第378話、VS リーレ その2


 放たれた槍はリーレに殺到した。


 頭を傾けて初弾を回避。続く槍をグローダイトソードで叩き落す。魔法の槍を、まるでなぎ払うように防いだリーレ。その技に、観客の驚きが轟く。


 やれやれ、起き上がりを狙ったのにこのざまよ。俺は失ったオリハルコンソードの代わりに魔法で具現化した剣を作る。強度も威力も落ちるがないよりマシだ。


 バッ、とリーレが左腕を決闘場の一角に向けた。そこには開幕早々に、彼女が具現化させバラまいた無数の岩塊が散乱していた。その岩塊が、一斉にふわりと浮く。


 それらが渦を巻いて俺のほうへと飛来した。まるで蛾がやイナゴの群れが向かってくるようだった。盾を失った俺にそれを防ぐ方法は……魔法障壁があるけどさ。あんま障壁系は使いたくないのよね、もし判定勝負になったら不利に働くからさ!


 俺は大気中の魔力を集め、それを左から右へとなぎ払うように迫り来る岩塊にぶつけた。岩と石の群れは方向転換、俺からリーレへと飛んでいく。無数の岩塊が向かってくるのをリーレは避けなかった。


 おおっ、と観客たちは、リーレが岩の嵐に飲み込まれて終わったと思った。逃げたり、あるいは防御する動作もなかったから、助からないと思ったのだ。


 だが岩塊の軌道が変わった。ぶつかったように見えて、それらの岩塊はリーレの周りを渦を巻くように回転している。その渦の中心で、リーレは仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべている。


 うわ、これ昔アニメで見たことあるぞ。アステロイドリングとかいう小惑星を回転させて防御に応用するやつ――


「さあて、ジンよ。どうするよ?」


 リーレは、ゆったりと前進する。周囲には回転する岩の塊。無理に近接戦を挑めば、荒れ狂う岩塊に飛び込んで自滅するようなもの。かといって生半可な遠距離攻撃は、岩塊が防御するという、攻防一体の技。


 ご丁寧にこっちへ向かってくる。時間切れになったら、判定不利な技と取られかねないから、俺を追い詰める魂胆だろう。決闘場から追い出せば俺に減点1だし、飛び込んでくれば返り討ち……。


 まったく、楽に勝たせてはくれないな、ほんと。


 できればあまり派手な魔法は使いたくなかったのだが、リーレは俺の都合など知ったことではないし、責めるのもお門違いだろう。……俺も負けるわけにはいかないんだよね。


 火の玉を具現化する。それはさながら、亡霊のまわりを浮遊する人魂のように見えるだろうか。それが三つ、四つと数を増やす。


「おいおい、そいつはいったい何の真似だ?」


 リーレは余裕の表情でなおも近づいてくる。例えファイアボールをぶつけようとも、岩塊のバリアはビクともしないとわかっているからだ。


 ……そうそう、せいぜい油断してくれよ。こっちが大技使おうとすれば、おそらく速攻で潰してくるだろうから、こんなちゃちな魔法見せてるんだから。


 ファイアーボール!


 四つの火の玉は不規則な軌道を描いてリーレへと飛んだ。同時着弾ではなく、個別に命中するように。


「その程度のファイアボールでどうしよってんだ、ジン? この岩塊のリングをどうにかしようってんなら、もっとたくさん魔法をぶつけないと無駄だぜ?」


 カモフラージュだよ、カモフラージュ!


 ファイアボール着弾の瞬間、俺は爆裂魔法――エクスプロージョンを、岩塊にぶつけてやった。命中した箇所からの無詠唱爆発。解放された熱と力は岩塊を粉砕し、回転するリングに穴を開けた。


「はあっ!?」


 二発、三発と着弾と同時に爆発が起き、岩塊のリングはほとんど消滅してしまう。そこへ最後の四発目が防御線を越えてリーレに命中した。


 吹き飛べ! 四発目のエクスプロージョンが眼帯の女戦士を爆炎に包み込んだ。吹き荒れた熱風が決闘場から、客席へと吹き上がる。火傷するほどではないにしろ、最前列の観客たちは思わず身構えてしまう。


 爆発が消え、エクスプロージョンの直撃を受けたリーレが、ふらりと立ち上がる。


「ざけんなよ……、まだ勝負はこっからだ――!」


 リーレが闘志を剥き出す中、様子を見ていた審判員が決闘場に上がった。


「そこまで! 勝負あり、勝者、ジン・トキトモ!」


 おおおっ、という観客たちに反して、リーレは「はあぁ!?」と審判を睨む。だがすぐに自身の守りのペンダントを見やる。そこには弱々しい赤点滅。


 例え、身体は不死身でまだ戦えようとも、魔法具はそこまで判定してくれない。あくまで貯蔵魔力を吐き出せば、不死身だろうが病弱だろうが一緒ということである。


 ペンダント基準の試合形式じゃなかったら、俺はリーレを異次元の彼方にでもフッ飛ばさない限りは勝てないんだよなぁ……。


「あーあー、負けちまった!」


 リーレは大げさにそう言ったが、内心の負けたことへの苛立ちを押し隠せなかったようだった。


「おい、ジン。優勝したら、一杯奢れよ!」


 そう言う残し、さっさと決闘場を後にする。……そこは優勝を祝って奢ってくるんじゃないのか。


 勝ったことの安堵と相まって、俺はバイザーの奥で苦笑した。落ちている盾を回収。折れた剣も拾うが、これはもう使えないな……。まったくあの馬鹿力め。オリハルコンの剣を折るか普通……。


 決闘場から退場する俺を、観客らの拍手と歓声が包んだ。準決勝進出、一番乗り。ここまで勝ち残れば、無名でも称賛を浴びるんだな……。試しに右腕を掲げて見せたら、会場が沸いた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 待機所の入り口で、サキリスが一礼した。


「とてもヒヤヒヤしましたが、見事な勝利でしたわ!」

「うん、まあ、勝てたよ」


 俺は肩をすくめる。いや、ほんと、勝ててよかったよ。



  ・  ・  ・



「勝った……ジンが勝った……!」


 王室観覧席で、試合を観ていたアーリィーは、その場で崩れるように椅子にもたれた。

 祈るように両手を組んでいた。みな試合に集中していたから、気づかなかっただろうが、祈るアーリィーの姿を見ていた者がいたら、さながら恋人の無事を祈る乙女のように見えたことだろう。……事実、そうなのだが。


 それだけ激しい試合だった。


 ジャルジーは、エマン王を見た。


「ご覧になられましたか、親父殿。ジンも強かったが、あのリーレという戦士もまた、恐るべき力の持ち主」

「多数の岩を操る魔法……魔法剣士としては、ずば抜けた魔法の才よ。ジン・トキトモも並みの術者ではないが、あのような無名の実力者がいようとは」


 これだからこの大会はやめられない、とエマン王は相好を崩した。四回戦まで、本気を隠しておったな――


 会場の興奮もさめやまぬ中、五回戦第二試合、優勝候補のひとり、剣豪ヒエンと竜騎士ランバルトが剣を交えんとしている。


「先ほどの試合と比べたら、さぞやり難いだろうな……」


 あそこまで派手にやりあった後では、続く試合はとても地味に観客の目には映るだろうから。

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