第399話、プリンセス・アーリィー
アーリィーの姉と妹は、前に聞いたとおり、美人、美少女だった。
彼女がもとより、女として生きていたなら、姉妹たちの真ん中に納まっても違和感がなかっただろう。いや、実際、違和感がない。
それが俺の正直な感想だった。アーリィーが姉妹の美貌を評価しているのも理解できた。
姉であるサーレ、妹のフィレイユは、アーリィーが女性となったことに驚き、この世の終わりではないかというくらいのショックを受けていたようだった。
あまりに衝撃を受けておられるから、最初からそうだったと教えてやりたい衝動に駆られるが、皆その秘密を告げることはなかった。
さて、マントゥルの乱入と、アーリィーの身に起きた不幸な出来事により祝勝会は中止された。
部屋の外で待っていた諸侯らには、アーリィー王子がマントゥルの魔法の呪いにより『女となってしまった』とことが告げられた。
その場は解散となり、王城ではアーリィーのこと、王位継承権問題が話し合われる――と表向きはそうなっていた。エマン王、アーリィー、ジャルジー、そして俺の中では、すでに、どう持っていくか決まっているのだが、諸侯には王族が慎重に今後を模索していることを印象づけた。
アーリィーが女になってしまったことは、ヴェリラルド王国中に知れ渡ることになる。襲撃を目撃した有力者、貴族らが家族や友人に口外し、そこから拡散されていったのだ。
本来なら緘口令でもしいて秘密を守るところだが、エマン王はそれをしなかった。むしろ多くの人間の耳に届くように、拡散を促している節さえあった。
医者や魔術師が集められ、アーリィーの呪いを解く方法を審議、調査させたが、もちろん、そんな方法があるわけがない。そもそも戻るもクソもないのだ。アーリィーは生まれたときから女なのだから。
時間だけが過ぎていった。その間、表向きアーリィーは療養中ということで王城にいたわけだが、実際は女であることに慣らしていく日々を過ごしていた。
もとから女だったとはいえ、女性用の服装に慣れたり、姉妹と触れ合うことでよりそちらの知識を得る、というやつだ。
俺は王城ことモーゲンロート城にいた。赤いカーペットの敷かれた通路を歩き、目指すはアーリィーの私室。見張りに立つ近衛騎士が、俺が通ると敬礼した。俺は頷きだけ返す。本来なら、部外者お断りのエリアなのだが、俺は顔パスで通れるようになっていた。
さて、そのアーリィーの部屋だが、中から若い女の無邪気な笑い声が聞こえた。……妹姫がいらっしゃるな。
俺は入室前にノック。アーリィーの返事を待ってから扉を開けた。
「お邪魔かな?」
「ジン!」
「ああ、ジン様」
アーリィーと、その妹姫であるフィレイユが、俺を見て顔をほころばせた。
元王子様は、青と白のドレスをまとっている。脚がすっかり隠れる裾の長いふわりとしたスカート……お姫様だなぁ、どう見ても。これが少し前まで王子様だったなんて、信じられないな。
一方で若草色のドレスをまとう妹姫は、年齢14歳。アーリィーをさらに幼くしたような整った顔をしていて、その長い金髪を束ねてシニヨンにしている。快活なお姫様である。
「ようこそ。いま、ちょうどお茶にしようと思っていたところですのよ。ジン様も如何です?」
「ええ。そのために来ました」
俺は微笑を浮かべて言えば、フィレイユ姫は目を輝かせる。
「まあ! ではぜひこちらにいらして。ジン様の冒険のお話をまた聞かせていただけませんか?」
妹姫にすっかり懐かれている俺である。何せ、城で過ごすことが多いお姫様は、外の世界に興味津々だ。夢見る少女は、噂話はもちろん、旅の話や世界の話、物語を好む。
「ねえ、おに……いえ、お姉様も、いいですわよね?」
「うん、もちろん。……いまお兄様言いかけたよね?」
アーリィーが拗ねたような表情で言えば、フィレイユは眉をひそめる。
「まだ、慣れませんわ。もとは男でしたのに、普通は『女』扱いされると怒るものではありませんこと?」
「ボクは、女の子でいいんだよ」
むしろそっちが自然なのだが。
「あ、『ボク』って言いましたわよ、おに、いやお姉様!」
指摘されて、ハッとするアーリィー。癖が抜けきらないのは彼女も同じらしい。ボクっ娘もいいと思います。
「そういうものなのですか」
フィレイユ姫は、俺へと視線を寄越す。
「ねえ、ジン様。わたくしをお嫁にもらってはくださいませんか?」
うん、この会話の間に、時々挟んでくる婚約希望のセリフはどうにかなりませんかね、お姫様。
「ダメ! ジンは、ボクの!」
アーリィーが声を張り上げた。フィレイユ姫は、その細い腰に手を当てた。
「また、ボクって言いましたわよ? ……お姉様は、女になってからジン様への好意をお隠しにすらなさらないのですね。女になってしまった、って頭を抱えることもなく」
やれやれ、と妹姫は肩をすくめるのである。
メイドたちが、テーブルの上にお菓子と紅茶を用意し終わると、俺と姫君たちは着席する。
「それで、城の中庭が何やら騒がしかったようでしたが、何をなさっていたのでしょうか?」
「ああ、聞こえていましたか。実は新しい魔法車を製作していまして」
ちなみに、俺は妹姫様には敬語を使っている。今のところ、この姫様から普通の口調で話していいとは言われていなかった。家族以外からは敬語で話されるのが普通と思っているのだろう。
「魔法車! まあまあ、新しいものですの?」
フィレイユ姫は前のめりになる。
前にジャルジーからエマン王に、魔法装甲車を披露するように頼まれたことがあったのだ。王様のご機嫌取りにデゼルトを見せて、試乗もしたのだが、エマン王は食事直後だったこともあり、途中で吐いてしまい、以来、車に苦手意識を持っていらっしゃったりする。
アーリィーの姉のサーレ様は、デゼルトの迫力に怖がってしまい乗ることはしなかったが、フィレイユ姫は大変気に入っていただけたようだった。
「どのような車ですの?」
「小型のものです。デゼルトでは大きすぎるので、人を一人か二人乗せる程度の」
「まあ、それは可愛らしいですね!」
一人か二人乗り、と聞いて、可愛らしいと反応が返ってきた。まあ、デゼルトに比べたら、可愛らしいかもしれない。
「休憩したら、試し乗りをする予定です。もし興味があれば、ご覧になられますか?」
アーリィーを誘いに来たのだが、彼女にべったりなフィレイユ姫にも声をかける。これもいわゆる王族との親好度を上げるサービス。答えは当然――
「行ってもよろしいですの! もちろん、招待されますわ! ねえ、お姉様、いいですわよね?」
ふだん近衛や従者らが、姫の外出には手厳しいことを言うのだが、俺が一緒だとさほど言われない。だから、余計にフィレイユ姫は俺に懐いていたりする。
「もちろんいいよ。ボク……わたしもたまには城の外に出たいから」
だから誘ったんだ、というのは俺の中で飲み込んだ。ただ、ひとつだけ言っておく。
「あと、ジャルジー公爵も来るので、そのつもりで」
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