第402話、ヒュドラ退治
ボスケ大森林に響く、竜の咆哮。それが複数聞こえてくれば、大抵の人間は怖気づく。複数聞こえるのは、頭が複数ある多頭竜だからであり、本当は一頭しかいない。
が、その一頭が凄まじくヤバい。
「ご主人様!」
森の偵察に出ていたサキリスが、空中から舞い降りた。SS装備――シェイプシフター装備の飛行形態は、さながら空飛ぶメイド悪魔である。
「ヒュドラが移動を開始しましたわ!」
「だろうね」
近づいてきているのが、震動や声などからも伝わっている。ここに留まるなら、夜の戦闘確定であるが、敵がやってくるとおぼしき方向が赤々とした明かりが見える。……火事が起きているような光景だが、おそらくヒュドラがブレスでも吐いたのだろう。
今回のヒュドラ退治に来ている面々が、俺のもとに集まってくる。
俺の周りには、ベルさん、アーリィー、ヴォード氏、ユナ、サキリス、マルカスがいるが、さらに副ギルド長のラスィア、エルフの魔法弓使いヴィスタだ。
アーリィー、サキリス、マルカスら翡翠騎士団のメンツ以外は、SないしAランクの冒険者が揃っている。
「さて、ヴォード氏。どうしますか?」
一応、この場でのリーダーであるギルマスに振れば、竜殺しの英雄であるヴォード氏は不敵な笑みをこぼした。
「むろん、ここで迎え撃つ! 何か不都合はあるか、ジン?」
「ありませんね」
夜であり、視界が悪いがヒュドラが放った炎で、それも心配することもないだろう。メキメキと木がなぎ倒される音が轟き、ついに、その細長い首の先である竜頭が、ちらちらと視界に入ってきた。
「ジン、細かい指示はお前に任せるぞ!」
ヴォード氏が、俺に指示を振った。これはポジションの違いによるものだ。ヴォード氏は超前衛で、俺は前衛もできるが基本は後衛。味方全体を把握し、中衛ならびに後衛のメンバーに指示を出せる位置にいるためだ。
「了解。――マルカス、鉄馬を使え。ヴィスタはマルカスについて、空中からの射撃だ」
射撃武器である魔法弓は直進性が強いから、地上から撃つより空中からのほうが狙いやすい。特に精密射撃を得意とするエルフのヴィスタなら、そのほうがやりやすいだろう。
鉄馬一号改、ホバーバイク型の改造で空中に浮かび上がる高さ、機動力を増した改良型にマルカスが跨る。だいぶ練習したから、その扱いも板についている。ちなみにホバーバイクを騎兵に見立てて、マルカスにはランスをもたせたこともあったりする。
マルカスの操る鉄馬改にヴィスタが乗ると、空中へと浮かび上がる。
「サキリス、君も空中から魔法攻撃をメインに、味方のバックアップ。……間違っても突っ込むなよ」
SS装備は、火に弱いからな。
「アーリィー、ユナ、ラスィアさんは、デゼルトから攻撃」
魔法組は後ろから。近づくのは前衛組だけで充分。ベルさんは――
「前衛以外、ないだろう?」
暗黒騎士は、ヴォード氏とツートップである。へいへい、後はサフィロ、それとゴーレムたち。
『了解。スクワイアたちは、すでにデゼルトの周りで防御配置についています』
ダンジョンコア『サフィロ』からの魔力念話が届く。
『バトルゴーレム1号ならびに2号は、前衛支援に出します』
BG1こと、バトルゴーレム1号は
全身鎧をまとった重騎士じみたフォルムは、マッドハンターの魔法甲冑の影響を受けて、さらに鋭角さを増し、近未来な姿に変化していた。
脚部のホバーパーツ、バックパックに高出力魔砲を装備したその戦闘ゴーレムは、青藍Mk-Ⅱとしてパワーアップした。
さらにもう1機。青藍と同型ながら紅の機体は『
まずは先制。青藍Mk-2が魔砲1門、深紅が4門の魔砲を射撃体勢に。砲口に青白く発光する魔力の光が収束する。
そして――
カッと閃光が闇を貫いた。光の掃射魔法には遠く及ばないそれだが、並みの魔獣、竜の鱗でさえ穿つ威力を発揮する。
……惜しむらくは、ヒュドラは並の魔獣ではないので、一撃で致命傷には持っていけないということであるが。お目覚めの一撃には充分だろう。
実際、森の木々の向こうに見えたヒュドラの首が数本、千切れ飛ぶのが見えた。……まあ、奴は凄まじい再生速度を持つから、その首もまたすぐに再生するのだろうが。
「さて、殺るか」
・ ・ ・
ヒュドラは討伐された。
S級魔獣指定の化け物は、俺、ユナ、ラスィアさんの圧倒的魔法火力で、多数の首を吹き飛ばされ、ヴィスタ、アーリィー、サキリスの魔法射撃で攻撃目標の分散を強いられ、ベルさんとヴォード氏の近接戦で、その身体を大きく傷つけられて、やがて息絶えた。
なお、最大の火力はヴォード氏のドラゴンブレイカーだった。竜殺しの英雄は伊達ではなかった。
SランクやAランク冒険者揃いだったこちらも、ヒュドラ退治には骨が折れた。竜族の再生速度は異常であるが、ヒュドラはそれが顕著だった。
俺のいた世界の伝説では、ヘラクレスがヒュドラを退治した際、落とした首に火を当てて再生しないようにしたとあって、俺たちもそれを実行した。
が、この世界のヒュドラは、火傷で再生しない部分を無理やり喰いちぎるという荒業で、再び首を生やしやがった。
戦いが異様に長引いたのはそれが原因だ。頭のいい奴だった。受けた傷が再生するのかしないのか、わかっていたのだろうな。
……おかげで、ヒュドラの首が数十本手に入るという、わけのわからない事態になった。倒したヒュドラの胴体よりも落とした首のほうが場所や容積取るとか、まさにどうしてこうなった、である。
王都に帰還する俺たちは、そのまま冒険者ギルドへ。
ヴォード氏とラスィアさんのお帰りとあって、ギルドにいた冒険者や職員たちが歓迎に――
「何を言っている、お前もその中に入ってるぞ、ジン」
Sランク冒険者の帰還に沸き立つ冒険者ギルド。……うん、まあね、表向きそのように振る舞うさ。表では冒険者らしく、裏では着々と戦争に備える。それを考えると、これも平和な日常なんだろうな……。
解体部門に、ヒュドラ死骸もとい素材を置いて、その場は解散。解体部門のソンブル氏は、積み上げられたヒュドラの首の山に、いつもの淡々とした表情で言った。
「こりゃまた……相変わらず、君が持ち込む量はこちらの予想の上をいくね」
報酬については、明日ということで、俺たちはアクティス魔法騎士学校、青獅子寮に戻るのである。
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