第388話、激闘、名もなき悪魔


 悪魔が、俺とベルさんめがけて、暗黒球体を放った。


 要するに闇系の投射魔法なのだが、俺とベルさんは左右に分かれて避ける。はずれた球体は決闘場の床を砕いた。破片が派手に飛び散る。その破壊力、喰らったらひとたまりもない。


 腕を振り上げた悪魔の一撃が、ベルさんを襲う。だがそれもひらりと回避する暗黒騎士。振り下ろされた悪魔の腕がまたも床を砕き、十数メートルに渡って亀裂を走らせた。


 ベルさんがデスブリンガーを、悪魔の右肩に叩き込む。刺さり、抉るその一撃も、思ったより浅い。悪魔が腕を振るい、ベルさんは後退。巻き上げられた床の破片が散弾となってベルさんを襲うが、その程度でどうこうなる身体でもない。


 重力操作!


 俺は、悪魔を中心に重力を増幅し、その動きを抑えに掛かる。ついでにサンダーバインド!


 だが――


『小賢しい!』


 悪魔の周りに青白い輪がよぎったかと思うと、俺のかけていた魔法が解除された。掲げるように上げた左手から黒い稲妻が走り、周囲に放出される。不規則な電撃が線を描き、かわしきれなかったそれが、俺のオリハルコンの盾に当たった。


 強い衝撃。ダメージはないが、これが並の盾だったら、おそらく感電プラス盾粉砕で致命傷だったかもしれない。悪魔ってのは馬鹿にならないものだ!


「ベルさん!」


 悪魔の背後から、暗黒騎士が上段からの一太刀を見舞う。確実に肉を切り裂く一撃……なのだが。


『貴様、先ほどから何だ……?』


 悪魔が不思議そうな声を上げる。対してベルさんは笑う。


「それがわからないってんなら、お前の目は節穴だっつーことだ」


 なぎ払われる悪魔の腕を飛び退いて躱すベルさん。俺はエアブーツで高速移動しながら思わず言った。


「ベルさん、手を抜いているのか? 相手は三下なんだろう?」

「お前さんと同じで、ここで本当の姿を見せられないのさ!」


 回避しながら、余裕の調子で返すベルさん。


「悪いな、この姿だと本来の力以下なんだよ」

「いままでずっと舐めプだったのかよ!」


 それでも鬼ツヨだったけどな。さすが魔王さまだ。


 だが周囲にも配慮しないといけないのは道理。とくにエマン王らに見られているのなら、ベルさんが本当の姿を現すわけにもいかない。……まあ、俺も英雄時代を隠すという意味では、ベルさんのことをとやかく言えないけどな。


 俺は口もとを歪める。


「こっちは結構ギリなんだけどな……!」


 喰らえ、お喋りしている間に溜めた特大のサンダーボルトォ!


 聖剣の魔力もプラスして強化した最強稲妻だ! 大空洞ダンジョンで使った雷竜の咆哮と錯覚させたそれは直撃すれば、王室観覧席を守っている防御魔法すら貫通して余裕で吹き飛ばす!


 大気を切り裂き、鼓膜を刺激する雷が、悪魔に炸裂した。初めて悪魔の身体が揺らいだ。衝撃によろめく。胸板は焼け焦げ、その毛並も焼かれた。……だが、そこまでだった。


 目を瞬かせた悪魔は、明らかに俺へ威嚇の咆哮を上げた。


 ぎゅっと心臓が縮むような圧力。悪魔の咆哮ってのは半端ないな。


 それじゃ、もう完全に聖剣だのみだ。俺は、手にしている聖剣ヒルドを一瞥する。


 英雄時代に、エルフの里近くに落ちた天使――戦乙女から託された剣だ。……あの時も戦った相手は悪魔だったな。あれ以来、使っていなかったわけだが。


 剣に光が溢れる。


「喰らえ!」


 ヒルドを振るう。剣先から白銀の光弾が迸り、悪魔の肩を撃ち抜く。くぐもった悲鳴を上げる悪魔。特大サンダーボルドより効いているみたいで、ちょっと複雑だ。



  ・  ・  ・



 ジンとベルさんが、悪魔と戦っている。


 アーリィーは王室観覧席にいた。悪魔の咆哮によって身体が動けなくなり、戦いを見守ることしかできなかった。


 だが、ふいに身体に血が巡ってきたような感覚があって、少し動けるようになった。恐怖による硬直が解けてきたのかもしれない。


「ジン!」


 思わず声が出た。姿形なら、似たような怖いものだって見てきた。だがあの悪魔から漂う底知れない力はなんだろう? 見ているだけなのに背筋が凍るような感覚。あんなものと戦うなんて正気の沙汰じゃない。


 だけどジンとベルさんは戦っている。観覧席のテーブルに手をつき、アーリィーは唇を噛み締める。逃げて、と叫びたい。だが同時に頑張ってと叫びたくもなる。


「……馬鹿な、あれは――」


 隣で、ジャルジーが声を震わせた。彼は呆然とした顔で目を見開いている。


「聖剣だと……!? 何故、ジンが持っている?」

「聖剣?」


 アーリィーは問う。ジャルジーはジンから視線を外さずに言った。


「ああ、あれは天使族の聖剣だ。聖騎士のルインが持っているだろう? 聖剣アルヴィト……あれと同種のものに間違いない!」


 そういえば、ジャルジーは希少な武器の収集家の一面があって、古今の名剣に詳しい。アーリィーはそれを思い出した後、再び視線を戻した。


 戦いに新たな動きがあった。悪魔によって動きを止められていた者たちが、ちらほら動き始めたのだ。



  ・  ・  ・



「お師匠、加勢します!」


 ユナが放った無数のファイアボールが、悪魔へと殺到した。それらはしかし悪魔の張った防御魔法陣によってすべて弾かれてしまう。


 だが、奴の注意を引くには充分だ。


「ベルさん!」

「おうよ!」


 俺が正面、ベルさんが悪魔の左後方から急接近、それぞれ剣を叩き込んだ。ヒット&アウェイ。斬りつけた時に悪魔の身体から黒い血しぶきのようなものが散ったが、すぐに消える。苦悶の声を発する悪魔。俺を狙っただろう、爪のぶん回しも虚しく空を切る。……危ねえな、喰らったらヤバイヤバイ!


 ひび割れた決闘場の端で俺はターン。悪魔の追撃は――ユナとサキリスが別方向から魔法を放つことで、俺への攻撃はなかった。


 さらにそこへヴォードや、王国の騎士たちが決闘場へと駆けつけてくる。


『ちぃ、邪魔をするなぁっ!!』


 悪魔が咆えて、豪腕を振るう。風が巻き起こり、騎士や兵士たちを小石のように巻き上げ、吹き飛ばした。悪魔ってのは、人間をあんな簡単に飛ばしちまうんだ……!


 ヴォードはとっさに得物であるドラゴンブレイカーを床に刺す事で衝撃に耐えた。だが悪魔は容赦がない。暗黒球体を撃ち込んだのだ。


「くそっ!」


 かわしようがなかった。だがその時、漆黒のマントが舞った。

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