第386話、決勝戦
武術大会の決勝戦。否が応でも観客たちの熱気が高まっていく。
円形闘技場の中央の決闘場に、俺とガルフが立つ。
俺はホワイトオリハルコンの盾の裏から、携帯していたマルチメイスを取り出す。ガルフの行動を予測し、倒すための計画、そのための武器である。
それはそれとして、この三十分の間に、さらに顔色悪くなっていないか、ガルフよ。
年齢は17、8歳の少年だ。俺も見た目は近くを装っているが、中身は30。ちょっと対戦相手の様子が気になる。本当は同情すべきではないし、勝負に集中するところなんだが。
「決勝でのルール確認です」
審判員が最後の確認を口頭で行う。
「制限時間は5分。それまでに相手のペンダントを赤点滅まで追い込めば勝利です。決勝戦に限り、判定ルールはありません。5分過ぎた場合は新しい守りのペンダントを支給し、仕切り直しです」
よろしいか、と審判員が、俺とガルフを交互に見る。そういうルールなら、俺から言うことはないよ。ガルフは無言で頷いた。
「場外でも減点はありませんが、観客席などに入った場合は逃亡と見なし、その時点で失格となります。あくまでこの決闘場で戦ってください」
俺たちの同意を確認した後、審判員が二歩下がった。
「それでは、決勝戦! ジン・トキトモ、ガルフの試合を始めたいと思います」
ガルフが剣を抜き、俺も身構える。審判員は、すっと息を吸い込んだ。
「始めッ!」
合図と同時に、俺は後方へ飛び退いた。
予想どおり、ガルフは全身に黒いオーラをまとった。そして肉食の獣さながら、獲物めがけて砲弾の如き勢いで突っ込んできた。
範囲指定、サンダーバインド、狂!
俺の周囲三メートル圏内対象に、電撃を走らせる。飛び込んできたガルフが足元から駆け登る電撃――弱・中・強のさらに上の段階、狂の威力に全身を痺れさせた。拘束系魔法と言いながら、その威力は下手な攻撃魔法にも劣らない。守りのペンダントが青色から一気に黄色に変化する。
ここまで隠してよかったバインド魔法。範囲指定したのは通常のバインドでは多分捉えられなかったから。無駄になった魔力もあるが、まったく予想外だっただろうガルフは、その場で動きが止まる。
俺はウェイトアップで、ガルフの装備重量を数倍に引き上げた上で、彼の周囲対象に重力操作魔法を行使。地面へと引っ張り、さらにその動きを封じに掛かる。
ガルフが地面に膝をつき、その場にうずくまっている。起き上がろうとしているのだが、重量増加と磁石にくっつく鉄のように地面に引き寄せられ、動けずにいるのだ。
パッと見に地味で小ズルいだろう? とても武術のトップを決める決勝戦とは思えない戦い方だ。だがな、俺も負けるわけにはいかんのよ。なりふり構わずさせたのは、お前さんを脅威だと思ったからだぜ?
攻撃されたら、その時点でこっちが詰み。なら攻撃させないようにするしかないってことだ。
俺は、ガルフへと歩み寄る。右手のマルチメイス。その先端部に魔力を集中する。チャージインパクト。……一撃で終わらせてやる!
動けずにいるガルフ。その頭に、俺はメイスを振り上げ、渾身の一撃を叩き込んだ。
守りのペンダントがなければ、おそらく死んでいるだろう致命的な一打がヒットした。ガルフはその場に倒れこむ。
俺は重力操作の魔法を解除する。倒したとは思うが、ペンダントがガルフの身体と地面に挟まれている格好なので、まだ勝敗はわからない。
距離をとり、様子を観察。試合継続なら、また仕掛けなければならないが……。
動かないガルフ。このまま終わってしまえば、あまりにあっけない幕切れである。
観客たちがざわめき、ガルフへの『立て!』という声援が飛ぶ。
審判が駆け寄る。ガルフの身体に触れ、半身を持ち上げようとするが、俺の使ったウェイトアップで少々難儀していた。がようやくガルフの身体を仰向けにした時、彼の胸のペンダントが赤点滅を繰り返しているのを確認した。
「勝者、ジン・トキトモ!」
闘技場全体がどよめいた。手放しての称賛、というより、何とも微妙な試合に見えたのだろう。いささか戸惑いが混じっている。
派手な鍔ぜりも衝突もなかった。傍目には、ガルフが飛び掛る最中、突然地面に四つんばいになり、そのまま倒されたように映った。これまでの試合で身体のどこかを痛めたのか、そのようにも見えたことだろう。バインド系も重量と重力操作の魔法は、どれもほとんど見えないからな……。
・ ・ ・
負けた……?
力を使ったのに、手も足もでなかった?
何でだ?
わからない。
勝者の名前がオレじゃない。優勝して、王様にエルフの秘薬をもらわないと、母さんを……助けられないじゃないか!
ああ、身体が重い。起き上がれない。力が、入らない。
このまま終わるのか。オレが帰らないと、母さんが死んじまう……。ごめんよ、母さん。オレ……オレ――
『あぁ……まったく不甲斐ない。我輩と契約して、力を授けてやったのに、その力を使いこなせないとは……。まったく、本当に仕方のない小僧だ』
……あんたか。
『どれ、我輩が代わってやろう。貴様の無念を我輩が晴らしてくれようぞ!』
・ ・ ・
一度は消えかけたガルフの黒いオーラが再度吹き上がった。
その毒々しいまでのオーラは、とめどなく溢れ出し、審判員もとっさに決闘場から逃げ出す。
何だこれ? 俺は目を疑った。
試合は決着がついたはずだ。だがガルフの身体から出てくるこのオーラは……。寒気を感じさせる暗く、重い気配。憎悪、無念、その他もろもろ負の感情。長時間触れていると気分が悪くなる類い。
尋常ではない。その変化に決闘場だけでなく、観客席の人々も異常なその光景に動揺する。
ゆらり、とガルフが立ち上がる。いや、ガルフだったもの、という言い方が正しいか。オーラをまといつつも、人間としてのシルエットを保っていたそれは、いまや人の形をした影絵。もはや人間というより魔物や悪鬼だった。
GAAAAAAAA!
咆哮。それはまさしく獣。影のようなオーラにまとったガルフの身体が盛り上がり、変化していく。たくましく発達した肉体は、全身を黒い体毛が覆う。頭には禍々しい二本の角、さらに尻尾が生えた姿は『悪魔』そのものと言った姿だ。
……おいおい、何だってんだこいつはよ。
俺は首を捻る。何故、ガルフが悪魔のような姿になっちまったんだ? これはどうにかしないといけない流れなのか? あまりの展開に俺はついていけない。
『ああ、いいな。久々の受肉、まさに生きているという実感が湧くのは!』
ガルフ――いやガルフだったものが、言葉を発した。エコーがかった不気味な声。
『さあ、人間ども。恐れおののくがよい! 復活した我輩の闇の力を存分に喰らうがよい!』
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