第413話、魔法具完備のお部屋
ウェリディスの地での家作りは順調に進んでいる。
三階部分は壁や床、天井も張り終え、家具などを置く段階となった。私物として持ち込むつもりの物以外は、ディーシーやサフィロが家具を作成できるのでそれで済ませる。
工房や地下大格納庫の整備など、まだやることはあるが、一応、居住エリアに関しては、もう普通に生活できるレベルになったので、荷物の引越しも兼ねて、移住者たちへのお披露目をすることにした。
昼食を済ませた後、俺たちはポータルを使った。
ベルさんやアーリィー、ユナは時々、こちらに来ていたが、サキリスやクロハ、とくにマルカスは、以前泉で遊んだときからご無沙汰だったから、初披露ということになる。
泉に降り注ぐ少量ながら滝がある、その奥の壁面に扉といくつもの窓があるのが見える。当然ながら窓にはガラスを張ってある。
外観はむき出しの壁に出入り口がある秘密基地めいた、と言うより野性味めいた洞穴基地みたいだが、中は打って変わって豪奢な作りとなっている。
マルカスはもちろん、クロハもサキリスも、外と中のギャップに目を丸くした。
「ポータルでどこかの屋敷に移動した、と言っても信じるな」
伯爵家次男の同級生はそう評した。
ホールを経由して大リビングへ。開放的な大きな窓が外の光をたっぷりと取り入れ、魔石灯がなくても明るい。設置された黒いスライムソファーの座り心地に一同は感嘆した。
「ベッドにしたい」
「じゃあ、ベッドはスライムベッドにしよう」
「スライムなのか、これは!?」
マルカスの言葉に何故かサキリスが俯いたが、まあどうせろくでもないことを考えたのだろうから無視しよう。
「ダンジョントラップであるスライム床を改良したものだよ。生き物じゃないから、とって喰われたりはしないから安心しろ」
リビングに隣接する食堂へ。いちおう大テーブルを置いたが、どうなんだろうと俺個人は思っている。
というのもクロハやサキリス、メイド組の扱いだ。普通、主人とメイドって同じテーブルで食事はしないものとなっているが……現代っ子感覚だと、ちょっとその当たりわからないんだよねぇ。俺は彼女らと一緒のテーブルでも平気だけど、他のメンツはどうなんだろう。
食堂の奥はキッチンである。ここを見た俺とベルさんを除く反応と言えば――
「……ここが調理場なのか?」
マルカスが何ともいえない顔をしていた。キッチンが仕事場のひとつとなるメイド組――クロハが小首を傾げる。
「ずいぶんこじんまりしてますね……」
「これで料理ができますの?」
サキリスが眉をひそめていた。
「炉もないようですし、テーブルと台、食器棚だけありましても、これでは肉やスープなどが作れませんわ」
まあ、そうだろう。この世界の、キッチンでの調理道具と言えば、むき出しの炉を使って、直火で焼いたり、大きな鍋で煮込んだりする。あとは石釜などを使う程度か。野菜や果物を切るくらいは調理台があれば事足りる。
「いちおう、オーブンはあるぞ」
壁に埋め込んである。とはいえ、このキッチンにサキリスが指摘したような炉はない。それよりももっと便利なものがあるから不要なのだ。
「お師匠」
様子を見守っていたユナが質問した。
「ひょっとして魔法具が仕込んであるのですか?」
「なかなか鋭いな。まずは水」
流し台に備え付けられた台付き水栓、その取っ手を押してやれば、蛇口から水が勢いよく流れ出た。すると――
「うわ、水が出た!?」
マルカスが素っ頓狂な声をあげた。
「えっ!?」
「凄いっ!!」
サキリス、クロハも目を瞠る。ユナが水栓に近づいた。
「水が出る魔法具なのですね。……これはどういう仕組みなのですか?」
「本体に水の魔石を仕込んである。この取っ手が、魔石に触れると水が発生するように魔法文字を刻んだ」
俺が簡単に説明すると、クロハが手を合わせて声を弾ませた。
「汲みに行かなくても、水が使えるなんて……! まさに魔法です!」
基本、井戸から水を汲み上げて、というレベルだから、水道なんて魔法なんだろう。魔法具だけどな。
たぶん、世界を見渡せばやっている人はいると思うんだ。魔石が高いのと、それらは主に武器や防具などに使われてしまうから、なかなか一般の生活道具に普及していないだけなんだろうけど。水なんて、生きていく上では欠かせないはずなんだがな。
水を利用しようとしたら井戸からわざわざ汲んで、行ったり来たりしなければならない苦労を普段からしている人間ほど、水道の凄さがわかる。
「キッチンだけでなく、手洗い用に他にもいくつか設置しておいたから、あとでトイレの場所と一緒に案内するよ」
俺はそう言ってから、流しの横の作業スペース方向へと移動する。
「さっきサキリスが炉がないと言ったが、代わりのものを用意してある。魔石コンロだ」
言葉どおり、魔石を利用したコンロである。調整も兼ねたつまみを捻ると、ポッと火がついた。
「!?」
「今度は炎の魔法ですか!?」
クロハが目を輝かせている。ユナは興味深げに、火に顔を近づける。
「なるほど、火を発生させる魔法ですね。……しかし、お師匠。普通に火の魔法を使うのではダメなのですか?」
もともと魔法使いであるユナの反応は薄かった。サキリスも同様だ。水の時は結構反応よかったのにな。水魔法は難度が高めなんだっけか。それに比べると火の魔法は簡単といわれる傾向にある。
「そりゃ、君ら魔法使いなら火を起こすのは何でもないだろうさ。だけどな、クロハはそうじゃない」
「ええ、そのとおりです、ジン様」
クロハが力強く頷いた。
「普通に火を起こすとなると、こんな数秒で火がつくなんて簡単なものではありません。そもそも燃やすための薪や火種、準備に手間もかかりますが、これはそういう準備がまったく不要ですよね?」
「そのとおり」
わかってくれて嬉しいよ。魔法使いと一般人の感覚の違いなんだろうな、これは。文明の利器に慣れていると忘れがちだが、火を起こすって、結構大変なんだよ。
火の調整がつまみ一つでできると言ったら、マルカスが呟くように言った。
「つまみで調整できるって、少し前のおれより魔法に関しては優秀じゃないか」
最近は、火の魔法も板についてきたマルカスだが、以前はそこまでコントロールできていたわけではなかった。ちょっとした自虐だな。そんな彼の軽口に、周囲から笑みがこぼれた。
キッチンの設備を紹介した後、案内を再開した。各部屋には魔石灯が設置され、昼夜問わず明るい。
水道完備、魔力伝達線を引いているから、魔力を使った魔法具を各部屋で利用できる。キッチンには冷蔵庫を設置したり、だいたいの部屋には空調――つまりエアコンも置いてある。
これに関しては、ユナにも教えたついでに、いくつか作らせた。ディーシーにお願いしてもいいんだけどね、これも経験だ。
ユナやマルカスはもちろん、メイド組であるサキリスやクロハにも魔法具付きの部屋を見せれば、その充実ぶりに感動された。
一通り案内した後は、二階にあるダイニングキッチンで休憩。一階ほどではないが、ここにも基本的な調理器具と設備が備わっている。
では、ここはひとつ調理してみるとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます