第396話、ジンの去就について その2


 モーゲンロート城。武術大会終了後のイベントのひとつ、祝勝会。大会を制した優勝者や、上位に勝ち残った勇士たちを称える場所。


 同時に、これからの人生が決まる可能性が高い場でもある。


 王族、貴族、その他有力者たちは、大会を制した勇者や上位の猛者たちを自らの陣営に引き入れたいと思っている。


 それを受ければ、権力者に仕えることになり、それは就職であり、義務は発生するが安定した生活の第一歩ともなる。やりようによっては、貴族に成り上がることも可能だ。


 ジン・トキトモ、30歳――思えば遠くにきたものだと俺は思う。


 祝勝会のパーティー会場では、すでに諸侯や有力者たちが入り、歓談や料理、酒を嗜む。優勝者である俺を除いた、大会上位者はすでに会場にいる。そこでスカウトされたりしているのだろう。


 俺が会場に入るのは王族が会場入りした後。エマン王が皆の前で挨拶をした後、優勝者を称えるセレモニーが始まる。そこで俺が登場して――ベルさん扮する悪い魔法使いマントゥルが現れる……。


 控え室で待つ俺。武術大会優勝者は、大会参加時の装備を身に付けて式に臨むことになっている。俺としては嫌だったのだが聖剣を腰に下げている。王様直々の指定なのだそうだ。マントゥルを倒すのにこれほどうってつけの武器はないのだと。


 部屋には俺以外には、黒猫姿のベルさんがいるのみだ。机の上に寝そべる黒猫は、すっと目を開けた。


「もうじき、終わるんだよなぁ……」

「いきなり何だよ」

「アーリィー嬢ちゃんに関する問題に片がつくってことさ」

「そうだな」


 やったとだな、というのが本音。それでなくても、これから先、大帝国とかいうはた迷惑な侵略者を相手にせねばならないから、あんまり見通しよくないんだけどな。


「お前さ、これからどうするんだよ?」

「どうするって?」


 俺がじっと見れば、ベルさんは再び目を閉じた。


「嬢ちゃんは王族を離れるつもりだけど、エマンは、できればお前とは縁を切りたくないとさ」

「ジン・アミウールだってバレたからな。まさかジャルジーが聖剣マニアだったとは」


 俺は苦笑する。やっぱりあの時殺しておけばよかった、というのは冗談である。


 なお、今回、聖剣ヒルドを所持するにあたって、ジン・アミウールが持っていたとされる聖剣を俺が持っている理由、その言い訳にはついてはすでに考えてある。


「深く干渉するつもりはないし、放っておいてくれるなら、別にいいんだけどね。まあ、それが許されるのは、ベルさんが手を回してくれてるおかげではあるんだけど」

「いやいや、お前さんがジン・アミウールだからこそ、許されるわがままではある。オレだって万能じゃない」

「わがまま、か」

「なに、人は皆、わがままなんだよ。お前に英雄であることを望んでた奴らも、お前自身も、誰もかれもな」


 深いこと言うね、ベルさん。


「それで、お前さんは? これからどうしたい?」

「のんびりしたい」


 無理だけどね。


「王国が俺とお付き合いしたいって言うんなら、どこか適当な土地もらって、家でも建てようかね」


 夢のマイホーム生活、なんてな。こちとらルーガナ領地の奥に、テラ・フィデリティアの遺産と、プチ世界樹と、秘密基地まで持っているんだけどね。


「仕事はどうする? 当面は冒険者か?」

「表向きは、これまで通りだろうね」

「それを聞いたら、ヴォードやラスィアは喜ぶだろうぜ」


 冒険者ギルドは、上位ランクの冒険者を手放したくない。


「ヴォード氏から、また一緒にクエストをやろうぜって誘いが来ていた」

「人気者だな、お前」

「ベルさんもだよ、……まあ、ラスィアさんは呆れてたけどな」


 俺は小さく笑った。


「ギルドからは正式に専属冒険者兼スタッフにならないかと打診された。新人教育や、魔法関連の指導とか。武術大会で優勝したせいで、上位ランクの冒険者からも講演依頼が来ているとか」

「ウー、モテモテだなぁ。……教育と言ったら、魔法騎士学校からも教官職を勧められてんじゃないか? お前、もう魔法授業教えてるし」

「まだ直接話は来てないが……まあ、そうだろうね。学校側からしたら大会優勝の在校生に何もしないわけがない」


 実は、王城に来る前に、現職の教官でもあるユナから話を聞いていたりする。高等魔法の教官ポストが空くが、そこでもいいし、あるいは望むポジションも空けるらしい、とのことだ。


 なお、その高等魔法科教官のポストというのは、明らかにユナの現在の役職であるのだが……。彼女は本気で教官を辞めたがっているようだった。


「早々に、態度を明らかにしておくべきなんだろうな」

「そうだぞ。お前さんに声をかけたい貴族どもも多いだろうしな」


 ベルさんは断言した。俺は皮肉げな笑みで応える。


「まあ、優先権はまず王族だけどな」

「王都騎士団に入りますってか?」

「そういえば、ルインさんからも誘われてた」


 王城に来た時、聖騎士であるルイン氏から、王都騎士団に勧誘された俺である。


「でも騎士団は嫌だな」

「これまで通り、アーリィー嬢ちゃんの個人的な護衛を務める……」

「という建前」

「本音は?」

「アーリィーと家庭を築く」


 その言葉に、ベルさんが白い歯を見せた。


「嬢ちゃんを合法的にもらうために大会に優勝したようなもんだからな。おとぎ話みてぇ」

「ん?」

「主人公はお姫様を手に入れるために困難に立ち向かい、やがてそれを勝ち取る……」


 テンプレだなぁ。いや王道というべきか。俺は苦笑いである。ベルさんは言った。


「しかし、嬢ちゃんもお前さんのことが好きと来てる。恋愛結婚とは、王族や貴族じゃ珍しいよなぁ」


 そうだな。俺の中で、いまはメイドに納まっているサキリスのことがよぎる。彼女も、家が選んだ貴族の男子と婚約を決められていた。家が故郷ごと吹き飛んだせいで、それもご破算となったが、サキリス本人は望まぬ結婚をしなくて済んだと安堵している。


 その時、ドアがノックされた。返事をしたら、ドアが開き、近衛隊長のオリビアが現れた。


「ジン殿、お時間です。会場へお越しください」


 いよいよだ。


 アーリィーにとっても一世一代の大芝居。俺にとっても、彼女と家庭をもてるかどうかは、これからのセレモニーとそれに続く芝居の成否に掛かっている。


 彼女が父親によってつかされた嘘によって、周囲から非難されないように。不幸な結末を迎えないように。

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