第387話、悪魔降臨
異形が振り上げた腕から、漆黒の電流が迸る。
すると空が急激にどす黒く曇りに変わり、無数の稲妻となって闘技場に落ちた。待機所、客席、闘技場外壁などに落ちた雷により石の壁が床が砕けた。
悲鳴が木霊し、観客たちは慌てて逃げ出す。混乱が会場内を満たし、悲鳴や怒号が連鎖する。
おいおい、何してくれちゃってんだこの野郎!
俺はメイスの先に魔力を集中。ライトニングを放つ。
異形の胸板に炸裂する電撃弾。だが、その表面をわずかに焦がしただけで終わり、ガルフだった異形は小首をかしげた。
『ぬるい……ぬるいぞ、人間!』
るせぇ、てめえの注意を引いたんだから、いいんだよ!
突然現れて会場を無茶苦茶にしたこの野郎にお怒り中。アーリィーたちがいる王室観覧席に雷を落としてたら、こんなものじゃすまなかったぞこの野郎!
「お師匠!」
後ろからユナの声。ちらと目を向ければ、銀髪の女魔術師に、冒険者ギルドのマスターであるヴォード氏らが駆けつけてくるのが見えた。
「加勢するぞ!」
「ご主人様!」
控えていたサキリスもメイド服を戦闘形態に変化させ、槍を手に決闘場に上がる。
『いつぞやのように、我輩を滅せようとするか、人間ども!』
異形は咆えた。
『いいだろう、掛かって来い。ただし……我輩の前に立つことができるのならなぁっ!!』
・ ・ ・
王室観覧席で、エマン王は思わず呟いた。
「あれは、いったい何なのだ!?」
「悪魔だろう」
そう答えたのは黒猫――ベルである。彼を父ピレニオだと思っているエマン王は目を剥いた。
「悪魔ですと!?」
「ああ、人の強い怒りや無念に引き寄せられて出てくることもある」
あるいは、人と契約した場合とかもな――ベルは、心の中で呟く。
近衛騎士が観覧席まで駆け寄る。
「陛下、ここは危険です! 退避を!」
「うむ、いや待て」
一度頷きかけたエマン王は、首を振った。
「王都騎士団に命令を伝えよ。闘技場にいる民の避難を誘導。それとルインがおるはずだ。奴にあの悪魔の討伐させよ!」
「ハッ……伝令! 陛下のご命令をただちに実行せよ! ……陛下、お早く」
部下に伝令を任せつつ、近衛隊長は王族の避難を促す。エマン王は視線を巡らす。アーリィーとジャルジーは、決闘場を見たままだ。
「お前たち、早く避難せんか!」
怒号を発するエマン王。ジャルジーが振り向く。
「親父殿! 黒猫、いや、お爺様が……!」
「何!?」
父上ピレニオがどうしたのか――嫌な予感がする。視界に、かの黒猫の姿はなかったのだ。
「戦場に立たれたのか!?」
観覧席から下を見渡せば、そこには黒猫ではなく、漆黒の甲冑をまとった重騎士の姿があった。
その時、決闘場で何かが起きた。
何か、というか思わずそちらに視線が行った。例の悪魔が、三度咆えたのだ。だがその声は聞く者の心臓を鷲づかみにするような強烈な圧迫感を与えた。
息が詰まり、身体が硬直する。
まさか、直接対峙したわけではないのに――エマン王は、いや、アーリィーもジャルジーも、近衛たちも金縛りにあったように動けなくなった。
心の底から湧き出るは『恐怖』。天敵に睨まれ、動くことすらできない恐怖が、会場にいた人間の動きを封じたのだった。
・ ・ ・
その咆哮は、潜在的な怖れを呼び覚まし、身体を硬直させた。
かのドラゴンスレイヤーのヴォードも、天才魔術師と言われたユナでさえも、こみ上げてくる吐き気のような恐怖に抗えず、膝をついた。
これが本物の悪魔だ。
上位種と人間たちから言われるグレーターデーモンでさえ、悪魔の中では低能の下級悪魔に過ぎない。
真の上位悪魔とは、神の眷属たる天使にも匹敵する強大な力を持っているのだ。
身体の震えが止まらない。そんな中、悠々と迫る悪魔。何も出来ずに殺されていく恐怖、屈辱。その表情を見ながら殺すのが悪魔にとっての至高……なのだが。
『……何故、動ける?』
悪魔は顔をしかめた。
視界の中には、白い魔法金属甲冑をまとった騎士が、平然と立っていた。盾にメイスを持ち、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「さあ、何故だろうな?」
騎士は淡々と答えるのだった。
・ ・ ・
――まあ、理由を言えば、オレ様と契約しているからじゃね?
ベルさんの念話が俺に届く。
悪魔にして魔王たるベルさんと契約している俺は、他の悪魔の『恐怖』に耐性があるということなのだろう。
そのベルさんは、いつもの暗黒騎士姿で決闘場に上がると、俺と合流した。
「それで、こいつはあんたのお仲間かい?」
「さあな。こんな三下しらね」
ベルさんは首を横に振った。……魔王様から見たら、この悪魔は三下らしい。
「名前も知らない?」
「知らん」
さいですか。俺は右手のメイスを見やる。
「これ、あいつに効くかね?」
「まあ、色々試してみればいいんじゃね? まあ、たぶんあんま効果ないだろうな」
相手が悪魔、特に上位ともなると、ただの武器では刃物であっても傷がつかないなんてことが多々ある。そんな物理耐性があるからこそ、悪魔は手強いのだが。
「何なら聖剣でも出したらどうだ? 一本くらい持ってたろ?」
「……」
魔剣に自作の対竜武器……。色々持ってるけどさ。聖剣……そういえば英雄時代に託されたんだったな。一回しか使わなかったから、言われるまで忘れてたけど。
だが、出し惜しみしている場合じゃないな。特に『悪魔』が相手だと。
ストレージにアクセス。出でよ、聖剣ヒルド!
俺の手に銀の柄を持つブロードソードが握られる。青みを帯びた魔法金属の剣に光が宿り、白銀に輝く。
「まったく、今日は厄日だな」
俺とベルさんは、名も知らぬ悪魔に挑みかかった。
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