第383話、剣豪ヒエン


 ヒエン・リクカイ。五十代、男性。


 東方にある島国出身という剣士。灰色がかった長い髪には、白髪が混じっている。その服装もどこか和装を思わせる。武器は刀。


「瞬きの間に斬られる、と言う奴もいる」


 待機場と観客席の間の壁、その手すりに肘を置いて、冒険者ギルドのマスターであるヴォードは言った。


「魔法ではないか、と言う話もある。ヒエンが刀を振るうと、見えない刃が相手を切り裂く。実際、武術大会で彼に当たった奴の大半が、間合いに飛び込む間もなく、開始早々の一撃で倒されている」


 壁にもたれながら、俺はヴォード氏から剣豪ヒエンの話を聞く。ちなみに、彼の隣にはユナがいるが、副ギルド長のラスィアはいない。ダークエルフの美女は冒険者ギルドのほうへちょっと戻ったという。


 ギルド長は仕事しないのか、という問いに対しては、武術大会を観戦するのも、その仕事のうちだと言う。参加した冒険者の評価検討や実力の視察、スカウトなどなど。


 それはさておき、俺は考える。見えない刃、魔法……そこから導き出されるヒエンの技は――


「かまいたち」

「うん?」

「妖怪とも、真空が作り出す現象とも言われていますが、まあ風に関係した技でしょうね」


 実際に人を殺すような一撃ともなると、現実世界のかまいたちとは別モノだが。魔法がある世界だ。おそらく魔力を増幅することで魔法に近い特性をもって発揮されていると思う。


 ユナが口を開いた。


「エアブラストの強化版。より切り裂くことに特化した風魔法」

「なるほど……」


 ヴォード氏は顎に手をあて、決闘場方向――その先にいる剣豪を見やる。


「何にせよ、程度の低い防御魔法だと貫通してくる。守りのペンダントとて、一発喰らえば、ほぼ一撃で赤ラインだ」

「優勝候補と言われるだけのことはありそうですね」


 俺は腕を組む。タネはわかっても、簡単には破れないということだろう。


「ヒエンは、何度か大会に出ているんですよね? 優勝経験は?」

「ない。だから今度こそは、と意気込んでいるのだろう」

「かまいたちを扱いながら勝てない相手がいるんですか……」

「相性があるようだからな。これまではルイン――お前が倒した聖騎士によく阻まれていた」


 俺が対戦して勝った聖騎士殿の名前が出てきて、思わず苦笑する。


「ガチガチに固めた上に、腕のいい相手には苦戦している印象だ。ルインの場合は、彼が持っている盾が完全に防いでいたからな。並みの盾では普通に真っ二つにされてしまう」


 白妖精の盾だったかな、ルインが持っていた盾は。……俺のホワイトオリハルコンの盾は、かまいたちに耐えられるか。普通に考えたら大丈夫だと思うのだが、何せ試してないからな……。


 俺は思案する。


 かまいたちを撃ってくるだろうヒエンより先に打ち込むか、そのかまいたちの一撃をかわしてから攻撃するか、ということになるだろう。


 魔石拳銃サンダーバレットを使うか。あれの弾速なら、いい勝負できるのではないか。


 だが俺が銃を向けたら、ヒエンはどう対応してくるだろうか?


 これまでも魔法を使って距離をとった戦いをしてきた相手もいただろう。かまいたちの威力がほぼ一撃死にも等しい威力があるなら、相打ち上等で攻撃を優先する可能性もある。サンダーバレットの一撃では倒せないとなれば、なおのことだ。


 俺は、反対側の待機場へと視線を向ける。向こうでヒエンもまた、俺を見ていた。


 無名の新人として振る舞ってきたが、ヒエンがルインを意識していたなら、その対戦相手だった俺の行動も見てきただろう。どう倒すか、この剣豪もまた考えていることだろう。


 ……。


 刀を扱う剣士だが、『かまいたち』を使うことで、その射程は決闘場全体に届くだろう。これを無力化できるか、がポイントのひとつ。ホワイトオリハルコンの盾で防げるなら、それだけで、ヒエンの攻め手をひとつ減らすことができるのだ。


 かまいたちが効かないとなれば、ヒエンは近接戦を挑むしかなくなる。が、彼は剣豪といわれる剣士である。刀を握って、おそらくウン十年。そんな相手に打ち合って勝てる気はまったくしない。


 となれば、俺はヒエンとの近接戦を避けるのが勝率を上げるパターンと言える。剣士相手に魔法使いとしてのアドバンテージである、射撃戦を仕掛けるのだ。刀の届かない位置に逃げて、しかし攻撃することで積極性をアピールする。


 ホワイトオリハルコンの剣は、リーレ戦で失ってしまった。が、近接戦は捨てるのだから、魔法による武器の具現化、それの投射攻撃と魔法を織り交ぜる。見える武器と、見えない魔法を同時多発に使用して、数で攻め立てるのだ。


 並みの戦士なら、これでひとたまりもないはずだが、相手は剣豪。たとえば魔力を見たり感じたりできるような能力を持っていたら、見えない魔法も避けられてしまう可能性がある。……これは俺の過大評価か? それとも、まだ過小に見ているのだろうか。


 俺はふと、自分の格好に気づく。


 ホワイトオリハルコン製の装備。見た目は騎士である。魔法騎士学校の生徒が魔法を使うのは許容範囲だが、果たしてそれでいいのか……?


 あまりに強い魔法を――と考えたところで、もうすでにリーレとの試合で、化けの皮が剥がれかかっているのを思い出した。うん、すこぶる今更感。


 しかし、だからと言って、見た目が派手な魔法の使用を控えるのは無駄ではないだろう。低レベル魔法をカモフラージュにしながら、密かに大きな魔法を使う、とかにしよう。


 と、考えることがズレてきたな。


 あまり派手な魔法を見せず、ヒエンを倒す、ということで。……何だか自分で首を絞めているような気がしないでもない。


「お師匠……?」


 俺が黙り込んでいるので、ユナが心持ち心配そうな目を向けてきた。俺はもたれていた壁から離れた。


「まとまった。何とかやってくるよ」

「期待しています」


 弟子であるユナからそう言われ、俺は手だけ振って答えた。


 審判員が決闘場に立つ。いよいよ準決勝の幕が切って落とされようとしている。観客たちも席につき、そのざわめきが大きくなっていく。


『間もなく、準決勝が始まります!』


 拡声魔法による声が闘技場に響く渡る。――おやおや、ようやく実況がつくようになったのかい? 


『第一試合、優勝候補の一人と数えられた聖騎士ルインを破り、好敵手たちを次々に打ち倒した、今大会一番の番狂わせ! 驚異の新人騎士、ジン、トキトモォ!』


 歓声が、これまでの比ではなく会場を満たす。一回戦のまったく無名だった頃とは大違いだ。俺はゆっくりと決闘場の階段を上がる。


『対するは、優勝候補筆頭。古豪にして剣の道を究めんと戦場をさすらう剣豪にして剣聖! ヒエンっ・リクカイィ!』


 地響きのような声が客席から上がった。さすがに歴戦の大会参加者。その人気ぶりは半端ない。


 俺とは反対側の階段から剣士ヒエンが上がってくる。取り立てて逞しい体格を持っているわけではなく、ともすれば標準的だが、その厳しい顔に刻まれた無数のしわ、鋭い眼光は、只ならぬ気配を撒き散らし、近寄り難い空気をまとっている。


 視線だけで殺せそうな人間というのはいるものだが、彼もそうだな。


 決闘場で、俺とヒエンが対峙する。


 剣豪殿は、刀の柄に手をかける寸前で手を止める。居合いの構え。

 一方で俺は、ホワイトオリハルコンの盾を左手に、右手には、魔力を凝縮……さらに凝縮して、騎兵槍ランス型の武器を具現化させる。それが形を成した後も、さらにさらに魔力を集めていく。


 お互いに前傾。いつでも加速で突っ込める姿勢。審判員が手を挙げた。


「始めッ!」

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