第391話、その後の話


 目が覚めた時、見慣れた天井があった。


 青獅子寮の俺の部屋だ。ベッドに横になっていた俺は、まばたきを繰り返す。


 ……はて? 


 さっぱりわからない。えっと、寝る前、俺は何をしていたんだっけかな……?


「ジン!」


 アーリィーの声。見ればベッドのすぐそばに彼女がいて、そのまま抱きつかれた。お、おう……。


「よかった! 意識が戻ったんだね!」


 目に涙を溢れさせながら、王子の姿をした女の子が俺の身体をぎゅっと抱きしめてくる。あー、よしよし、とりあえず落ち着こう。何で、彼女が俺にこんな情熱的なハグで起きたのを迎えてくれたんだ……?


 そうそう、武術大会だ。俺は決勝を戦い、意地の悪い魔法でガルフを降した後、彼に取り憑いていた悪魔と戦い――


 だんだん頭の中が冴えてきた。


 そうだ、バニシング・レイを聖剣経由で使って悪魔を吹き飛ばしたんだった。そのまま俺は意識を失い、今に至るというわけだな。……あれからどれくらい経ったんだろう?


「ジン……?」


 俺が黙っているのでアーリィーは不安そうな顔になって俺を見つめた。俺は微笑んで、彼女の金色の髪を撫でた。


「あぁ、大丈夫。まだ生きているよ。心配してくれてありがとう」

「当たり前だよ!」


 がばっ、とまたも抱きつかれた。俺の胸でアーリィーは泣き出す。


「ほんとに……本当に心配したんだからね! 君が悪魔と戦って、倒したけど、倒れちゃって……ボク、本当に――」


 うん、と俺は彼女の背中を優しく抱いてやる。彼女が落ち着いてきたところで、俺は先ほどから沈黙を守っている黒猫を見た。


「よう、ベルさん」

「やっと気づいてくれて嬉しいよ」


 黒猫さんはそう皮肉った。部屋にはアーリィーとベルさんしかいない。


「お前さんが暢気にお昼寝している間の話をしてやろうか?」

「ぜひ頼む」


 決勝戦や悪魔との戦いの他にも、色々あったから、いったん整理したい。



  ・  ・  ・



 というわけで、ベルさんから聞いた話。


 まず、武術大会は、最後に悪魔の乱入という騒動はあったものの、大会自体はジン・トキトモ――つまり俺の優勝で決着となった。


 ベルさん曰く、あの場で悪魔が乱入しなかったら、決勝戦はブーイングだったんじゃなかろうか、だそうだ。


 戦いらしい戦いじゃなかったからな。……卑怯と言ってくれてもいいよ。ガルフの黒オーラ形態をまともに喰らったらやられたのはこっちだったし。ルール上、俺は何ひとつ違反をしていないからね。


 祝勝会は後日、王城にてやるらしい。今日は闘技場での混乱の収拾や被害確認などで、それどころではないということだろう。


 祝勝会が明日か明後日になるかは、俺の目覚め待ちで判断することになっていたという。優勝した俺が参加しないのでは祝勝会の意味が半減しちまうんだってさ。……まあ、それにかこつけて、アーリィーの性別問題を解決する芝居をやるつもりだったから、俺が不在だと余計にまずいということだ。


 あと、王暗殺を企み、捕縛された連中の取調べは現在進行中だった。


 えーと、王室観覧席に爆発物を持ち込んだ奴に、イルネスっていうジャルジーの部下に変装した奴、それと催眠魔法を得意とする帝国の魔術師リンネガード。どいつがプロウラーで、レネゲイトなのかは知らないが、そのあたりも徹底的に調査されるという話だ。


 ちなみに、王室観覧席を狙撃しようとしたエルフの魔法弓使いヴィスタは、催眠魔法の犠牲者だと判明。実際に弓を撃つ前だったことが幸いし、お咎めはなしとのことだった。操られていたとはいえ、一発でも撃っていたら大変なことになっていた……。


 彼女は脚をリアナに撃たれたが、治癒魔法で回復する程度の傷だったという。ヴィスタが後でお礼が言いたい、と言っていたことをベルさんから聞かされた。


「いいってことよ、って答えておいた」

「なんで、ベルさんが答えたし!?」


 怪我人と言えば、橿原かしはらも快方に向かっているそうだ。ヨウ君とリーレがついているので、まあこれ以上面倒なことにはならないだろう。


 話をしている最中、メイドのクロハが部屋を訪れた。俺が意識を取り戻したことを知ると、挨拶もそこそこに「皆さんに知らせてきます!」と頭を下げてから退室した。


「皆さん?」


 俺が首をかしげれば、アーリィーは席を立った。


「うん、皆さん、だよ」

「一階フロアにな、お前さんに一言言いたい連中がお目覚めを待ってるのさ」


 ベルさんがそ知らぬ顔で言えば、ドタドタと廊下のほうから足音が。……おいおい、何人いるんだよ?


「ご主人様!」

「お師匠!」


 先頭切ったのはサキリスとユナだった。俺の返事も待たず部屋に入れば、後ろから続々と人が部屋に押し寄せてくる。


 ヴォード氏にマルカスに、エルフの弓使いのヴィスタ――あれ、ナギやアンフィ、クローガまでいるぞ? 傭兵マッドハンターに付いているエルフのガエア、ドワーフのノークも! 何なのお前たちまで。


 アーリィーが遠慮して席を外せば、駆けつけた面々はベッドまで駆け寄り、大騒ぎだった。やんや、やんや。……お前ら病室では静かに――って、別にここ病室じゃないか。


 意識を取り戻してよかったと、口々にいわれ、続いて優勝おめでとう、あの悪魔を倒した技はどういうもの、とか、聖剣持ちって本当? などなど、矢継ぎ早に質問された。


 あー、うん、順番にね。


「大会優勝おめでとう。またお前の武勇伝がひとつ増えたな」


 と、ヴォード氏。どうも、と俺は頷く。


「あなたはお怪我は?」

「うむ、一発いいのをもらったが、治癒魔法のおかげで問題ない」


 ぽん、と胸を叩いたヴォードだったが、わずかに顔をしかめた。冒険者である金髪女剣士のアンフィが呆れ顔になる。


「ギルド長、治癒魔法も他の怪我人優先とか言ってまわすのはいいですけど、完治していないんだから無理しないでくださいよ」

「この程度、どうってことない」


 ヴォード氏は俺を見た。


「お前には驚かされてばかりだが、聖剣を持っていたなんて聞いていないぞ」

「そうだぞ」


 マルカスやクロード、アンフィらが口を揃えた。よく見せろよ、って話になり、仕方ないので聖剣ヒルドを見せてやった。


「これはどこで手に入れたんだ?」

「エルフの里の近くで」


 ジン・アミウール時代の話なので、あまり言えないんだけど。そのあたりは、その場にいなくともある程度通じているヴィスタなどは、静かに頷いていた。そのヴィスタが、俺のそばに立った。


「改めて、礼を言わせてくれ、ジン。ありがとう、おかげで私は知らぬところで面倒を被ることもなかった」

「……脚のほうはいいのかい?」

「ああ、脚でよかったよ。治癒で治ったし」

「そうか」

「ありがとう、ジン」


 そう言うと、エルフの女魔法弓使いは、目礼した。


 何はともあれ、大会も終わって一件落着……じゃないんだよなぁ、まだ。


 だから俺は聞いてみた。


「それで、ガルフは?」

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