第408話、オフモード2


 ちなみに、皆は泳げるの?


 聞いてみたところ、エルフのヴィスタは。


「川や泉で泳いだことはある」

「ラスィアさんは?」

「当然、泳げますよ」


 断言しながら胸を強調されていた。刺激物である。


「サキリスは?」

「も、もちろん、わたくしも泳げますわ!」


 なーんか少し怪しいな。


 マルカスは「そういえば泳ぐ機会なかったなぁ」と真面目な調子で言えば、クロハもまた「ほとんどお屋敷で働いていて、買い物以外であまり外に行く機会ありませんでした」と、正直だった。


「ユナは?」

「泳げなくても魔法で浮けば問題ありませんから」


 しれっと言いやがった。そうなんだけど、ちょっとふてぶてしく見えるのは気のせいだろうか。


 ベルさんは……聞くだけ野暮だったな。あの黒猫、何か猫の姿とは思えないスピードで頭だけ出してスイーと泉を泳いでいた。……まてまて、何だその泳ぎは? あのサイズだから浅くても足がつかないのはわかるが、進み方が魔法くせぇ。

 そうか、魔法でも何でも泳いでいることには間違いはないか。魔法という言葉を使ったユナとはまた違った使い方を見せてくれる。


 さて、昼まで水に慣れたり泳ぎ方を教えたりした後、昼食のお時間。俺の中でのキャンプの定番といえばバーベキューである。


 が、冒険者連中のノリは最初は微妙だったりする。野外でメシというのに慣れているせいだろう。


 一方でアーリィーやマルカス、サキリスら学生組は、そういえばダンジョン飯という経験があまりないせいか、普通にノリがよかった。


 だがバーベキューはダンジョンキャンプとは違うぞ? 機械文明時代の野外用グリルを使って、冷蔵保存した肉や野菜を惜しげもなく焼く。匂いに釣られて獣どもがやってくる心配もなく、好き勝手にやってもいいんだ。


 というわけで、どんどんお肉を焼き、焼きたてアツアツをかぶりついた。……塩、コショウで味付けしたが、焼肉のタレがないのが悔やまれる。どうにか作れないものかね……。


 そんなことを言ったら、アーリィーやサキリスが、焼肉のタレなるものに興味津々だった。肉を美味くする魔法だ、と言ってやったら、ラスィアさんが呆れた。


「胡椒を使ってるだけでも結構贅沢だと思うんですが」


 昼食の後は、のんびり休憩。デッキチェア並べて日向ぼっことお昼寝。ヴィスタが椅子の上から周囲を見る。


「ジン、まわりにいる丸っこいのは何だ?」

「気づいたか。あれはゴーレムだよ」


 泉の周辺に配置した警備用のゴーレム。高さ1メートル半ほど。その見た目は球形ボディに手足が生えたような形状。二足歩行の亀のような愛嬌がある。


「ゴーレムなんて、もっとガッチリしたものだと思っていた」

「可愛らしいね、あれ」


 アーリィーもそんなことを言った。見かけはゆっくりゴーレムだが、その爪は電撃を帯び、また投射魔法を放つ砲を内蔵している。


 まったりした後、鉄馬一号と同型のボディを使った水上バイクの試乗をする。もとの鉄馬に比べると微妙にフットペダルの位置やハンドルの形状が違うけど。スキー板付きの鉄馬水上型は、かすかに浮かび上がると水上を滑り出した。


 水上を疾走する鉄馬水上型。風が身体に当たるのが心地よい。ただもっとスピードを上げると、当然風の抵抗が強くなるので、いまはいいが上着とかいるかもしれない。風防は備えているので、ある程度の風は軽減されているが。


 俺が試運転で泉の上を滑っていれば、当然ながら他の面々も興味を持つわけで。泳げないを堂々と宣言していたユナは、新しい魔法具に関心を示し、マルカスもまた鉄馬同様、乗りこなしてみたい欲求が強かった。そんなことだろうと思って、もう一台用意してあるから。


 アーリィーも乗りたがったが、自分で操るでもなく俺の後ろにだ。俺がもう一台の乗り方を教えてやり、随伴してやるあいだ、アーリィーは俺と同じ鉄馬に乗り、ぴったりとその身体を俺の背中に押し付けていた。……あったけぇ、柔らかぃ。



  ・  ・  ・



 そんなこんなで遊び倒すことしばし。おやつの時間の後は、軽く周囲の探検と称して、泉に流れ込む滝、その上へとちょっとした山登りをした。


 木々があって断崖の近くに沿って、左手に泉を見ながらのハイキング。やがて大した水量ではないものの川に達し、それが下にある泉に流れ込む滝のところへと行く。高さは二十メートルほどあるだろうか。泉はもちろん、対岸の森やさらに丘や山、一帯を取り囲む森もよく見渡せた。


 この近くに家を建てたら、さぞ見晴らしがいいだろうなぁ。


 夕方になり、太陽が沈むのを見ながら、俺たちは泉のキャンプまで戻って晩飯の支度。

 といってもクロハがほとんどやってくれたけどな。ステーキと野菜をじっくり煮込んだスープ――この世界の味付けも悪くない。でも、やっぱり懐かしい現代の調味料。


 落ち着いたら、料理を開拓するのも悪くないかもしれないな。というか、お前ら、いつまで水着のままでいるつもりなんだ?


 俺もまだ穿いたままだけど、さすがに上にはシャツ羽織ってる。……つか、やっぱサキリスのやつ、裸エプロンにしか見えん。先ほどからマルカスの視線が落ち着かない。


 裸っぽいサキリス、スリングショット水着のラスィアさん、巨乳のユナのあいだをいったり来たりしている様は、生真面目君にありがちなむっつり具合だが、彼女たちと視線を合わさないように逸らしたときに、クロハと目があって、さらに照れくさそうにしているのは何なんだろうな……。


 まあ、いいんだけどさ。


 よく晴れた日だったが、それは夜も変わらず、瞬く星空が水面に映り込んでひとつの神秘的な景色を作り出していた。俺とアーリィーは、泉に膝まで浸かり、泉と星空を交互に眺めていた。


「こうしていられるのが、信じられない」


 アーリィーが顔を上げた。


「ボク――わたしは王子として、このまま偽って生きるんだって思ってた。でも今は、女として生きて……しかも自由を手に入れた」

「……」

「君のおかげだよ、ジン。あの時、君に出会わなければ、いまのわたしはなかった」


 初めて会ったのは反乱軍の陣地内だった。あの時、アーリィーは捕虜で……まあ、ろくな目に合わなかったのは間違いない。


「俺も、君に会えてよかった」


 ひと目見た時から、たぶん惚れていたんだと思う。例え好みでなくても、初遭遇があれでは助けたけど。


「ジンには何から何まで助けてもらった。わたしは、もう王子じゃないし、そういう王族としての力はないけど、それ以外のところでお返しできたら、と思う」

「うん」

「愛してるよ、ジン」

「俺もだ」


 伸ばされた彼女の手を、俺は握った。本当は抱きしめてやりたいところだけど、なにやらこちらを見てニヤニヤしている御仁がいるからね。ちょっと照れくさい。……二人っきりになったらたっぷり抱き合うさ。


 アーリィーも俺と同じく照れたのか、はにかんだ。そういうところもまた、彼女の魅力でもある。初々しいというか、はにかみ屋なんだよね。


 二人は幸せなキスをして終了……は、もう少し後に。

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