第382話、ベスト4、出揃う
イルネスに変装していた刺客は、王室観覧席から近衛騎士たちに連れ出された。血の跡が生々しく残り、部屋の外から悲鳴じみた声が聞こえた。……さっさと手当てしてやれよ。せっかく捕まえたんだからな。
ジャル公は呆然としてたし、アーリィー嬢ちゃんもまた不安を隠せずにいた。
オレ様はとりあえず台に腰を下ろした。
「……父上」
ぽつり、とエマンが呟いた。オレ様が顔を上げれば、ヴェリラルドの王がじっとオレ様を見ていた。いや、次の瞬間、膝をつきやがった。
「父上なのですか……?」
おいおい、とうとう頭がイカれたか? いまのオレ様は猫の姿だぞ。お前さんの親父、ピレニオ先王とは似ても似つかないし、声だって違うぞ。
「父上なのですね?」
オレ様が無言だったのがいけなかったのか、エマンはそう言った。
「先ほど、私を『エマン』と呼び捨てにしましたね? 私を呼び捨てにできるのは、亡き妻と父上のみ」
え、呼び捨てってそれだけ? 勝手に勘違いしたエマンが頭を下げた。見ていたアーリィー嬢ちゃんとジャル公は何が何だかわからないって顔になる。
「ベルさん……?」
「親父殿……?」
「お前たち、この猫は……我が父、ピレニオの魂が
は?
オレ様はもちろん、嬢ちゃんもジャル公もほぼ同時に固まった。嬢ちゃんが『どういうこと?』と言わんばかりの視線を寄越すが、オレ様だって困惑してるんだ。
「我らの危機に、身を挺して、不審者を看破し撃退されたのだ!」
エマンはきっぱりと言いやがった。いやいや、助けたけどもさ、それをピレニオと結びつける要素がどこにあった? ……まあ、ここ最近のピレニオはオレ様の扮装だから、実は間違っちゃいないけどもさ。いや、本当は違うんだけどさ。
「お爺様が……」
ジャル公が口を開く。
「……なるほど、それで猫の癖に、妙に偉そうだったんですね」
などとトチ狂ったことを言い出しやがった。……なに、そういう流れなのかよ? オレ様は、こいつらの前で先王を演じるしかねえのか?
・ ・ ・
『――と、言うわけなんだ』
『いや、さっぱりわからん』
俺は、ベルさんからの魔力念話を受けてそう返した。闘技場内の待機所から、王室観覧席を見やる。
『まあ、そんなわけで、オイラはエマンたちの前では、ピレニオを演じることになった』
『お、おう……』
どうしろって言うんだ、まったく。自然と口もとが引きつった。
『いっそのこと、先王の格好でもしたらどうだい?』
『猫に憑依してるって話になってるからな。そこで姿変えたら、普通に化けモンだろ?』
『いや、ベルさん、あんたは普通に化け物だからね』
俺は冗談めかした後、言った。
『捕まえたイルネスの偽者は――』
『さて、エマンを狙ったところからして大帝国の暗殺者だろうけど、まだ証拠はねえ。結果は取調べ待ちだ』
それにしても――と、ベルさんが唸る。
『擬装魔法じゃなくて変装とはなぁ。オイラが一度イルネスに会ってなければ、さすがにやばかった』
『変装は魔法じゃないからな。魔力を通してもわからん』
魔力念話で話している間に、五回戦第四試合が終わる。冒険者にして軽戦士のガルフと格闘魔法士ギュンターの対戦は、ガルフの勝利という結果だった。
彼は確か17、8歳だと聞いている。小柄で、寡黙な少年剣士だ。持っている片手剣は赤く輝く魔法金属製……ふむ、前見た時と装備が違う気がする。
少々意外だが、これでガルフはベスト4進出である。試合運びは、無難というか、特に派手さはないが、的確に相手の攻撃をかわし、上手くカウンターを当てて倒した。
ギュンターも決して遅くはなく、むしろ攻撃は速いのだが、ガルフは掠ることもさせなかった。地味に、嫌らしい相手かもしれない。
五回戦がすべて終わり、決闘場の真ん中に、審判が立った。咳払いののち、拡声魔法を使ったようで、闘技場内に声が響く。
「それでは、ベスト4が出揃いました。準決勝第一試合は、ジン・トキトモとヒエン・リクカイ。第二試合は、シュラ・イーとガルフの対戦です。第一試合は、いまから十五分後の開始となります!」
準決勝前に、若干のインターバルがあるようだ。おトイレ程度なら済ませる時間があるかな? まあ、行かないけど。
さて、その間に、こちらも確認しておくか。俺は魔力念話を飛ばす。
『サキリス、聞こえるか? そっちはどうだ?』
『ご主人様!』
サキリスの返事がすぐにきた。
『こちらはリーレさんの加勢で、何とか魔術師の捕縛に成功しましたわ!』
うん、ちょっと声が大きく聞こえるのは、興奮しているのか、動き回ったせいか。まあ、とりあえず逃走した魔術師の身柄を押さえたのなら上等だ。
『ですが、わたくし、一時的に記憶が飛んでおりました……。リーレさんがいなければ、危なかったですわ』
『記憶……?』
おいおい、穏やかじゃないなそれは。何があったんだ?
『催眠魔法の一種だよ』
リーレの念話が割り込んだ。サキリスのそばにいるらしく、彼女は言った。
『奴の目を見ると催眠魔法がかかるって仕組みだよ。だから追い詰めたつもりが、催眠魔法にやられる、ってハメ技をかまされたんだ。ま、あたしの黄金眼には効かなかったけどな』
なるほど、リーレがいなかったら危なかったってそういうことか。サキリス単独だったら、魔術師に操られていたということか。怖い怖い……。
『こいつの目を奪ってやったから、もう大丈夫だ』
お、おう……。奪ったって言うけど、抜き取ったり潰したりとかエグいことしてないよな……? 割とやりそうで怖い。
捕まえた魔術師が、大帝国の刺客であるプロウラーかレネゲイトだといいのだが。王室観覧席で捕まえた奴が、その片割れだとさらによしだ。
まだ油断はできないが、これで俺は試合に集中できるかな? というか集中させて欲しいな。
次の対戦相手は、優勝候補と言われた剣豪ヒエン。ここまできたら厄介な相手なのは疑いようがない。この人にどう対抗するか。
俺は考えをめぐらせるのだった。
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