第384話、俺氏、兜を取る


 開始の瞬間、衝突音が響いた。


 俺とヒエン、双方とも目にも留まらない速さで相手めがけて突進した結果の衝突。


 オリハルコンの盾を出していた俺に、ヒエンは右肩からぶつかった。瞬時に相手の懐に飛び込んでの音速の切り払い――だが俺もまた距離を最速で詰めた結果、瞬きの間に激突したのだ。


 だが盾から当たった俺と、右肩からぶつかったヒエンでは、その後の立ち回りにわずかながらの差が生じた。


 高速での衝突がいかに凶悪な打撃であるか。ただの殴打でさえ、当たり所によっては危険なのに、身体ごと当たったダメージがどれほど凄まじいか想像に難くない。守りのペンダントがあるとはいえ、俺は左腕にずしりと衝撃を感じた。だが俺の右手はまったくの無傷だ。


 衝突の反動で動きが止まったヒエン、その胴に、俺は魔力を凝縮し形成したランスを叩き込む。集めに集めた魔力を一挙に解放する! エクスプロージョン……!


 爆発した。


 わずかな発光。少なくとも観客たちにはそう見えた。だがその一瞬の光は、劫火にも等しい圧倒的な高濃度火力だった。ヒエンの身体が吹き飛び、決闘場外へと飛んだ。


 歓声とも悲鳴ともとれる周囲の声が、一瞬掻き消えたように感じた。倒れるヒエン。その表情は驚愕に歪む。何が起こったのか、理解できなかったのかもしれない。


 場外にいた補助員が、ヒエンの胸のペンダントを見やり、審判員に合図を送った。決闘場の端に駆け寄った審判員が見やり確認すると、その手を俺のほうに向けた。


「勝者、ジン・トキトモ!」


 おおおおおっ――どよめきが起こった。開始から終了の宣告まで10秒と満たない試合展開。ほぼ瞬殺で、準決勝第一試合が終わったのである。それも、優勝候補のヒエンが、瞬殺されるという展開で。


「馬鹿な!」


 ヒエンが声を張り上げた。


「き、貴様は……もしや、ルインではないか!?」


 は? 俺は突然の言葉に首を傾げる。いったい何を言っているんだ、この剣士殿は。どこをどう見たら、俺がルイン――かの聖騎士殿に見えるというのか。


「兜を外せ! 貴様、中が入れ代わっているのではないか!?」


 言いがかりも甚だしいが、ひょっとしたら自分の負けを認めたくなくて、混乱しているのかもしれないな。大会初大会のルーキーではなく、宿敵と認めたルインだったなら、と。


 あ、いや――


 俺はそこで、はたを気づいた。この試合展開は、一回戦でルインが相手を倒した時の戦法によく似ているな、と。盾を使ってからの一撃カウンター。なるほど、そこでルインが中に入っているのではないか、と思ったのかもしれないな。


 まあいいか。残る試合は決勝で、どうせ騒がれるし、兜で顔を隠す必要もないだろう。有名どころの知り合いなどから声をかけられて周囲から警戒されるのでは、というのはもう気にする必要ないし、さらに言えば大会後の祝賀会では、はずさねばならないだろう。


 俺は兜の両側を掴み、脱いだ。


 その行為に、観客席からさらに声が上がった。何せ顔を隠していた騎士見習いが、その素顔をあらわにしたのだから。前髪が視界に入らないようにオールバックにしていたが、兜を外した途端、風に触れて涼しく感じた。兜だからな、少々蒸れるのは仕方ない。


「これで満足ですか、ヒエン殿」


 素顔を明かし、ルインではないことを白日の下にさらす。剣豪であるヒエンは、ふっと口もとを歪めた。


「負けたよ、若いの。……いや、ジン・トキトモ」


 好敵手ルインが負けたのが偶然ではなかったことがわかり、ヒエンは俺に向かって一礼した。



  ・  ・  ・



 周囲の驚きや興奮が収まらないまま、俺は決闘場を下りる。


 サキリスが戻ってきていた。いつものメイド服姿で「お疲れ様でした」と俺を労ってくれた。


「残すは、一試合ですわね」


 決勝。ついにここまで来た。待機所へと向かう時、ずいぶんとがらんとしているのが目に付いた。それはそうだ。大会参加者と、そのセコンドしか入れない場だからだ。一時は百人を超えていた場も、いまでは片手で数えられるほどしかいない。


「お見事」


 そのわずか数名のうちのひとり、準決勝第二試合に出るダークエルフの美女戦士シュラが、俺の傍らをすれ違う。妖艶なるお姉さん、魔術師とも戦士にも見える装備は、魔法戦士のそれ。ダークエルフ特有の肌色も、少々露出過多――要するにセクシーだということだ。


「あなた、幼い顔をしているけど、少し違うようね。決勝戦、楽しみにしているわ」

「……」


 背が高くて、衣装が違えばモデルと言っても通用するプロポーションの美女。その背中を見送る俺に、サキリスは小声で言った。


「好みなのですか?」

「……楽しみにしている、とか負けフラグっぽいなーって思ったんだ」


 って、好みって何だ? いや、まあ好きだけどさ、ああいう妖艶なのも。ドSっぽい人がMだと燃える……。


 何言ってるんですか、と言わんばかりの目を向けてくるサキリス。俺は肩をすくめた。


「お前に似てるなって思ったんだよ」

「似てませんよ、わたくしは」


 何故かムッとしたような顔になるサキリスだった。



  ・  ・  ・



 ジンがヒエンを破った。


 観戦していたヴォードは、開いた口が塞がらなかった。


 試合時間は一瞬。相手を瞬殺するのは、ヒエンのお家芸なのだが、そのヒエンが10秒もたないとは予想外だった。


 ヒエンが聖騎士ルインを苦手にしている、と言ったら、ジンは即座に対応した。ルインの得意の防御からのカウンターを再現したのだ。ただしルインが完全に待ちからの反撃を得意にしているのに対し、ジンは自ら踏み込んでヒエンの間合いを狂わせた上での攻撃だった。


 ……しかし。


「ヒエンは、何故踏み込んだんだ?」


 いつもの彼なら、かまいたちで先制し、相手を両断。ないし盾があればそれを壊しにかかるのに。


 ヴォードの呟きに、ユナが口を開いた。


「お師匠の盾が、かまいたちで両断できないと予想したのでは?」


 剣での近接戦では絶大な自信を持つヒエンである。かまいたちが防がれれば必然的に接近するのだから、最初から様子見をせずに突っ込んだというわけか。


「お師匠が魔法に長けているのは、これまでの試合でわかること。距離をとられたくなかったのでは?」


 エアブーツによる加速。その高速機動はルイン戦でも、続くマッドハンター戦でも見せた。ジンは銃という飛び道具もあるし、確かに近接戦で一気に、という気にもなる。いやむしろ、おれも奴に射撃戦など挑まない――ヴォードは思った。


「ですが、近接戦こそ、お師匠の狙い。まんまと飛び込んだヒエンは、減退なしの特大爆裂魔法を回避不能の至近距離から浴びてしまった」

「特大爆裂魔法……? 致命傷は胴への一撃だったのでは?」

「あの槍は魔力によって作り出されたもの。槍に見えるだけで、魔力を極限まで凝縮した魔法放出の直前状態……。例えるならブレス直前のドラゴンの口に飛び込んでしまったのですよ」

「……」


 ドラゴンブレスに突っ込んだとはわかりやすい表現だ。傍目には槍による突きに見えたが、実際はそれよりも凄まじい威力の攻撃が放たれていた。


 恐ろしい、まったくもって恐ろしいやつだ。ヴォードは、しかし、口もとに笑みが浮かんだ。何故、笑ったのか自分でもわからなかったが。

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