第400話、鉄馬乗り


 おやつの時間を終えた俺、アーリィー、フィレイユ姫と侍女らが、モーゲンロート城の中庭に下りる。


 そこには三台の小型の車――いや、車と呼べるのは一台のみ。さらに一台は車輪すらなかった。


 車、というよりはバイクである。灰色のボディは三台とも共通だ。違うのは足回りであり、一台は車輪なし。一台は三輪バイク。最後の一台は四輪バギーのようなスタイルだ。


「鉄馬、と呼んでおります」


 その名もつまりはバイクである。


 そんな三台の鉄馬のそばには、メイド服姿のサキリス、クロハがいて、ジャルジー公爵がいて、彼の部下たちがいた。


「よう、ジン、待っていたぞ!」


 そのジャルジーは子供のように手を振った。早く鉄馬に乗りたくてうずうずしているのだ。


 事の発端は、自分用の車が欲しいとジャルジーが言い出したことに始まる。彼はデゼルトを大変気に入り、あれこそ王者の乗り物だと公言して憚らなかった。


 今後のお付き合い、もちろん大帝国との戦いも含めてだが、それらを考えて、良好な関係を築いてデメリットはない。

 ということで、ウェントゥス基地で、希望の品を用意した。


 それとは別に、機械というものに接してもらおうと思い、あれやこれや。機械文明の力を使わずとも作れるものを、と話していたら、バイクの話になり『作ろう』という流れなったのである。


 車輪の有無を除けば、ボディの形状はバイクそのもの。金属製のカバー、シートは革製。動力は魔石で、ジャイアントスパイダーの糸などを加工した魔力伝達線を通して、各部の稼動やブレーキなどを対応のキーやレバーで操作する。


 試作は計四台。車輪なしを1号機、三輪型を3号機、四輪型を4号機と呼称する。……そう、この中庭には2号機は置いていない。ちなみに2号機は二輪型である。


 ジャルジーは言った。


「さっそく動かそう。……動くんだよな?」


 若き公爵にも初披露なので、どの程度走るのかわからないのだ。これまでの経験から動くのは間違いないんだけど。


 ただここでは、鉄馬を走らせるには狭すぎるので場所を移す。ポータルを使用して、王都外へと移動。王族護衛の近衛騎士らもついてくるが、ポータルは王家の秘術中の秘術ということになっているので他言しないように誓約が課せられている。


 王都より離れた平原地帯。見渡す限りの大草原で広さについては文句なしだ。アーリィーやフィレイユ、近衛たちの見守る中、運んできた鉄馬を走らせることにする。いちおう皆に披露する前に試運転は済ませてあるが、思いっきり走らせてはいないんだよね。


 俺は3号機。動かす気満々のジャルジーは、もっとも安定している四号機の運転席に乗り込む。……やり方は教えたが、公爵殿は運転初心者だ。


 無線代わりに魔力交信用リングをジャルジーに持たせ、魔石エンジン始動。俺のいた世界の車と違い、実に静かな稼動音だ。


 最初は、ゆっくり走らせる。慣らしを兼ねて、感覚をつかませるのだが、特に遮蔽もなく変化に乏しい広大な平原である。すぐに全速力でかっ飛ばすことになった。


『兄貴! こいつは凄いな、最高だっ!』


 魔力通話からジャルジーの歓声が響く。護衛とばかりに追尾する馬よりも速く走る鉄馬の虜になったようだった。デゼルトよりも小回りが利き、しかも速いとくれば、車の魅力に取り付かれた彼が夢中になるのは無理なかった。


 しばらく走って後、こちらを見守っていたアーリィーとフィレイユのもとへ戻る。妹姫殿下の羨望の眼差し……。見ているだけでは退屈だろう。


「お姫様方、お乗りになりますか?」


 鉄馬は基本単座であるが、胴体をバイク型にした段階で、複座にも対応している。アーリィーは待ってましたとばかりに近づく一方で、フィレイユ姫は興奮を露わにする。


「乗ってもよろしいんですの!?」


 もちろん。とはいえいきなり運転は危ないので、後ろに乗るだけだけど。ジャルジーも慣れてきたから、ドライブとしゃれ込もう。


 そう言ったら、どちらが後ろに乗るかで、姉妹は少々もめた。どっちも俺の後ろに乗りたがったからだ。


 俺個人としてはアーリィーを乗せたいところだけど、それでは妹姫が可哀想なので、順番に、ということで手打ちとなった。


 風と共に走り抜ける鉄馬3号機と4号機。ちなみに、ジャルジーが三輪型にも乗ってみたいというので、そちらも交代したりして、ドライブを楽しんだ。


「ジン!」


 後ろでアーリィーが俺の名前を呼ぶと、振り返る間もなく彼女は抱きついてきた。背中にあたる、女性らしい弾力。矯正下着をつけていないありのままのアーリィーの胸。


「大好きだよ、ジン」

「俺もだ」


 日が傾き、空が赤みを差す頃、一通り遊び通して、皆さんお疲れの様子。一番疲れたのは、随伴しようと頑張った近衛騎士とその馬たちだったが、まあ見なかったことにする。


 さて、いよいよ本命である1号機の試乗を行うことにする。


 鉄馬1号機は、車輪がないことを除けば、バイクそのもののように見える。俺がシートに跨ると、早速ジャルジーがやってきた。


「最初に見たときから気になっていたんだが、それは何だ? 車輪がないぞ」

「こいつは浮遊するから、車輪はいらないんだよ」

「なに!?」


 目を丸くするジャルジー。フィレイユ姫も、まあ、と驚く。


「もしや、空に浮かぶのですか!?」

「空に、というほど大したものじゃないですよ」


 ぽちっと、エンジンのスイッチを入れる。ふわり、と地面から十数センチほど車体が浮かび上がる。周囲でおおっと近衛騎士たちが声をあげた。


 俺的には見慣れているんだけどな。何せウェントゥスの戦闘機は、浮遊式の離着陸システムを採用している。この鉄馬より大きいんだからさ。

 それにルーガナ領で走っている板も、考えようによってはこれに近い。


 魔力をエネルギーに変えて噴射、その勢いを利用して推進。構造は分かっても部品の質は、この世界基準の手作り感満載。実は車輪付きの鉄馬のほうがスピードが出たりする。


 ノロノロながら、ゆっくりと浮遊しながら走り回る俺の鉄馬1号機。その場でグルグルと旋回したり、音もなく空中を滑るように進ませる。


「兄貴! オレも乗りたい!」

「ジン、それボク、いやわたしも乗ってみたい!」

「……いいけど、あんまり派手に扱わないでくれよ」


 ジャルジーはともかく、機械に慣れているはずのアーリィーは、普通に好奇心だろうな。


 俺は鉄馬を譲った。まあ、50センチ以上は浮かび上がらないように制限してあるし、速度も出ないから、早々危ないことにも……ああ、そうそう。


「あまり人の近くで動かすなよ。ぶつかったら大変だから」


 釘は刺しておく。車輪などがない分、ブレーキが甘いのだ。急には止まれないを地で行っているから、油断すると人と衝突する。


 ともあれ、日が沈むまで、王族様方はさんざん1号機を乗り回していた。……魔力残量ほぼゼロじゃねーか。まったくもう……。


 物珍しくて、はしゃぎ過ぎる。ジャルジーは次の王様というより、ガキみたいだし、アーリィーもフィレイユもとても楽しそうだった。……もう、何でもいいや。


「……お変わりになりましたわね、公爵様は」


 フィレイユがポツリとそんなことを言った。


「以前、あの方には近寄りがたいところがあって、正直言うと苦手でしたわ。けれど、最近の公爵様は物腰が柔らかくなって優しくなられたように見えます」

「……ああ、まあね」


 俺は苦笑するしかない。ジャルジー公爵の脳に電気流して、性格を変えてしまったのは俺です。……もちろん、言えるはずもないが。


「ジン様の影響でしょうか……」

「どうかな」


 すっとぼける俺である。


 すっかり遊び倒した後、ほっこりした気分で、俺たちはモーゲンロート城に戻った。するとエマン王とベルさんが待っていた。


 エマン王は、遊びほうけていた子供たちに少々呆れつつ言った。


「いよいよ、王位継承権について、諸侯に発表する日取りが決まった」

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