第414話、ジン、料理をする


 二階のダイニングキッチン。俺は昨日、用意していた材料を調理台に並べる。卵、牛乳に砂糖、それにバニラエッセンス――バニラの香り成分をアルコールで抽出した香料である。


 調味料や香料!


 これらの素材、実は、ディーシーに魔力生成してもらったものだったりする。


 機械文明時代の技術で、今の時代では希少だったり、この地方にはない食材も魔力生成が可能。実は、カプリコーン軍港で再生された居住区画の調理室では、容易に手に入るようになっていた。


 それをディーシーと、人工コアであるサフィロも記憶したことで、彼女たちもこれらの食材を生成できるようになったのだ。


 塩、砂糖、コショウ、酢はもちろん、味噌や醤油も作れるとわかったとき、俺は狂喜乱舞したのだった。


 まあ、なんで異世界に味噌や醤油があるんだ、と疑問には思ったんだが。


 古代機械文明ってやつは、ひょっとして、俺たちのいた世界と関係があったのではないか。まさか俺のいた世界が、この世界の過去だったりして……とかな。


 まあ、ダンジョンコアが生成できる食糧その他については、SF的な合成物質の塊と同じなんだろうと思っている。


 あれだ、ペースト的なアレ。色々な食べ物の形や味付けは変えても、根本的なものは全部同じ合成たんぱくの塊でできている、みたいなやつ。


 問題なく食べられるなら、あまり深く考えないほうがいいな。所詮、素材は素材だ。


 鍋に砂糖と水をちょびっといれて、魔石コンロは中火にして、カラメルソース作り。おやつの時間も近いから、カスタードプリンを作る。


 俺がキッチンに立つのが珍しいのだろう。調理をするだろうクロハには道具の使い方も含めて見せるつもりだったが、気づけば全員が俺のそれを見ていた。


 カラメルをじっくり焦がしていくために、ヘラを使いながらかき混ぜる。


「そんなに珍しいか……?」

「うん」


 即答したのはアーリィーだった。青獅子寮じゃ、完全お任せだったもんな。ユナは無言で、俺の手元をじっと見てるし、サキリスは。


「殿方が調理など、専門のコックでもなければありませんわ」

「……そうかもしれないな」


 俺のいた世界では、普通に男でも調理するけどな。一人暮らしになったら少しくらいはやるようになる。


 色がついてきたカラメルソース。甘いプリンに対して苦味があるカラメルソース。この組み合わせが重要だ。すっかりこげ茶色になったカラメルソースを器に注いでこれは終了。


 続いてプリン本体にかかる。


 牛乳に砂糖を入れた鍋を火にかけ、温める。沸騰させないように気をつけながら、温めた後、火から離して熱を冷ます。


 次にボウルに割った卵の中身を入れて、しっかりと溶く。混ぜが足りないとうまく固まらない。


 キッチンに面する配膳台から俺のやっていることを見てきた黒猫が、ぴょんぴょんと後ろ足を動かし始めた。


「おい、ジン。それはまさか――」

「埃が立つから、大人しくな」

「お、おう。……プリンか? プリンなのか?」


 プリン? と、アーリィーとサキリスが眉を動かした。


「なんですの、ベルさん? プリンとは」

「卵を使ったデザートだよ。以前、ジンが一度作ったんだが美味でな」


 おう、連合国でな、然るご令嬢から材料は何を使ってもいいから、というから作ったことがあった。ベルさんはその時に俺の作ったカスタードプリンを口にしている。


 アーリィーは手を叩いた。


「それは楽しみだね」

「少しは期待していいが、本職の菓子職人には遠く及ばないから、あまりハードルを上げないでくれ」


 別に料理教室に通ったとかそういうのはない。家庭科でやったこと、一人暮らしでの自炊。あとは、子供の頃にみた家族のおやつ作りくらいか。

 うちのおふくろはお菓子作りが趣味で、ガキの頃はよく手伝ったもんだ。基本ケチな家庭だったが、作った分に関しては文句言われなかったからな。


 冷ました牛乳をかき混ぜた卵に、三回ほどにわけて入れて、さらに混ぜ混ぜ。出てきた泡は取り除く。すが入ってしまうとせっかくの口当たりが悪くなってしまう。


 バニラエッセンスを三滴ほど垂らし香りつけ。これには卵と牛乳の匂いを消す効果がある。なくても問題はないが、食べたときの感じ方に多少変化はある。さらにこし器を通してこしながら滑らかさをだした後、カラメルソース入りの器に注ぐ。


 七個の器を、湯で満たしたパッドに置き、それをオーブンに入れる。後は焼きあがるのを待つだけだ。約三十分後に完成である。


「おお、くそ、早く食いてぇ!」


 ベルさんがそわそわ、尻尾をぺしぺしと叩きつけているのを見やり、マルカスが「そんなにか」と少々呆れている。


 はいはい、知ってた知ってた――俺は冷蔵庫の引き出しを開ける。魔石を使って冷蔵保存するそれから、取り出したのは深めのトレーに載った人数分のカスタードプリン。なお、ひとつだけ器も中身もデカい。


「ここに完成品があります」


 料理番組みたいなノリで、先に作っていたものを取り出す。……そりゃね、素材を作れるようになったからって一度も試さずに、皆に振る舞ったりはしないさ。魔石機材での温めやオーブンの加減など、実際に調理に使ってお試し済みである。


「よし食おう、いま食おう!」


 ベルさんが前のめりになる。そんなベルさんには、一番大きいのをどうぞ。……まあ、それでも足りないって言うのはわかりきってるけどな。


 それぞれテーブルに並べる。クロハが同じテーブルにつくのを遠慮しようとしたので、いいから座れと、主人特権で座らせた。


 お預けをくらった犬のような黒猫が人間形態になる。期待に胸を膨らませているアーリィー、ユナやサキリスは興味深げに目の前のデザートを見つめている。


「さあ、召し上がれ。上に乗ってるカラメルソースとプリンを一緒に食べるのが、美味しく食べるコツだ」


 銀のスプーンをプリンに入れれば、柔らかな中へ吸い込まれる。プルプルとスプーンの上で踊るプリン。カラメルと一緒にとって、まずは一口。滑らかな舌触り、口の中でとろける柔らかさ。甘さと苦味、その二つが合わさり、プリンは極上の味を提供した。


 ベルさんは何のためらいも無く、それを頬ばり、アーリィーは俺を見よう見まねで色違いの部分を合わせて一緒に口に入れる。王族だけあって、その所作は優雅だが、ひとくち含んだあと、その顔が一気に緩んだ。


「んんーっ! おいっしいっ!!」

「美味ですわ!」


 サキリスも感想を口にする。ユナは目を閉じ、プリンの食感を堪能。マルカスも、「こんなデザートは初めてだ」と言い、クロハも「幸せですぅ」と何を思ったか感涙していた。……こういう甘味、というかデザート食べる機会なかったんだろうな、このメイドさん。


 好評のようでよかった。俺はゆっくり久方ぶりの自作プリンを楽しむ。ベルさんはあっという間に平らげ、比較的早かったサキリスも眉を下げる。


「もうなくなってしまいましたわ……」

「うん……」


 アーリィーも残念そう。俺は苦笑した。


「もうちょっとしたら、おかわりができるから、我慢しろ」


 そうだった――と、俺が先ほど皆の前で作っていた分があるのを思い出し、一同の表情は一変した。もちろん、いい方向に、だ。

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