第390話、光、昇って


 悪魔が目を潰されるということは、一時的なものだ。聖剣や聖なる属性の攻撃以外の傷は再生されてしまうというのが、上位悪魔戦におけるよくある話である。


 いま決闘場で暴れているこの名もなき上位悪魔もまた、目を銃弾によって潰されたが、じきに回復するだろう。俺がやろうとしていることに気づけば、全力で迎撃してくるはずだ。だから素早くケリをつけよう。


「必殺技という表現は好きではないが、聖剣を触媒に光の極大魔法を使う」


 いつもは使い捨てのルプトゥラの杖とか、あるいはDCロッドでやっているが、あくまで魔力をブーストさせる手段であるから、別になくても使える。威力や効果がその分落ちてしまうのは仕方ない。


 だが今回、聖剣を通さねば悪魔にまともにダメージを与えられないとなれば、触媒はその聖剣を選ぶのがベストと言える。威力はあればあるほど望ましいが、極大魔法はもともと威力が高すぎる。逆に言えば、これで倒せなければお手上げだ。


「しかし、お師匠。ここで極大魔法を使うのは、周りへの被害が……」


 ユナが危惧する。当然だ。下手すれば闘技場をぶちぬいて王都内に魔法が影響する恐れがある。


「そこでだ、奴に肉薄して、その足元から上に向かって撃つ!」


 悪魔の懐に飛び込んで、空に向かって撃つなら周囲の被害は無視できる。だが――


「ご主人様、あの悪魔に近づくのは危険ですわ!」


 サキリスが不安げに眉をひそめる。視力を失い、やたら滅多に暴れている悪魔。それに近づくのはかなり難しくなっていた。


 くっ、とユナが防御魔法を張りなおす。飛来した暗黒球体を防いだのもつかの間、防御効果が消滅してしまったのだ。


「……見てのとおり、悪魔の魔法の威力は高い。魔法障壁を展開しても、二、三発耐えられれば御の字だ。ということで、ユナ。俺はこれから奴に接近するから防御魔法をかけてくれ。多重に」

「お師匠は防御魔法を使わないのですか?」

「極大魔法に残りの魔力を集中する」


 それでなくても決勝戦からこっち、回復する間もなく魔力を消費している。あんまり余裕ないのよな。こういう時、ルプトゥラの杖なら使い捨てだから楽なんだけどな。


「で、サキリス、悪いんだけど、俺を押してくれる?」

「はい?」


 意味が分からなかったのか、サキリスがきょとんとする。


「押す、ですか? わたくしが?」

「そうだ。奴の足元でチャージして撃つのは、どう考えてもその前に防御魔法が破られる。極大魔法のチャージは移動や回避しながらではどうしても集中力に欠く。しくじればチャージが充分に終わらないまま奴の足元についてしまうかもしれない。一撃に賭ける以上、失敗はできない」

「わかりました。……お任せください!」


 一度、息をついたサキリスだったが、次の瞬間力強く言った。


「お仕えするにあたって力仕事もあろうかと、パワーアップの魔法も習得しております。ご主人様ひとりくらい、わたくしで運んでさしあげますわ!」

「俺はお荷物か?」


 そいつは頼もしい。苦笑する俺である。パワーアップをかけてやろうと思ったが、サキリスが使えるなら任せる。俺は相変わらず魔法を乱れ撃つ悪魔を睨む。……というか、まだ目を回復できないのか。ベルさんの言う通り、本当に悪魔としては大したことがないかもしれない。……それでこれ程とは思いやられるんだが。


「ユナ、防御魔法。切れそうになる前に次の魔法をかけてくれ」

「はい!」

「サキリス、俺の後ろにいろ。やばかったら退避してよし」

「お供いたしますわ!」


 俺がエアブーツでの浮遊で、地面より数センチの高さに浮かび上がる。行くぞ!


 前へ。ひと加速。聖剣に極大魔法を放つために魔力を集中……。


 暗黒球体が飛んでくる。ユナの張った防御魔法がバチリと敵の魔力を弾く。眼前で拡散する黒い電流に、俺は汗が止まらない。人の使う防御魔法ってのは……。


 二発、三発――防御魔法が弱まり、消える寸前、再び光がよぎり、再度の展開を確認する。……頼むぜ、ユナ。一発でも通したらやられる。


 そういえば、支給された守りのペンダント、効果時間の5分をとっくに過ぎていて力を失っている。新しいものもらっている暇があったら、もっと余裕もてたのにな!


 サキリスが俺の背中を押す。ホワイトオリハルコン装備一式に軽量化の魔法をかけてはあるが、俺の体重込みで、全力で、それも高速で押すのは、普通なら無理である。


 とはいえ、俺は地面から浮いているので抵抗は最小限、さらに魔法によるパワーアップがあれば、女の子の腕力でも充分である。


 悪魔の容赦ない魔法が吹き荒れる。刃と化した風や暗黒球体、それらを防御魔法で凌ぎながらの突撃。


 俺の突撃を見て何をやるか察したか、ベルさんが悪魔の後ろからチクチクと攻撃する。リアナもまた銃撃を繰り返しているのか、地味に悪魔が頭を何度か庇う仕草をとっていた。


 ナイスアシストだ。だが悪魔は自身を守る仕草をとりながらも、周囲にばら撒く魔法はより激しくなっていた。防御魔法が消えては張り直しになるほど目まぐるしい。まるで竜巻の中に突っ込むような気分だ。


 こええな。くそ、こえぇよまったく!


 だが、ここで引くわけにはいかない。アーリィーや、サキリス、ユナ、ここにいる仲間たち、多くの人たちのためにもな!


「サキリス、押し出せ!」

「はいっ!!」


 俺を押してきたメイド戦士が、最後に強く俺を押した。思いっきり。力の限り。


 まるで大砲の弾になったかのような勢いで、俺の身体が悪魔へ飛んだ。さすが魔法騎士学校でもトップだった秀才! 土壇場での度胸、そして適切な魔法、最高だ!


 もやは敵は目の前だ。筋肉たっぷりのマッシブな体格の悪魔。このまま剣で突き刺してやりたい衝動にかられる。


 その時、防御魔法が悪魔の連続魔法に耐え切れずに割れた。まったくの無防備。ユナが再度魔法を張ろうとするが、すでに目と鼻の先。目の前で電撃が弾けたが、俺は足からのスライディングでかろうじて回避!


 もっとも避けたのはたまたまだ。元から悪魔の股下へ潜り込むために滑り込もうと思っていた矢先だっただけである。


 俺は奴の真下に潜り込んだ。喰らいやがれぇぇっ!!!


 聖剣ヒルドが青白く輝く。まばゆいばかりの光を溜め込んだ聖剣は、次の瞬間、溢れんばかりの光の大河となって天へと昇った。


 悪魔は光の飲み込まれ、その絶叫もたちまちかき消えた。光の柱が天へと消えた時、悪魔の姿はどこにもなかった。


 塵も残らず蒸発してしまったのだろう。……まったく、ほとほど魔力を使い果たしたぞ。


 俺は体中に広がる疲労に、そのまま地面に横たわる。魔力を使いすぎたことによる気持ち悪さは、さほど感じなかった。代わりに、猛烈な眠気、脱力感に満たされる。……このまま寝たい。起きるのも億劫……というか無理だ。


 もう、いいよな……このまま眠ってもさ――

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