第395話、ジンの去就について


 モーゲンロート城の王の私室。エマン王は、先王ことピレニオと対面していた。


 ジン・トキトモが目を覚まし、体調に問題がないこと、闘技場での悪魔問題についてのピレニオ先王の見解を聞いた。


「――では、明日の夜、武術大会の祝勝会を開くということで」

「準備は整うかな?」

「むしろ明日までにやらないと、改めて準備などに時間や金がかかるところでした」


 祝賀会参加予定の諸侯や有力者たちの日程もある。大会が終わって祝賀会を終えたら帰る領主などが多いから、あまり日をおくこともできないのだ。


「それで、その祝勝会にて、フォリー・マントゥルに扮した魔術師がアーリィーの性別を変えると」

「ふむ。その場でアーリィーには少々恥ずかしい思いをさせることになるが……こればかりは仕方がない」

「ですな。しかし一番被害が少ない方法でもあります」


 エマン王は頷いた。


「そしてマントゥルは、ジン・トキトモが討つ、と」

「左様」


 そういう筋書きである。ピレニオ先王がたっぷりある髭に手を当てると、エマン王は言った。


「ジン・トキトモは聖剣持ちであるのが、大会で明らかになりましたから。天才魔術師と言われたマントゥルも、聖剣を持った者に討たれるなら、芝居と疑われることもないでしょうな」

「ん? うむ……」

「マントゥルの偽者を討つ際は、ジン・トキトモには聖剣を使ってもらわねば……」


 おいおい、オレ様を殺す気か――ピレニオ先王こと、ベルさんは内心冷や汗をかく。芝居とはいえ、迫真の演技を見せるために自らマントゥルに扮し、討たれる役を務めるつもりだったベルである。


 ただの剣なら刺されようが斬られようが簡単には死なないが、聖剣が直撃したら、マジで致命傷になりかねない!


「父上……?」


 黙りこんでしまったピレニオ先王に、何も知らないエマン王が声をかけた。


「何でもない」


 これはジンと打ち合わせする必要があるな、と先王ベルさんは思った。芝居で殺されてたまるか、である。


 祝勝会のどこで、マントゥルが襲撃するか――細部を詰める王たち。それらの作業が一通り終わると、エマン王は唐突に切り出した。


「父上、ジン・トキトモの正体をご存知でしょうか?」

「正体とな……?」


 またぞろ嫌な予感がしたが、表情には出さないピレニオ先王。


「ジャルジーが言っておりましたが、ジン・トキトモは、かつて連合国に所属した大魔術師ジン・アミウールだと言うのです」


 情報ガバガバじゃねーか! ピレニオ先王ことベルは舌打ちをこらえた。


 今回の武術大会は、ジンが当初危惧していたとおり、彼がアミウールと名乗っていた頃を知り、情報の断片からその正体に気づいた者がちらほらと現れる結果となった。……あいつが大会出たがらなかった理由が骨身に染みたよ、まったく。


「ほほう、ジャルジーが気づいたとな?」

「はい。ジン・トキトモの持っていた聖剣……ヒルドというのですが、それはジン・アミウールが所有していた聖剣であると」


 エマン王は続けた。


「あと、北方での蟻亜人の襲来――先日、父上がお話してくださった北方での問題というやつですが、その時に極大魔法を見たとジャルジーは言っております」


 これは否定するより、認めたほうがいいな――ピレニオ先王は判断した。


「ジンの正体については秘密だぞ。他の誰にも言ってはならん」

「やはり、そうでしたか」


 エマン王はホッとしたような顔になった。


「もちろん、この件は他には漏らしません。彼がジン・アミウールだと知られれば諸侯も動き出すでしょうから」

「うむ」

「しかしさすがは父上。あのジン・アミウールを引き入れ、今回の企みに利用なさるとは」

「利用とは人聞きの悪い。わしと奴は盟友よ」


 これにはベルの本音も混じっている。ピレニオの目が光った。


「よいか? くれぐれも奴を利用しようなどとは考えるな。よき隣人、よき友人としての関係を目指せ」

「しかし、父上。ジン・アミウールの魔術、その力、我らが王国に繁栄をもたらしましょうぞ?」


 国を導く立場である王としては、その考え方はわかるし、正しい。だが、とピレニオ先王は目を細める。


「忘れるな。連合国は奴を利用した結果、大帝国との戦争の勝利を逃し、奴の恩恵に与る機会を逸してしまったのだ」

「……勝利を逃した」


 エマン王は視線を机に落とした。いまヴェリラルド王国の北方には、大帝国の影が迫っている。連合国がジン・アミウールの扱いに失敗しなければ、こうはならなかった、とピレニオ先王は言うのだ。


「前に言ったであろう? アーリィーには優しくしておけと」


 ピレニオ先王は口もとを笑みの形に歪めた。


「利用せずとも、良好な関係は結べるのだ……」



  ・  ・  ・



 アクティス魔法騎士学校。


 マルカス・ヴァリエーレは、授業が終わり教本を閉じると、荷物を整理してさっさと教室を出た。


 友人であるジン・トキトモはいないし、アーリィー王子も同じく不在。最近よく一緒だった面々がいないので寮に戻る……前に、青獅子寮へと向かう。


 先日の武術大会以来、校内外が騒がしい。


 優勝したのがアクティス校の生徒だったせいだ。学校の教官陣は教え子の中に大会優勝者が出たことを喜んで……いるかは正直微妙ではある。


 というのも、その優勝者であるジンは、アーリィー王子殿下の護衛としてやってきた人材であり、授業を受けてはいるものの正式に一から教育した生徒というわけではない。


 そもそも、来たるべき大帝国の侵略に対抗して、独自に軍を作っている人間である。それがどうしてこうなったのか、最近では高等魔法授業を教官代わりに教えているという型破りぶり。……おまけにその授業が人気選択授業なのだから始末が悪い。


 ともあれ、そんなジンが大会優勝者になったことで、生徒たちの話題にならないはずがなかった。その人気も当然ながら勝手に上がって、現在、学校で一番話したい生徒ナンバー1であろう。


 また生徒に限らず、武術大会でのジンの活躍を見かけた貴族や有力者たちが学校にやってきて面談を求めて押しかけていた。


 それらは、ジンが意識を失っていたり、目覚めた後もさっさと出かけたりしたので、学校側が対応に当たっている。学校長は、学校の株を上げてくれたジンのことを喜んでいたが、中々忙しいようでもあった。


 マルカスは、教官陣からジンとの面談の都合をつけるよう言われていた。


 自分のところの生徒だろうに、と思うのだが、ジンは今夜開かれる祝勝会で王城にいるので不在なのだ。


 まあ、学校側がジンに用なのは、おそらく彼が卒業した後の進路についてのお伺いだろうと思う。


 有力者がすでにジンの去就に関心を示しているように、学校側も彼には学校に残ってもらいたいと思っているのだと思う。すでに魔法を教えているから教官のポジションを用意するつもりだろう。


 武術大会優勝者がいるというだけで、学校への入学希望者が増える……まあ、そんなところだろう。


 武勲を立てるというのは、こういうことなんだよなぁ――マルカスはしみじみと思うのだった。

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