第375話、四回戦、始まる
翌日、武術大会二日目の朝。俺は王都の中心、モーゲンロート城に向かった。
擬装魔法を自身にかけて、城内に侵入。教会や聖堂を思わす荘厳な内部。赤いカーペットが敷かれた室内、その天井は高く、柱もまた太い。
何人もの兵士や小間使いとすれ違いながら、俺が目指すは、アーリィー付き近衛隊隊長、オリビアのもとだ。
いつも凛とした表情で、堅物な女騎士であるオリビアであるが、だいぶお疲れの様子だった。おそらく、ほとんど寝ていないのだろう。昨日捕まえた不審グループの取調べのせいだろうな。
「おはよう、オリビア」
「わっ!? じ、ジン殿、びっくりしました。ここで何を?」
びっくりさせてしまったようだ。半分わざとだけどね。城の兵士だと思っていたら、俺でした、だからね。
「お仕事、ご苦労様。昨日の連中のこと、何かわかった?」
「……一応、近衛と軍の機密に該当する案件なのですが」
まことに堅物らしいオリビアの言葉。俺はとくに気分を害することなく言った。
「俺は信用ない?」
「……信用ないとか、そういうことではないのですが。……ジン殿の助勢にはいつも感謝しております」
生真面目な近衛隊長らしい言い分だった。小さくため息をついた赤毛の近衛隊長は、諦めたように言った。
「昨日の業者ですが、どうにもよくわかりません。王国側から闘技場の補修工事を頼んだ記録はなし。そして彼らも、何故あの場にいて、爆発物を設置しようとしたのかわからないと言っています」
「わからないと自供している?」
「何者かに言われた気がする、という証言もあります。しらばっくれている可能性もあって、手荒く聞き出してみたのですが、どうも彼らは本当のことを言っているようで」
「つまり、何者かに操られていた、と?」
「はい、その可能性が高いかと。回収した爆発物も、魔術師が魔力を込めないと爆発しない代物ですから、おそらくは」
魔術師が裏にいるのは予想がついているが、人を操る催眠系の魔法も使える奴だとすれば、かなり厄介だな。
「爆弾の仕掛けは、こちらで解除した。その魔術師がその事実を知れば、次の手に出てくるだろうな」
「次、ですか」
「国王陛下の暗殺を企む者がいる。一回失敗したくらいで諦めるとは思えない」
爆弾を仕掛けようとしたのが大帝国の暗殺者か、そうでないかはわからないが、前者が狙っているのは間違いない。
オリビアは頷いた。
「警戒は強化します。本当なら、陛下が狙われている時点で行動を自重していただくべきなのですが」
「王族が行事に出ないというのは体面が悪いからな。そうも言っていられないだろう」
「ええ、そのとおりです」
「オリビア隊長、敵は催眠魔法の使い手だ。警戒している兵士や近衛も、その標的となりうる。王族に近づく者は味方であっても操られている可能性がある。王室観覧席に荷物やプレゼント箱のようなものを入れさせるな」
「入室の際に、警備が確認しますが……」
「擬装魔法がかけられていたとして、見破れるのか?」
オリビアは押し黙る。
「よく考えてみてくれ。王室観覧席に本当に持ち込む必要のあるものなんて、そうないはずだ」
「確かに……そうですね。わかりました。全員に徹底させます!」
「うん、ん――?」
俺はそこで、はたとなる。オリビアが首を傾けた。
「どうされました?」
「いや、何だか俺があなたの上官みたいに言ったな、と思って」
自嘲する。俺は一応、ただの冒険者で魔術師。オリビアは近衛の隊長だ。
「いえ、私も自然とジン殿を上官のように見ていました」
オリビアは苦笑した。
「これまでもジン殿には助けられました。先代の隊長の頃から……」
「そうだな……」
「これまでの危機対処能力を見て、いっそ私の上官であったら、と思うこともしばしばあります」
「近衛隊隊長の責務、お察しする」
ほんと、近衛隊も、散々苦労してきたからな。戦死者も少なくない。彼女も俺のことをただの仕事仲間ではなく、戦友くらいには思ってくれているかもしれないな。
・ ・ ・
この日も闘技場には多くの観客が詰めかけた。
ベスト16が出揃い、昨日に比べて試合数は少ないが、勝ち上がってきた者同士のより白熱した戦いを皆が期待しているのだ。
三回戦で敗れたマルカスは、今日は応援だと言った。アクティス校から闘技場まで、昨日と同様、徒歩で移動。もはや試合のないマルカスは制服に帯剣とシンプルな格好だった。
「まあ、頑張れよ」
「期待に沿えるよう頑張る」
選手参加の俺と、一般客であるマルカスでは入り口が違うのでそこで別れる。
さて、本日の俺の装備だが、昨日と変わらない。だが見た目に変化があった。より正確に言えば、鉄色塗装の防具が、白になっているのだ。
これは昨夜、メイドのクロハが俺の鎧と兜などの汚れを落とすべく磨いたところ、あっさり塗装が落ちてしまったそうで、ホワイトオリハルコンの白い原色が露わとなったのだ。
昨日はどこにでもいそうな平凡騎士だったのに、白になっただけで、ワンランク上がったように見える。
三回戦までの活躍ぶりと相まって、ちょっと周囲から目立ってきている。サキリスやクロハは、前のより今の白いほう断然カッコいいなどと言っていた。……まあ、既に注目されているのだから、周囲を欺く必要などもうないからいいんだけど。
観客たちのボルテージが上がり、緊迫感が増す中、本日第一試合の俺は、そのまま闘技場中央の決闘場へと上がる。
対戦相手は
正直、頭が痛くなる相手ではあるが……えーと――
俺はバイザーで顔を隠していて表情が周囲には見えないのだが、兜の中では困惑していた。
審判員をはじめ、観客もざわざわと、先ほどまでの興奮とは別のざわめきが起こる。
決闘場に、あの異世界女子高生の姿はなかった。開始時刻になっても橿原はなく、その後15分待っても現れなかったのだ。
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