第374話、大会一日目のその後
やれやれ、こいつら黒かよ。
王室観覧席の地下にて補修工事をすると言って入った作業員たちは、角材やハンマーを手に、俺たちに向かってきた。
「ご主人様!」
サキリスが前に出た。メイド服の彼女、胸当てと肩当てが具現化し、衣装が戦闘形態に変化する。メイド服風SS装備だ。手にはシェイプシフター体を応用した黒い槍。
オリビア近衛隊長も剣を抜く。ちなみに俺は丸腰だ。
「こいつらは殺すな!」
俺は声を張り上げた。
「無力化して捕まえるんだ!」
どこの何者かを知る必要がある。帝国の派遣した暗殺者である『プロウラー』、『レネゲイト』か、それに関係している連中か、あるいはまったく別の連中なのか。前者だったらラッキーだが、見る限りは期待薄のようでもある。捕まえてみればわかることだが。
戦い、というか乱闘騒ぎはすぐに収まった。
筋肉質な労働者たちは力は強めなのだろうが、所詮は素人。現役騎士や、みっちり戦闘訓練を積んできた武装メイドの敵ではなかった。……俺? 俺はもう魔力のブロックを形成して捻ってやったよ。
自称、土木業者たちを全員、無力化し、その身柄は警備から近衛に引き渡された。オリビアは容疑者たちを締め上げ、連中の背後に何者かがいるのかを含めて調査すると言っていた。
業者らが地下で何をしていたのか。どうやら、魔石式の爆弾を設置しようとしていたようだった。
爆弾の構造は、起爆用の魔石が、魔石くずの詰まった箱の中の魔力を暴走させて爆発させるというものだった。一定の魔力周波に起爆用魔石が反応するようになっていて、遠隔操作が可能な代物だ。
俺が、魔石式爆弾の起爆石を引っこ抜いて爆発しないようにしている横で、サキリスが問うた。
「つまり、これを爆発させるには、魔術師が必要ということですか?」
「そういうことだな」
さっき捕まえた奴らに、魔法使いはいなかった。つまり、この爆弾を仕掛けた連中の仲間に魔術師がいて、そいつはここにはいなかった。
「大会で皆が試合に集中している間に、爆発させようという魂胆だったんだろうな」
こいつらの裏に、大帝国の刺客の気配がする。とりあえず、その一の矢は防げたが、遠隔操作で爆破しようとした魔術師はまだ捕まっていないわけで、二の矢、三の矢を放ってくるだろう。
俺はスフェラを見た。
「引き続き、警戒を頼む。またどこかに仕掛けをしようと企んでいるかもしれない」
「承知いたしました、主様」
姿形の杖の具現体であるスフェラは一礼すると、影に沈むようにしてこの場を去った。俺は爆弾をストレージに回収して、地下室を後にする。サキリスがついてきた。
「ご主人様、この後はどうなさいますか?」
「犯人グループはオリビアたち近衛が調査するとして、さしあたって今の俺にできることはないな。帰るか」
階段を登りながら、俺はメイドさんを一瞥する。明日も試合があるからな。
・ ・ ・
青獅子寮に戻り、一休み。アーリィーがいないと、彼女の身の回りの世話をする人員や近衛たちもいないので、ずいぶんと閑散としている。ここ数日のこととはいえ、まだ少し慣れない。
寮を使っているのが俺というのも何とも奇妙なものではある。本来は王室専用の寮なんだが。
人がいないと建物というのは傷むもので、最低限の管理の人間がいる。そんな人たちは、貴族でも何でもない俺のために、料理も含めて面倒を見てくれている。
まあ、こちらもクロハやサキリスがお返しやお手伝いをしているので、実は持ちつ持たれつだったりする。
夕食の後、約束どおり、サキリスが俺の身体をマッサージしてくれた。肩をぐりぐり、もみもみ……。とんとん、とリズムよく叩かれたり。いや、ほんと、お前上手いな。
ベッドに横たわり、背中をタンタンと、ぐりぐりと。筋肉がほぐれていくのを感じる。……お前、本当に貴族のお嬢様だったのか? 何気にスキル高くないかね。
特に性的なことはしていないのだが、サキリスが漏らす息が懸命さを感じさせて好ましく思う。こんなに尽くしてもらえるとは、幸せものだなぁ……。
さて、時間が少し早いが明日もあるし、休んでもいいのだが、ちょっとした作業をするべく、俺は工房へとこもる。
今回用意したのは、コバルト金属のインゴット、そして無数の小さな魔石。眼鏡型魔法具をかけて細々とした作業。製作するのは指輪とイヤリング、その魔法具だ。
コバルト金属を小分けにし、指輪状に成型。眼鏡の拡大機能で小さな指輪に、魔法文字を刻んでいく。……ああ、難しい。モノが小さすぎるせいだ。
余計に疲れてしまう気もするが、精神的な安定を図るひとつに趣味に手を出すという手もある。俺の場合、物作りだな。ひとりコツコツやる作業は、気持ちが落ち着く。
「ご主人様、ユナ教官が見えられていますが、いかが致しましょうか?」
「こんな時間に?」
眼鏡をかけ、指輪に魔法文字を刻みながら俺が言えば、サキリスは「お引取り願いましょうか?」と気を使ってくれた。
「いや、通していいよ」
俺が明日、大会で四回戦なのは彼女も知っているはずだから、この期に及んで面倒は持ってこないだろう。
ややして、ユナが工房へやってきた。
「こんばんは、お師匠。……何をやっているのですか?」
「通信機作り」
「通信機、ですか?」
「見るか?」
ウェントゥス基地に出入りしているユナは、機械文明時代の技術である通信機のことは知っている。
俺は、机の上のリングを一つ、彼女に放った。ユナはそれを何とかキャッチしたが、その大きすぎる胸がたぷんと揺れた。
「イヤリングに見えます」
「そうだな」
魔力を通すことで、同じ魔法具を持つ相手と交信できる魔法具だ。それ自体は、これまでもなかったわけではない。だが――
「こんな小さな交信用魔法具は初めてです。私がこれまで見た中ではメダルくらいのものが最小で、普通はもっと大きなものなのですが」
「アーリィーに持たせているシグナルリングの廉価版だよ。これは交信のみだけどね。よかったらあげるよ」
「よろしいのですか?」
俺が頷けば、ユナは「ありがとうございます」とお礼を言った。
「それで、用件はなんだ?」
「そうでした。本当は落ち着いてからにしたかったのですが……お師匠の今日の戦いぶりを見て、どうしてもお話がしたくて」
なるほど。俺は苦笑した。
「気になって眠れなくなったから、俺のところに来たのか。君らしいよ」
ふだん周囲のことに関心がないように振る舞っているが、興味のあることは、とことん突き詰めないと気がすまないタイプなのだ、彼女は。非常に魔法使いらしい性格といえる。俺の都合を考えて遠慮するつもりだったが、結局は我慢できなかったのだろう。
「付き合ってもいいけど、対価はもらうぞ」
「どうぞ。おっぱい触ってもいいです」
「……」
苦笑するしかなかった。
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