第377話、VS リーレ


 開始の合図と共に、俺は身構えた。


 リーレのことだ。スタートと同時に加速していきなり肉薄なんてやりかねない。例えるならジャンケンの前にいきなり殴ってくる、みたいなやつだ。


「およ?」


 だがリーレは踏み込んでこなかった。むしろ、俺を見て、眼帯の女剣士は首をかしげる。


「何だよ、ジンのことだから飛び込んで奇襲の一撃見舞ってくると思ったのによぉ……」


 考えることは同じだったらしい。俺が先制を警戒するのと同じように、リーレもまた備えていたらしい。


 完全にタイミングがはずれた。


「まあ、いいさ。それならそれで」


 リーレが左手を上げた。すると大気中に無数の岩の塊が具現化する。それはたちまち十を超え、観客たちがどよめいた。魔法を使う騎士や剣士はいるが、リーレのやったことは高位魔術師の魔法に匹敵するそれだったからだ。


「派手に行こうぜ!」


 流星さながら、岩の塊が俺へと襲い掛かる。一斉に飛び込んでくる無数の岩。だがそのすべてが同時にぶつかるわけではなく、またその軌道もある程度ずれている。


 どういうことかと言えば、少し回避した程度では逃げ切れないということだ。当たるものもあれば、当たらないものもある。だが避ければ、本来は当たらない軌道だった岩に当たるかもしれない、というオチだ。


 俺は目線を動かし、衝突コースの岩塊に魔力を送り、その軌道をずらす。当たらない奴は無視。……いや、コース変更に利用できそうな奴は操作して、別の岩塊と衝突させる。


 岩塊の嵐に俺が突っ込んだように周囲には見えたはずだ。岩同士が衝突し、砕けて欠片を撒き散らす。一部が盾や鎧に当たったが、その程度はダメージのうちに入らない。


 俺が岩の嵐を通過すると『おおっ!!』と歓声が上がった。まさか何事もなく無傷で抜けるとは思わなかったのだろう。


 エアブーツ、加速! 俺はローラースケートの如く、猛然と前方へ滑るようにダッシュした。パワー、スピード――身体強化魔法を無詠唱で使用。


 リーレがニンマリと口角を上げると、こちらも向かってきた。獲物を見つけた獣の如く。


 次の瞬間、ホワイトオリハルコンの剣と、グローダイトソードがぶつかった。重い一撃。魔法で力を上げてもこれだよ……バケモノ女め!


 リーレは素早く剣を繰り出す。俺も打ち込むが、彼女は涼しい顔でそれを剣で受け、弾き、そして叩き込んでくる。攻守がめまぐるしく変わる。俺は盾を割り込ませて、リーレの斬撃を止め、剣で突くが、リーレはひょい、と身も軽く跳び上がると、その剣を軽く踏んで、さらに後方へと跳躍した。


 軽業でも見ているかのような光景に、観客席から拍手が沸き起こるが、当然ながら戦っている俺たちには関係ない。リーレが左手を地面――転がっている岩塊に向けると、それが見えない魔力によって運ばれ、俺へと飛んで来る。


 死角を突いたつもりかもしれないが、魔力の流れで『見える』んだよ、それは! 俺は頭ひとつ傾けて、背後からの岩塊を避けると、その岩が、俺とリーレとの間を遮った一瞬を利用して距離を詰めた。


 風の太刀! ホワイトオリハルコンの剣がまとう風の膜が攻撃に転用され、見えない刃を形成する。間合いを変わり、剣が届かないと油断していると斬られているという風の太刀が、リーレを襲う。


「しゃらくせぇ!」


 リーレが身を捻って、見えないはずの風の太刀をかわした。彼女もまた『見えて』いるのだ、魔力の流れが。一般の観客たちには、リーレが不可解な動きをしたように見えただろうが。


 飛びかかるリーレ。頭上からの重い一撃を、俺は剣で受け流す。風の膜が張られたホワイトオリハルコンの剣が、グローダイトソードを滑るように流す。……まともに受け止めるわけないだろ、くそ重いのに。


 俺はオリハルコンの盾を使ってのシールドバッシュ。リーレの胴に盾で殴る。


「うっ!?」


 眼帯の女剣士の表情が歪む。打撃による一瞬の怯み。俺は剣を下から切り上げ、渾身の一撃を叩き込む。こいつで――


 フッ――リーレの口もとが笑みに歪んだ。それは刹那。俺の剣はリーレの左腕に阻まれる。ダメージを与えた。だが本来致命傷にもなりかねなかった一撃も、守りのペンダントの判定は黄緑ライン。


「腕への一撃と身体への一撃じゃ、ダメージ判定も違うわなぁ」


 愉しそうなリーレ。


「インパクトォォォーー!!」


 突然あげられた絶叫にも似たリーレの怒鳴り声。彼女の振り下ろされた剣が、俺のオリハルコンの剣を叩いた。


 凄まじい轟音。右手に伝わる衝撃。途端、剣が軽くなった。斬られた。ホワイトオリハルコン製の剣が、真っ二つに折られたのだ!


「なん、だと……!?」


 オリハルコンを折った。ヴォード氏のドラゴンブレイカーを折ったエンシェントドラゴンじゃあるまいし、人間に超魔法金属が折れるわけがない。


 いや……。そうだ、こいつは人間じゃないんだ……!


「すまんなぁ、ジン、剣を折っちまった――」


 リーレは獰猛に笑った。


「もちろん、わざとだけどな!」


 グローダイトソードが迫る。俺は飛び退きながら、折れた剣を投げた。リーレはそれを剣で弾き、なお追撃をやめない。


「逃がすかっての!」


 グン、と俺の左手の盾が急激に軽くなった。重量操作――ウェイトダウン!? とっさに盾の裏に手を伸ばす。


「うおりゃっ!」


 リーレの持つ漆黒の剣が、ホワイトオリハルコンの盾を下から突き上げた。衝突した瞬間、軽くなりすぎた盾が弾かれ左手からもぎ取られた。


 軽々と巻き上げられた盾に気を取られていたら、リーレにやられていただろう。俺は盾の裏から取り出した魔石拳銃サンダーバレットを連射した。


 リーレは目を見開く。


「うぉ!? それ、ズルっ!」 


 一発、腹に一撃を受けたリーレだったが、すぐに二発め以降は剣で防ぐ。この至近距離でよくやる。結局、リーレの守りのペンダントは黄色ゾーン以上には持ち込めなかった。


 リーレが腕を突き出す。放たれたのは衝撃波。その一撃に俺の身体が跳ね飛ぶ。ハンマーでぶん殴られたみたいだ。目の前がチカチカした。障壁とか張る余裕もなかった。膝をつく俺に、リーレが迫る。


「そろそろケリをつけるぜぇ!」


 剣も盾もない。ストレートに一撃をくらったら、おそらく一発アウト。


「光の障壁!」

「無ぅ駄ぁ!」


 俺の張った障壁に、リーレもまた見えない壁――障壁をぶつける。一瞬、彼女の身体が静止した。


「浸食!」


 障壁同士が重なり合って消滅する。俺は両手を前に突き出した。魔力を衝撃波に変換、お返しとばかりにリーレを突き飛ばしたのだ。


 決闘場の端まで飛ばされるリーレ。俺は魔力を集めての具現化を行う。大気中に生成されたのは五本の槍。それを眼帯の女戦士に向けて放った。

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