第401話、継承権の顛末


 主な貴族たちが王都に集められた。


 王位継承権第一位のアーリィー王子が、呪いによって女性になった。そのことで継承権はどうなるのか、その答えが王族のあいだで決まったので、それを公の場で発表しようというのだ。


 ヴェリラルド王国の王位継承のルールにおいて、王族の女は継承権が最下位近くとなる。いちおう権利はあるものの男子が優先されるため、ほぼ継承権はないとみていい。


 普通に考えれば女になったアーリィー王子も、継承権に関してはほぼ絶望的になるのだが、男だったものが女になってしまった場合は前例がないだけに、現王であるエマンがどう判断するか、貴族たちの注目が集まっていた。


 王城に集められた貴族たちの前に姿を現したアーリィーは、王子の服装ではなくドレス姿であった。どこから見ても、若き乙女そのもので、察しのいい者はそれで答えを得た。


 エマン王は、王位継承権のルールに則り、アーリィーの継承権を下げ、第二位のジャルジーを第一位として、実質の次期国王の指名を行った。


 貴族たちは、この決定にアーリィー王子がどう考えているか気になった。結果的に、呪いという形で後継からはずされたのだから、いくら王族のルールとはいえ、異議のひとつも挟むのではないかと思ったのだ。


 だがアーリィーは、決定に従うと粛々と答え、継承権に対して了承している旨を公言した。今後、王子あらため姫として扱われることとなったアーリィーに対し、貴族たちに一種のどよめきが走ったが、表立っての反対意見はなかった。


 もとより武勇ではジャルジー公のほうが評判がよく、彼の継承権が上位だったら、と思う貴族が少なくなかったこと。アーリィーの身に起きた不幸が、呪いではどうにもならないのでは、と半ばこうなることを予想されていたことなどが原因だった。この世界、『呪い』というワードは不吉なものとして敬遠されがちだ。


 さて、アーリィーの扱いが決まったところで、もうひとつ、諸侯らの前で行われるイベントがあった。


 それは、武術大会優勝者のジン・トキトモ――つまり俺に関することであった。


 俺は貴族たちが集まる場に騎士装束で姿を現した。王の前で臣下の礼をとり、先の武術大会の優勝と、それに続く悪魔討伐の功績を褒め称えられた。


「さて、大会を制したそなたには、勝者の権利として、ひとつ願いを叶えることとなっている」


 エマン王は厳かかな調子で言った。


「そなたは褒美に何を望むか? 領地か? それとも身分か?」


 集まる貴族たちの視線が俺に集まる。俺の答えはすでに決まっており、またエマン王自身もすでに知っている。


「そのどちらも結構にございますれば、アーリィー姫殿下をいただきとうございます」

「なんと……!」


 仰々しく驚いてみせる王だが、貴族たちの驚きはそれ以上であり、動揺が走った。だがそこはすでに願いを知っているエマン王である。


 優勝者の権利、その約束を王族として違えるわけにはいかないと、もっともらしいことを述べ、当のアーリィーに話を振った。


 そのアーリィーは思わせぶりに目を伏せて、こう言った。


「今は女の身。しかし少し前までは男として生きて参りました。そのようなわたしをもらおうなどという稀有な方はそうはいますまい。さらに聖剣を持ち、魔を掃う勇者とくれば、王家の姫を報酬にくれてやっても不足はありません。……まんざら知らない仲でもございませんし、喜んでお受けいたします」


 周囲にも反論もあっただろうが、アーリィーの言葉は、それら反論の余地を悉く先回りして潰していった。


 とかく、男だったものが女になったなど、気持ち悪くて抱く男などいない――いや世の中には男色というものがあるし、元からそちら方面から……。違うか。その手のタイプは逆に女になったら駄目か。よくわからん。


 それはともかく、武勲を立てた勇者であるから、王族の姫を差し出すに不足はない。そしてトドメに、本人が乗り気なこと。


 結果、集まった貴族たちはざわつきはしたが、こちらも反対意見は出なかった。


 かくて、俺は、正式にアーリィーを手に入れたのだった。



  ・  ・  ・



「……そうか、それでお前は、王子様を嫁にしたのか」


 ヴォード氏はしみじみとした調子で言った。それに対して俺は。


「語弊があるので、その言い方はやめてくれませんか? 王子ではなく、せめて姫と呼んでくれませんかね?」


 魔獣の森こと、ボスケ大森林地帯の深部に俺たちはいた。


 魔法装甲車デゼルトで通れる道を選び、時に作りながら進むこと、半日。すっかり日が落ちて、暗闇に包まれた森の中で、現在キャンプ中である。


「いやはや、本当、お前さんは、つくづくおれの想像の上を行くな」


 ヴォード氏は、焚き火に炙られる獣肉を眺めながら爺くさく言うのである。暗黒騎士姿のベルさんがやってくる。


「まあ、ジンだからな」


 何だよ、ベルさん。俺は口をへの字に曲げる。ヴォード氏は視線を魔法装甲車に向ける。


「しかし、そんな大事な嫁さんを、こんな危険な場所に連れてくるとはなぁ……」


 装甲車の後部ハッチから、カメレオンコートを羽織るアーリィーが、ユナと共に降りてくる。


 俺は首を振った。


「俺に来てくれ、と言ったのは、あなたですよヴォードさん」

「そりゃ確かに声はかけたがな。アーリィー殿下をモノにしたのは一般にも話題になっていたから聞いてはいたが、それとこれは話が別だろう?」

「王族の肩書きがなくなったら、どこにでも好きなところに行けるんですよ」


 自由を満喫する、というやつだ。自分が話題になっているのを察したらしいアーリィーが小首をかしげる一方で、ユナがやってきた。


「ヴォード、あなたも年甲斐もなく前線に出てきてますよね?」

「いきなりご挨拶だな。おれはまだ若いぞ、ユナ坊」

「40代なら大抵は冒険者を引退するものです。……お師匠、蹴ってもいいですか?」

「ギルマスのケツならな」

「おい! ……イテっ!」


 ユナが座っているヴォードを蹴った。ユナ坊呼ばわりが気に入らないのだろう。そのヴォード氏は、結構本気で蹴られたらしく、痛がりながら言った。


「仕方ないだろう。S級の超危険な魔獣が現れたんだから」


 S級魔獣――その名もヒュドラと言う。多数の頭を持つ、多頭竜であり、非常に凶暴かつ巨大。毒の息を吐き、凄まじいまでの力と耐久力を持つ。……地元であるルーガナ領にこんな化け物が潜んでいたとは。


「S級であるおれや、お前、ベルさんにお鉢が回ってくるのは道理というものだ」


 そうなのだ。俺は今ではSランクの冒険者となっていた。


 武術大会の優勝と、その後の悪魔討伐は、王都の住民や有力者たちの目にするところとなった。


 元々冒険者である以上、Sランクにしないことには冒険者ギルドの面目が立たない。また周囲も納得しないのである。


 かくて、俺は、二つ目のオリハルコン製冒険者プレートを持つことになった。


 一つはジン・アミウール、そしてもう一つが、ジン・トキトモとして。


 やれやれ、だ。こうなる予感がしてたから、本当は武術大会なんて出たくなかったんだよ。


「でもまあ」


 ヴォード氏は頬をかいた。


「お前さんたちと一緒に冒険者やってるのは、昔を思い出して楽しいんだがね」

「わかる」


 ベルさんも同意した。隣に座るアーリィーを見て、俺は一同を見回す。


「仲間とキャンプはいいんだけどね……。その、こういう状況じゃなければ」


 軋むような咆哮が轟く。凶悪な気配をまとい、近づいてくるプレッシャー。ヒュドラが近いか、足音と共に震動が伝わる。


 俺を含め、Sランク冒険者たちの視線が一気に険しくなった。――ヒュドラ君、きみ、空気読めないって言われない?

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