓に並ぶこととなった。
卵、たまねぎ、にんじんが細かく刻まれ、程よく色とりどりのチャーハン――これまで見たことがない料理に案の定、フィレイユ姫は少し困惑した。
だが香ばしい匂いに食欲をそそられ、すでに米に慣れているアーリィーが「初めて」と言いながら躊躇いなく食べるのを見て、覚悟を決めた。
スプーンにチャーハンを一口すくい、パクリ。
「!! ……んん!!」
お姫様の目の色が変わった。
「熱いですわ! でもなんですのこの食感! こんなの、今まで食べたことがありませんわ!」
いや、そうでしょうよ。初めてなんだもん――俺は思ったが黙って、自分の分のチャーハンに口をつける。
夢中になって食べていたフィレイユ姫は、チャーハンを無事完食。わかめスープに関しても不気味がられたものの、こちらも食べてしまえばこっちのもの。大変満足されたようだった。
「こんな温かな料理など、実に久しぶりですわ」
聞けば、王城での食事は、完成した後も毒見やらで時間が経ってしまい、本来熱い料理も冷めてしまったり温くなってしまうそうな。
しかも礼儀作法にうるさく、ウィリディスの家庭的食卓は雰囲気も含めて新鮮だったそうな。
それで食事中も含めて、後ろで侍女さんが何か言いたげな顔をしていたんだな。敢えて無視していた俺である。
「未知の料理でしたが、美味しゅうございました。しかもまさか、ジン様が料理をお作りになられるとは……」
「ボクも最初は驚いた」
アーリィーが食後のコーヒーを飲みながら頷いた。なおミルクたっぷり入れてある。ブラックは飲めないらしい。
「でも、どれも美味しいんだよね」
「お姉様、またボクになってますわよ?」
「ここでは自由なんだよ。……わたしっていうのはもう諦めた」
「もう……。それはともかく、ジン様は魔法使いにして、料理人だったのですね。これでしたら毎日でも食べたいですわ」
「いや、俺の国基準で言ったら、料理人ってレベルじゃないから」
もとの世界じゃ、俺なんて普通もいいところだ。料理人なんて、恥ずかしくて言えないよ。
「ジン様のお国は、料理が発達していますのね」
そういうことにしておこう。異世界です、とは言えないから。
「お姉様は、毎日ジン様の料理を召し上がっていらっしゃるのですね。心の底から羨ましいですわ」
何故か照れるアーリィー。最近では、メイドさんたちが料理を作ってることも多いんだけどな。
とか言っていたら、SSメイドのひとり――アマレロがトレイに食後のデザートを持ってきた。
「カスタードプリンでございます」
「あら、見たことのないケーキですわね。……って、ぷるんぷるんしてますわ!?」
召し上がったフィレイユ姫殿下は、予想通り、カスタードプリンの虜になった。
・ ・ ・
後日談である。
その日は結局、フィレイユ姫殿下はアーリィーと同じベッドでお休みになり、一泊なされた。
……本当は、俺とアーリィーが一緒のベッド使っているから、今回は俺が他の部屋で寝ることとなった。寂しくないモンね。気を使ってやってきたサキリスに膝枕してもらった。
さて、ウィリディス滞在を堪能なされたお姫様は王城に帰られたが、それから頻繁にやってくることになる。アイスキャンディーや、カスタードプリンなどの甘味を求められ、行事のお疲れを癒すために過ごされていた。
なお食事は、ウィリディスで摂るようになった。もう、城の料理は食べないのだそうだ。
これには、俺が調理するところを見て、料理に興味を抱いたフィレイユ姫が、王城の調理場を見学したことも関係しているらしい。
侍女さんから聞いた話では、俺の時と違い「とても退屈」だったそうだ。人が大勢いるのに、みな一様にかたく、また匂いもあまりよろしくなかったとか。……お姫様に見られて調理なんて、さぞやりづらかっただろうな。
なお、ウィリディスのキッチンに比べて、王城の厨房の衛生面に疑問を抱かれたのも影響しているようだ。
ともあれ、フィレイユ姫から、ウィリディス屋敷の料理の話が王族に伝わった。ベルさんも、エマン王にお土産と称してカスタードプリンを振る舞ったりしたため、以後、王族がちょくちょく、我が家を訪れることになるのだった……。
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