第379話、狙撃魔法


 ジンとリーレの戦いを目の当たりにして、いまだこみ上げてくる熱量を抑えられない者がいた。


「ジンが剣を失った時、勝負あったと思った」


 冒険者ギルドのギルド長ヴォードは腕を組んだまま言った。一対一の決闘において、得物を失うことは、致命的だ。


「奴の本職が魔法使いであることをすっかり忘れていた」

「あの格好だと、まずは騎士か剣士だと思いますからね」


 副ギルド長であるラスィアは、自らの長い黒髪に手を当てる。


「お互いに剣も優れていましたが、目を引いたのはやはり魔法でしょうか」

「あのファイアボール……」


 ヴォードは、傍らで難しい顔をしているユナを見た。


「命中した瞬間、凄まじい爆発が起きたな。ファイアボールの上位魔法なんだろうか……」

「あれは擬装です……」


 銀髪巨乳の魔術師兼教官は、顎に手を当てた。


「ファイアボールは囮で、実際は命中の瞬間にエクスプロージョンの魔法を、岩のスクリーンに当てています」

「囮? 何故、そんな回りくどいことを。初めからエクスプロージョンをぶつけるのでは駄目なのか?」

「リーレの油断を誘うためでしょう。実際、お師匠がファイアボールを展開した時、あれでどうにかなると思った人間はいなかったと思います……」

「最初から大技を狙えば、おそらく彼女は対応したでしょうし」


 ラスィアはその怜悧な瞳を細めた。


「むしろ、リーレはあのファイアボールで警戒してしまったのではないでしょうか。ジンさんがあの程度を看破できないはずがなく、それを感じたからこそ、リーレは受け身になってしまった……」

「なるほど」


 ヴォードは手を叩いた。


「フェイントだったということか。魔法にもそういうのがあるんだな」

「当たり前です。……最近勘が鈍っているんじゃありませんか?」

「言うね、ユナ坊……痛ぇ」


 無言の肘討ちを喰らい、ヴォードは大げさに痛がってみせた。


「それはさておき、始末が悪いのが、あいつが兜を被っていることだ。目線はともかく、口が見えないから、魔法の詠唱がまるでわからない。囮も本命も判別しづらい」

「そうですね」


 ラスィアは同意したが、ユナは表情をやや険しくさせた。


「お師匠は無詠唱で魔法使えますから、兜は関係ないです」

「……そうですか」


 ヴォードは口をひん曲げた。


「それにしても、リーレか。あれも凄い奴だな」

「魔法剣士。Aランクの冒険者……最近、王都に来たばかりですが、他所では魔獣狩りで名を馳せているようですね」


 ラスィアが、冒険者ギルドの職員らしくスラスラと答えた。ふむ、と頷いたヴォードは呟くように言う。


「ジンとリーレの試合は、実質、決勝戦だったな……」


 視線の先で、剣豪が竜騎士を倒し、二試合目が終了した。準決勝に進出するは剣豪ヒエン。ジンの次の対戦相手である。



  ・  ・  ・



 五回戦を観戦する中、俺は魔力念話でのやりとりをしていた。


 中継したフィンさんによれば、ヨウ君は橿原かしはらを発見したらしい。王都にある医療施設で。俺は耳を疑った。


『――命に別状はないんですね?』

『あぁ、深手を負ったが、生きているし、回復すれば元通りらしい』


 ヨウ君からの報告をフィンさんが答えた。


『いったい、何があったんです?』

『昨日の大会後、王都で彼女はリンネガードなる人物を見かけたらしい』

『リンネ……誰です?』

『彼女が言うには、大帝国の魔術師らしい。どうにも因縁があるようだ』


 大帝国の魔術師が、このヴェリラルド王国の王都にいる。この国を侵略しようとしたご時世。ただの武術大会目当ての観光とは考え難い。


『そのリンネガードが、プロウラーかレネゲイトという可能性が?』

『かもしれんな。彼女はそこまで知らないと言うが、聞くところによると催眠魔法を使って人を操ることができる魔術師らしい』

『昨日の土木業者』

『だろうな』


 フィンさんは同意した。


『話を戻すと、そのリンネガードを追った彼女は、何者かに魔法で狙撃されたらしい』

『狙撃……?』

『ああ、それで傷を負った。彼女は、攻撃してきた相手を見ていない。おそらく遠距離から正確無比な魔法を使われたのだそうだ』

『遠距離から、魔法による狙撃』


 通常、魔法による攻撃は距離を置いて撃つものではあるが、あまりに遠くからだと大気中の魔力減退と相まって威力が低下する傾向にある。


 よって超長距離からの魔法というのはあまり効率的ではなく、遠距離狙撃とは相性がよくない。……それでも敢えてそれを使ってくるというのは、腕利きの魔術師であるということだ。


 わあぁ、と闘技場が歓声に包まれる。


 五回戦第三試合、屈強なる狂戦士バルタと、妖艶な銀髪美女ダークエルフの戦士シュラが、決闘場で熱戦を演じているのだ。


 俺は視線を観客席へと転じる。満員御礼、数万規模の収容できる円形闘技場は、人がごったがえしている。


『リンネガードが大帝国の刺客として、そいつに遠距離狙撃魔法を使う術者が味方をしているのなら、それを使ってエマン王を会場から狙撃してくる可能性は?』

『なくはないな』


 フィンさんは言った。


『だが、王室観覧席には、常時二名の魔術師が防御魔法を張っている。それがある限り、遠距離からの魔法は無効化できる』


 王族とて馬鹿ではない。公式の場に出る時など、ただ警備するだけでなく、襲撃者などにも備えている。


『仮に防御魔法を貫通する威力があったとしても、遠距離になるほど威力が低下する魔法の特性上、大魔法にならざるを得ず、それを客席で使えば、周囲が気づいて、たちまち警備が飛んでくる』


 そのような大きな魔法を使うには、相応の準備や詠唱が必要だ。俺だって光の掃射魔法を使う時、無詠唱とはいえ数秒の集中時間を必要とする。


 観客席でそんなことをすれば周囲が騒ぎ、標的も気づいて逃げるなどの行動をとられるかもしれない。


 遠距離射撃魔法……。


 俺は、王室観覧席とは反対側の客席を見やる。距離にしてだいたい百メートルくらいか。魔法でなら、そこそこの魔力を投じないと充分な威力は発揮しない距離。ロングボウだと余裕で射程内なんだが、魔法となると……いや、待てよ。


 俺ははたとなる。魔法による狙撃、それができる魔法武器があるぞ――


『ジン殿、あー、聞こえますか?』


 オリビアの声が、魔力通信として届いた。アーリィーの近衛隊には、シグナルリング改造の魔法具を渡し、すでに運用している。ただ、オリビアは想像以上に機械音痴っぽいところがあるが。


『こちらは王室観覧席の後ろなのですが、不審者を一名拘束しました!』

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