第397話、祝勝会と悪い魔法使い


 祝勝会には、着飾った貴族や有力な商人、騎士らが大勢参加していた。


 俺はこういうセレブな人々が集う場に合う衣装を持ち合わせていないので、大会時の装備での参加というのは大変ありがたかった。


 すでに奥に置かれた豪奢な椅子にはエマン王が座り、その両側にアーリィー王子、ジャルジー公爵が立っていた。そこは周囲の床より二段ほど高くなっている。


 会場の左右には無数の机があって、その上には料理やワインが並び、貴族や有力者たちが、入場する俺に注目していた。


 まずは、王の前に行き挨拶。そこで武術大会優勝を称えるありがたいお言葉を頂戴した後、望みの報酬を伝え、それに王が応えたら、会場で自由にパーティーを満喫する――というのが本来の流れだ。


 自由に満喫ではなく、有力者たちから挨拶責めを受けるというのが正解なのだが、今回は、襲撃イベントという芝居があるので、後ろ半分は無視していい。やったぜ。


 会場には他の賓客らに混じり冒険者ギルドのヴォード氏やラスィア、ユナがいた。巨漢のヴォード氏の黒い礼服は、サイズからして確実にオーダーメイドだろう。


 ダークエルフであるラスィアさんは胸の開いた漆黒のドレス姿。いつにも増して妖艶。王様に向かって真っ直ぐ歩いている時じゃなかったら、間違いなくガン見しちゃうね。


 一方でユナはいつもの黒と青のローブをまとっている。……こいつに着飾れ、というのは無理な話かもしれないが、よく会場入りできたものだ。止められなかったのかね。ユナがドレスを着たら……うん、周囲の野郎どもの視線を集めただろうな。あの大きなお胸のせいで。いまでも充分、視線を引いているのに。


 他には、大会上位のシュラや剣豪ヒエンなどの姿も見える。ベスト16入りした参加者は招待枠だが、そこにガルフの姿はなく、リーレも堅苦しいパーティーを嫌ったか不参加。他にも何人か辞退したようだった。


 と、王都騎士団の聖騎士ルインと目があった。軽く目礼。彼は二回戦負けではあるが王都騎士団の重要ポジション枠での会場入りだろう。


 周囲の視線を独り占めにしているせいか、舌が乾いてきた。背中にもうっすら汗が浮かんでいるのを感じる。こういう場は、やっぱり慣れないな。俺ちゃん、元の世界じゃ、ただの一般人だったわけだから。


 ゆっくりとエマン王の座る席の前へと向かう俺。はや歩きしたいのを我慢し、ようやく到着。そこで片方の膝をついて、まずは姿勢よく向き合う。


 王がおごそかに席を立った。


「大会を制した勇者、ジン・トキトモよ。此度の貴様の戦いぶり、見事であった!」


 ……ちなみに、ここでの勇者ってのは『チャンピオン』の意味だ。


 エマン王は長々と俺の一回戦からの戦いの様子をあげ、評価の言葉を発した。こうやって聞いていると、ちゃんと試合を見ていたんだな、と感じさせられる。

 優勝候補のルインを、ヒエンを倒し、マッドハンター、リーレといった強敵を退けた。そして決勝戦は、口上としてはあっけない幕切れだったが、そこは現れた悪魔を討伐した武勇伝に見事にすり替えた。


「して、その聖剣は何と申すか?」

「はっ、聖剣ヒルド。かの英雄、ジン・アミウールより賜った聖剣にございます」


 俺が頭を下げたまま答える。アミウールの名前が出たことで、諸侯らがざわめいた。そう、ジン・アミウールの持っていた聖剣を俺が持っているのは彼からもらったから、ということにしたのである。


「その顛末に興味があるゆえ、あとで話してくれるかな?」


 私的な呟きに似た口調でエマン王が言った。……すでに内容を知っているのに、さも今知ったように振る舞う。役者だな、国王陛下。


「喜んで」

「うむ」


 エマン王は頷くと、メイドがグラスの載った盆を持ってやってきて、王に差し出す。それを合図に、会場内でワインの入ったグラスが皆に行き渡る。いよいよ挨拶のしめの乾杯である。


「それでは――」


 王がグラスを掲げた、まさにその時だった。


 会場の魔石灯の照明が数回点滅して、一瞬の暗闇を何度か作り出した。ざわつく会場。聞こえてくるは不気味な笑い声。


「フハハハハ、久しいな、ヴェリラルド王!」

「何者だっ!?」


 魔石灯の光度がやや下がる中、浮遊する黒い影。それは漆黒のローブをまとった黒き魔術師。


「わしの顔を忘れたか、エマン王。偉大なる魔術師、フォリー・マントゥルを!」


 フォリー・マントゥルだと――諸侯らはどよめいた。かつて、その名を轟かせた天才魔術師の名前は、ある一定の層ならば知らぬ者はいない。


「馬鹿な、まだ生きていたのか……!」


 エマン王は、天井近くを漂う魔術師を見上げて言う。マントゥルは笑った。


「いかにも! わしはついに寿命というくびきから逃れた!」


 高笑いが響き、彼の言葉に周囲は驚愕する。だがマントゥルは笑いを引っ込めると、人差し指を王に向けて怒鳴った。


「そのような偉大な力を持ったこのわしを! 宮廷魔術師として召し抱えながら、早々と追放したッ! 貴様らヴェリラルドの王族に呪いあれェ!!」

「「陛下!」」


 近衛たちが彼の前に立ちふさがるように即座に壁を形成しようとする。さらに近衛の魔術師や、ユナ、他にも魔術の心得のある者が、マントゥルへ攻撃の兆候を見せる。


 だが――


「目障りだっ!」


 魔術師が大振りに腕を振った瞬間、凄まじいまでの殺気と圧迫感が会場を満たした。途端に動けなくなる人間たち。


 この威圧、いや恐怖は――!


 闘技場に現れた悪魔のそれと同じ、いやそれ以上のものがあった。……まあ、俺には効かないんだけどね。動けなくなった者たちを尻目に、俺は聖剣ヒルドを抜く。


 マントゥルが腕を振るうと風が起き、壁を形成しようとしていた近衛たちを怯ませる。


「フォリー・マントゥル!!」


 アーリィーの凛とした声が響いた。周囲が恐怖で動けない中、若き王子は王の前に立つ。


「お前の思うようにはさせないぞ、この悪魔め!」

「ふふ、ふははっ! 小生意気な小僧が! よかろう、我が闇の秘術をくらえぇ!」


 マントゥルが魔法を放った。その青、赤、白の淡い光が真っ直ぐにアーリィーに吸い込まれる。


「うわっ!?」


 魔法の直撃を受けたアーリィーがその場に膝をつく。


「殿下!」


 周囲から悲鳴にも似た声があがる。――見た目は派手だが、あの魔法自体に殺傷力はない。ただ、服の前が弾け跳ぶけど。


「ああっ……!」


 アーリィーの礼服、その胸元がはじけた。矯正下着もついでに切れたので、その女としてのふたつの膨らみが公然とさらされる。


「で、殿下!?」


 先ほどとは別の声音で悲鳴があがった。マントゥルの声が高らかに響く。


「見たかッ! 我が闇の秘術、人間の性別を逆転させる魔法よ!」

「な……」


 周囲が絶句する。――人の性別を逆転させる魔法だと!?


「エマン王よ、そなたは男子を欲しがっておったな! 生まれる子は女子ばかり。わしが次に生まれてくる子を男子としてやった、その恩を忘れておるようだから、思い出させてやったわ! アーリィー王子を女にしてやったぞ! あっはははははっ!」


 しかしこの魔術師、ノリノリである。もう、そろそろいいかな、ベルさんよ。これ以上やると、わざとらしくなりかねない。


「さあ、次は貴様を殺してやるぞ、エマン王!」

「貴様、よくも王子殿下をっ! これ以上はやらせん!」


 俺は聖剣を向ける。一瞬、視界の中のマントゥルがぼやけた。刹那の間だが、それですべて整った。後は、俺が放つのみ!


「光に消えろ! 邪悪な魔法使いっ!!」


 聖剣より光が迸り、闇の魔術師マントゥルの身体を飲み込んだ。


「ぐぬっ、おのれええええぇぇぇぇぇぇぇ――!」


 マントゥルの声が途切れる。周囲の動きを封じていた威圧も消えた。

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