第392話、精霊の秘薬


 ガルフがどうなったか問う。おそらく悪魔と契約し、力を得ていただろう少年冒険者。決勝戦で対戦し、その後、悪魔に取って代わられたようだったが。


「あいつは、ここの地下にいるよ」


 ベルさんは答えた。地下というのは、魔法装甲車用に作った地下秘密通路のことだろう。


「フィンとスフェラが見張ってる」


 それを聞いていたクローガが腕を組む。


「あれは、いったい何だったんだろうな……? 悪魔がガルフの身体から現れたように見えた」

「悪魔と契約した時に見られる現象だな」


 そう言ったのは、ギルマスのヴォード氏だった。


「おれは以前、見たことがある。出てきたのは今回のような上位ではなかったが。……なあ、ユナ?」

「あの時も大変でしたが」


 ユナもその場にいたのだろう。小さく頷いたが、すぐに視線をベルさんへと向けた。


「また、現れるのでしょうか?」

「いんや、あれはジンが塵一つ残さず吹き飛ばしたからな、それはない」


 ベッドの上にトコトコと上がる黒猫に一同の視線が集中する。


「見たところ、魂と引き換えに願いを叶えるって類の、まあ悪魔お得意の文句だろうな。願いを叶えたら魂を喰らうという、お約束の『契約』ってやつだ」


 それを聞いて、俺は苦笑する。ぶっちゃけると、俺もベルさんと出会った時に契約していたりする。魂を賭けたりはしていないが。


 ベルさんは首を回した。


「ま、契約も何も、あの悪魔野郎は浄化されちまった以上、もうガルフの小僧を縛るものは何もないわけだけどな」


 それを聞いて、クローガはホッと息をついた。


「ひとまず、これ以上の面倒はないわけだ。それにしても、どういう流れで悪魔と契約なんか……」

「さあね。悪魔と知らずに契約しちまうパターンもあるからな。人間が悩んだり絶望しているところに、悪魔のほうから声をかけてくるやつ。……実際どうだったかは、本人に聞かないとわからんよ」

「本人に、か」


 フィンさんが見張っているって話だったな。俺は魔力念話を試みる。


『フィンさん、ジンだ。ガルフの様子はどうだい?』

『やあ、ジン』


 すぐに魔力念話が返ってきた。


『目が覚めたようだな。だがこちらの様子を聞く前に、まずは君の様子を聞きたいね。調子はどうかね?』


 そうだった。フィンさんにも心配をかけていたに違いない。俺は『元気だよ』と答えておく。挨拶じみたやりとりの後で、ガルフのことを再度問う。


『こちらも彼の意識が戻ったところだ。……だが、ところどころ記憶の混乱が見られる。あまりよくはないな』


 記憶の混乱。悪魔に力をもらうのと引き換えに、魂削っていたようだし、記憶にも影響が出ているのだろう。


『今からそっちへ行くよ』


 俺は念話を切る。ベルさんは、俺とフィンさんの念話を聞いていたのだろう。口を開いた。


「じゃ、今からその本人に会いに行ってみるか?」


 ベッドを下りて立ち上がる俺。ヴォードやクローガ、話を聞いていたマルカスやアンフィら冒険者たちも同意した。



  ・  ・  ・



 一度、青獅子寮を出て地下の秘密通路へと下りる。地下へと続く階段を降っていくのは、珍しいことではないが、青い魔石灯がついた広大なフロアに到達すると、初めて足を踏み入れた者たちは驚きの声を発した。


「うおっ、なんじゃこれは!」


 ドワーフのノークが声をあげ、コンビを組んでいるエルフのガエアもまた、どたどたと目に付いたそれへと駆け出した。マッドハンターの付き人たちがいたのを忘れていた。


 ジン・アミウールの技術を会得したいと思っている職人ふたりがいることをすっかり失念していた。ここにくれば、こうなることはわかっていたのに!


 階段を駆け下り、魔法装甲車デゼルトと、修理する暇がなくて放り出してあったゴーレムたちのもとへ向かうドワーフとエルフ。あとウサギ耳のついたフード付きのローブをまとう小柄な少女――


 アンフィとナギの仲間であるAランク冒険者、ブリーゼだ。以前も魔法車に興味を持っていた彼女。無口系だから、存在感がなかったが、アンフィたちがいたなら当然、彼女もいると思うべきだった。


 ……まあいい、どうせ、装甲車にしろゴーレムにしろ、俺の指示がなければ動かん。今はガルフのことが優先だ。


 俺は、苦笑しているベルさんやヴォード氏らと共に、ガルフがいる部屋へと向かう。他にマルカスとサキリス、クローガ、アンフィとナギが付いてくる。


 部屋の扉を開けると、室内には仮面のネクロマンサー、フィンさんがいて、シェイプシフターのスフェラがいた。


 部屋の中央にあるベッドでは、ガルフが上半身を起こして、俺たちを見た。


 わずか数時間前に会ったばかりというのに、一段と痩せた印象だった。頬はこけ、病人一歩手前に見える。悪魔に身体を乗っ取られたわけだから、ただで済むわけないよな。


 俺がベッドに近づくと、スフェラがシェイプシフターを操り椅子をこしらえた。気がきくね。俺は早速、椅子に腰掛け、ガルフと会話を試みる。


 大会のこと、悪魔のこと、その悪魔と契約のこと。


「あれは悪魔だったのか……」


 ガルフは、感情のこもらないような声で言った。


「願いを叶えるためなら悪魔だっていいと思っていたが……本当に悪魔だったとは」


 知らなかった、と少年は呟いた。いや、何でもよかったんだ、とも。

 クローガが難しい表情を浮かべる。


「悪魔とはいつから?」

「二週間ほど前」


 二週間……。クローガは天井を見上げた。


「つまり、あの時には、すでに契約していたんだな……?」

「どういうことだ、クローガ?」


 ヴォード氏が口を挟んだ。クローガは向き直る。


「ガルフに相談されてたんです。おふくろさんの病気を治すためにエルフの……精霊の秘薬を手に入れる方法はないかって」


 病気の母親? 精霊の秘薬? 新情報に俺や、聞いていたアンフィたちが目を丸くする。


「すると、大会に参加したのは――」

「優勝すれば、王にひとつだけ願い出ることができる。王族なら希少な秘薬を持っているかもしれないと聞いて」


 あぁ、そういうことか、とクローガとヴォード氏が俯いた。合点がいったようだった。


 アンフィが、隣に立つナギの横腹を軽く小突く。


「エンシェントドラゴンの時、あんた、エルフの薬で回復したわよね?」

「ええ、あの時は助からないと思いました」


 黒髪の和風美人は事務的に答えると、俺を見た。


「あの時、ジンさんのおかげで、私は九死に一生を得た……」

「ねえ、あんた、秘薬まだ持ってるんじゃない?」


 ナギだけでなく、アンフィも俺へと視線を向ける。サキリスやマルカスも。ベルさんが俺を見上げた。


「なあ、おい? ……ジン?」

「…………」


 俺は視線を彷徨わせた後、ストレージに手を突っ込む。薬――エルフからもらった精霊の秘薬……秘薬――


「あった」


 小瓶に入っているのは青い液体。以前エルフの里でもらった秘薬である。


 その時の周囲の表情は、驚きというより半ば呆れに近かった。

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