第376話、消えた橿原


「――えー、ジン・トキトモと対戦予定だった、トモミ・カシハラは試合時間を過ぎても現れなかったため、勝負棄権と見なす! よって、四回戦第一試合は、ジン・トキトモの勝利とする!」


 審判員が、拡声魔法でその声を闘技場中に響かせて、俺の勝利を宣言した。


 不戦勝、である。


 満員御礼の観客たちは、あからさまに落胆の声を上げた。出鼻を挫かれた気分だろう。正直、俺も拍子抜けした。いや、アレと戦わなくて済んで、むしろラッキーなのだが、胸騒ぎがどうにも収まらない。


 決闘場から下がる俺は、第二試合であるリーレとすれ違う。


「お前、今日、橿原と会ったか?」

「いんや。そういや、今朝は見なかったな」


 リーレは小首をかしげつつ、決闘場への階段を上がる。


 俺は魔力念話で、会場にいるだろう仲間たちに呼びかけた。


『フィンさん、橿原が来ていないんだが、何か知っていますか?』

『いや、私は知らないな。リアナ、ヨウは?』

『ネガティブ』

『いえ、僕も知りません』


 仲間たちの反応は、皆、橿原を見ていないと来ている。


 彼女に限ってお寝坊などは考えにくい。遅刻なんて以ての外ほか。これは何かよからぬことが起きたか。


『昨日、橿原を最後に見たのは?』


 その質問に対しては、皆が闘技場で、と答えた。つまり三回戦が終わるまでは見たが、それ以後の行動については知らないと言うことだ。


 大帝国――プロウラー、レネゲイトのことが頭をよぎったが、橿原を狙う理由が浮かばなかったから違うだろう。……いや、大帝国とは因縁があるぞ、俺たちは。


 なにせ、あいつらがこの世界に俺たちを召喚したわけだから。闘技場を見に来ていた帝国の諜報員とかが、橿原の姿を見て接触を試みたとか……。


 それなら同じく参加しているリーレも狙われるだろうが――俺は決闘場にいるリーレを見やり、首を振った。


 もし気づいていても、橿原とリーレ、どちらを狙うかと言われたら、橿原だよなぁ、やっぱり。


 もっとも、まだ大帝国の仕業とは限らない。ここは日本ではないのだ。治安なんて雲泥の差があり、トラブルなんてそこらじゅうに転がっているものである。ちょっとやそっとの問題なら、橿原単独でも対処できるだろうが、姿を現さなかったことを考えると、面倒な状況になっている可能性が高い。くそう……。


 暗殺者に備えなければならない状況で人手を割くことになるとは。


『橿原にトラブルが発生した可能性が高い。誰か探してきてくれるか……なんて、ヨウ君、頼めるか?』


 メンバーを考えた時、機動力と捜索能力に長けているのはヨウ君である。闘技場内での事件に備え、遊撃的ポジションを任せている彼が抜けるのは正直痛いが、会場での発見や見張りはシェイプシフターである程度補いがつく。


『わかりました』


 ヨウ君は同意した。フィンさんが魔力念話で言った。


『いいのか? トモミのことは、この大会が終わってからでもよくないか? 彼女の実力なら問題ないのでは?』

『手遅れになったら困る』


 間違っても、橿原はフィンさんやリーレと違って不死身ではない。あっけなく死んでしまうことだってありうる。


 かくて、ヨウ君が橿原の捜索のために闘技場を離れた。


 橿原とは魔力念話を繋いでおかなかったのが悔やまれる。リアナも同様なのだが、彼女の場合は、ウェントゥス軍に志願した時点で、交信魔法具を渡していた。だが今回の件に絡んでいなかった橿原には、通信魔法具はなし。


 心配ではあるが、今はここを離れるわけにはいかない。俺は、残る四回戦の様子を見守る。五回戦の相手は、リーレですでに決まっているが、残りの面々がどうなのか、試合模様を観戦する。


 およそ40分ほどのち、ベスト8が出揃った。


 五回戦第一試合は、俺とリーレ。


 同第二試合、剣豪ヒエンと竜騎士ランバルト。


 第三試合は、狂戦士バルタとダークエルフのシュラ。


 第四試合は、軽戦士ガルフと格闘魔法士ギュンター。


 以上の組み合わせとなる。


 剣豪ヒエン、狂戦士バルタは優勝候補として名を連ねていたが、それ以外もいずれ劣らぬ強者揃い。が、俺としては、ガルフが残っていることに少々意外さを感じていた。


 Bランク冒険者であるガルフ。17歳の若手。エンシェントドラゴン討伐に参加した戦士で、能力は高いようだが、彼が戦うところをほとんど見たことがなかったので、いまいち俺の中では印象に残っていない。


 もし彼と戦うことになれば、俺が決勝まで進めたらということになるだろう。だがそこに行き着く前に、まずはリーレを倒し、続く準決勝で、おそらく上がってくるだろう剣豪殿に勝たねばなるまい。


 もっともガルフ少年も、目の前の格闘魔法士を倒し、準決勝を勝たねばならないが。


「なんか、あいつヤバイな……」


 リーレが、ガルフを見てそんなことを言った。


「何か、黒いモンまとってるように見える。闇の力……負の力か。気をつけたほうがよさそうだ」


 魔獣剣士は、何かを嗅ぎ分けたらしい。以前、ガルフを見た時も、どちらかと言えば陰気な感じだったが、それがさらに増したように思える。


 闇の力、か。冴えない若者と侮っていると痛い目を見るということか。


『それではー、五回戦、始めたいと思います! 第一試合、選手は決闘場へ!』


 拡声魔法による審判の呼びかけ。俺とリーレはそれぞれの決闘場へと歩く。俺が東側、彼女が西側にまわり、決闘場への階段を登る。


 紺色のベレー帽。黒髪をショートカットにしたリーレは、その浅黒い肌と相まって獰猛な肉食獣のような凄みがある。眼帯の右目は隠しているはいるが、そこには魔法を解体する黄金の目。左目は彼女本来の薄緑色の瞳。


 紺のマントに戦闘服。ショートパンツから伸びる太ももの露出もあって、装備は軽装そのもの。金属製の防具の類は一切身に付けていない。盾はなく、魔法剣グローダイトソードのみを武器にする。


 魔獣剣士。


 だが剣のみならず、魔法にも長けている。


 試合前だがすでに観客たちは興奮状態。準決勝進出をかけた戦いを前に、選手たちよりもヒートアップしている。


 補助員から、守りのペンダントをもらう。……うん? 四回戦までに使っていたものと少し違うようだが――


「五回戦からは、試合時間は5分になります」


 俺が、じっとペンダントを見つめていたので、補助員がそう言った。……おい、何で5分に伸ばしたんだよ! まったく……。


「お前とはサシで勝負したいと思ってたんだよなぁ……!」


 リーレは、グローダイトソードで肩をポンポンと叩きながら言い放った。


「何使ってもいいからよ、あたしを本気で戦わせてくれよ……!」


 あの戦闘狂相手に5分か。当初の予定通り3分以内にケリをつければいいんだろうけど、2分余分があるとなると、ちょっと憂鬱だ。長引いたら、なんて考えてしまうからだ。そして多分、リーレ相手だと長引く。俺があっさりやられない限りは。


 俺とリーレがそれぞれペンダントを着用したのを確認し、審判員が手を挙げた。


「それでは――始め!」

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