第421話、かつてここは魔の森だった


 爆弾解体のシチュエーションがあったら、転移の杖で吹っ飛ばす――この杖を作ってから、何度か弄んだ妄想が、まさか現実になる日がこようとは思わなかった……。


 それはそれとして、その後の話をしよう。


 あの動力炉じみた柱が消えたことで、こちらのダンジョンコアがスキャンできるようになった。飛ばした柱の中に、このダンジョンを制御していたコアがあったということだろう。


 さらに地下を探索した結果、先にシェイプシフターの偵察で見つかった魔石以外にも、多数の魔石が大部屋に保存されているのを発見した。


 百メートル四方の正方形の部屋に輝く多くの魔石は、まさに宝の山と形容するにふさわしい。鉱山に埋没する鉱物を全部集めたらこんな光景になるのか、そう思わせるだけの圧倒的な量である。しかもそれが五つ。


 お金に換えたら、一生遊んで暮らせるのを通り越して、末代まで無職でも食っていけそう……。


 もっとも、これだけ大量の魔石を一度に換金したら、値崩れ起こして、魔法触媒としての価値はともかく、お金にはならなくなるだろうな。


 ディーシーによるダンジョンの掌握の結果、この場所のことが色々わかってきた。


「へえ、ダンジョンマスターは魔術師だったわけか」


 ウィリディス屋敷、その泉近くの人工浜辺。デッキチェアに寝そべるベルさんが言った。隣のチェアに座る俺は頷く。


「そう。それであそこにあったダンジョンコアは、人工のものだったらしい」


 ダンジョンコアはオパロ型と呼ばれる人工コアだ。サフィロとは同年代のものらしい。


「ウィリディス……、当時は魔の森と呼ばれていた」


 この地に、オパロ型コアとそのダンジョンマスターが来たのは、いまから数百年ほど前のことらしい。


 有数の魔獣多発地帯であり、天然のダンジョンコアが発生してのダンジョンスタンピードが頻発していた。


「プチ世界樹か」

「そういうこと」


 この辺りは、カプリコーン軍港地下の世界樹に近い。その魔力の流れは充分に届いている。


 ダンジョンマスターは、所有する人工コアをこの地に設置し、集まってくる魔力を魔石に変換することを決めた。


 天然のダンジョンコアが成長するのに必要な魔力を魔石に変換し、一定の大きさになったところで地面から切り離すことで、その成長を止める。天然のダンジョンコアが成長しなければ魔獣の増加を抑える。そうすることで、スタンピード現象の防止を図ったのだ。


「いい魔術師じゃねえか」

「魔獣ではなく魔石を。それ自体は悪くない案だった……」


 ダンジョンマネジメントってやつだ。すでに大昔に実行していた人がいたんだなぁ。


 だが、魔石は強力な魔法の触媒となる。それを溜め込めば、大量の魔石を欲しがるものが出てくる――ダンジョンマスターはそれを危惧した。


「それで、そのマスターはどうしたんだ?」

「森に魔法をかけたのさ」


 魔の森に強力な迷走の魔法を施した。幸い、それを維持するに充分な魔力がウィリディスにはあった。


 それがボスケ大森林の深部より先を未踏地区へと変えた。結果、数百年の間、人間を拒む土地となった。


「……それで、人を寄せ付けなかったってわけか」


 ベルさんがチェアの上でゴロゴロと転がった。思わず撫でたくなったが自重。


「まあ、俺たちは来てしまったがね」


 最初に来たのが空からだったから、魔術師の魔法も効かなかったんだろう。地上から進んでいたら、どうなっていたか。


「それだけ術者が……ダンジョンマスターが優れた魔術師だったということだろう」


 他に破れる者がいなかったことからして、数百年に一人の大天才だったのかもしれないな。


 俺は泉へと視線を転じる。水遊びに興じるアーリィーとサキリス。白い肌に水着、揺れる胸、引き締まった腰、すらりと伸びた足が、実に健康的だ。


「溜めに溜めて数百年か……」


 俺は呟くと、天を仰いだ。


 ひと財産。大量の魔石。小さな国が買えそうでもあるし、存在が明らかになれば、欲しがる――いや、手に入れようとする輩はそれこそ、ごまんといるだろう。


 ある種、危険な火薬庫があるようなものだ。実際、他の手に渡るくらいなら全部吹っ飛ばす、といにしえの魔術師は自らの死後もそう準備していたけどな。


 もし貯蔵されていた魔石が全部破壊エネルギーに変換されて解放された場合、ウィリディスだけでなく、王都あたりまで被害が出ていたかもしれない。


 核兵器並か、それ以上の……。


 そのとき、俺はふと脳裏によぎってしまった。……もしこの魔石のエネルギーを、ヴェリラルド王国の北にまで侵略してきた大帝国に向けたら、どうなるかを。遅かれ早かれ、この国にも連中がやってくる。そうなったら――


「ジン、何を考えた……?」


 ベルさんの目がじっと俺を見ていた。


「お前さん、いま悪い顔をしていたぞ」

「俺の世界にいた頃のことを、少しな」


 俺はその思考を断ち切り、話題を変えた。


「現状大量の魔石を手に入れたが、これは来たるべき大帝国との戦争に利用させてもらう。いにしえの魔術師には悪いけど」


 戦争物資は、ひとたび始まってしまえばどれほどあっても足りなくなるからね。


「ウィリディスに流れ込んでくる魔力は、カプリコーン軍港、ウェントゥス基地、それとウィリディス屋敷の管理コアのほうでうまく調整する」


 豊富な魔力の影響で、天然のダンジョンコアが生まれ、いずれスタンピード現象になる――という可能性は排除される。ボスケ大森林の異常なモンスターたちも、ある程度抑制できるだろう。


「まあ、いいんじゃないか、それで」


 ベルさんは言うと、それっきり黙り込んだ。どうやら昼寝するつもりのようだ。


 俺もチェアに横たわる。


 なお、あの地下ダンジョンで回収したゴーレムは、ディアマンテとディーシーにそれぞれ見せて、調べてもらっている。


 機械文明時代のそれではないが、その技術について、特にディーシーが興味津々だった。


『魔人機とどっちか強いか、一度戦わせたいね』


 などと彼女は言っていた。まあ、俺としても気にはなるが、それよりも、あのゴリラ型大型ゴーレムを、こちらの技術に取り込めないかと思った。


 何というか、スーパーロボット的な? 怪獣映画じゃないけど、動物型巨大メカとか、面白そうだ。


 などと妄想を抱きつつ、ウィリディスの休日は、穏やかに過ぎていった。

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