第380話、第二の刺客


 オリビアは、部下と共に王室観覧席の後ろ、その専用通路を警備していた。


 王室観覧席の出入り口には近衛騎士が番兵として二名。そして通路には、同じく兵士や近衛、ジャルジー公爵の配下の兵たちがいる。


 警備の者の目が幾つも絡み合って、ただ近づくだけでも困難だった。


 そこへ、一人の兵士が箱を持って近づいてきた。三十センチ四方の四角い箱――外からは中身を窺い知ることはできない。


 オリビアは前に出た。


「止まれ! それをどこへ持って行くつもりだ?」

「はっ! シュペア大臣閣下より、国王陛下へお荷物を届けるよう仰せつかっております!」


 その兵士は立ち止まり、背筋を伸ばした。オリビアは眉をひそめる。


「その中身は何だ?」

「存じません! 大臣閣下からは、陛下のご命令につき、開けずに運ぶようにと!」


 エマン王の命令――中身を開けずに運ぶべし。つまり、それを開封する、中身を検めるのは、国王の命令に背くことになる。命令無視で処罰モノである。……それが事実であるなら。


 何とも胡散臭い。中身を秘密にしたまま持って来させる、というのがなお怪しい。


 ジンからは、近衛や王国の兵といえど信用するなと言われた。敵は催眠魔法で人を操ることができるのだ。……見たところ、この兵は操られている様子もないが――


「待て、陛下に確認を取る」


 そもそも、そういう荷物があるなら、警備に予め通告しておくべきなのだ。それがなかったということは、この荷物は何かしらの虚偽が含まれている可能性が大。王が本当にそのような命令を発したというなら、届いたと報告すれば王自身が認めるし、心当たりがなければ検めればいいのだ。


 オリビアの言葉に、兵士は渋い顔をした。……確認されたら困るのか、うん? ますます怪しい。


 その時だった。


「待て、その者、擬装魔法を使っているぞ!」


 鋭い女の声。ジャルジー公爵の配下、イルネスだ。緑のベレー帽を被った戦士風の魔術師の警告に、近衛たちはギョッとする。擬装を指摘された兵士は舌打ちした。


「取り押さえろ!」


 オリビアが叫ぶと同時に、番兵を務めていた近衛騎士ふたりが剣を抜くより早く、兵士に飛び掛り、押し倒した。近くにいた兵たちも次々に駆けつける。


 かくて、不審な荷物を持ってきた兵士はその場で取り押さえられたのだった。



  ・  ・  ・



 擬装魔法を解除させられたその兵は、王国軍の兵ではなく、軽戦士だった。どこかの傭兵か冒険者、はたまた殺し屋か。


 例の大帝国のプロウラーかレネゲイトか……まさかな。俺は、オリビア近衛隊長から、魔力通信リングを通しての念話を聞く。


『――それで箱の中身なのですが、昨日業者が運び込んだ爆発物と同じものが入っておりました。どうやら王室観覧席に持ち込んで、そのまま爆発させるつもりだったようです』


 ……うん?


『ジン殿のおっしゃる通りでした。敵は箱に擬装して爆発物を持ち込むなど……』


 昨日の土木業者と同じ手口か。ただ今回は擬装魔法を使うことで外見を変えさせたが……。何だろう。違和感が拭えない。こんなあっさり看破されるような者なのか、大帝国の暗殺者というのは――?


『おーい、ジン』


 魔力念話に、ベルさんの声がした。黒猫は王室観覧席で、アーリィーたちと一緒にいる。


『何やら外が騒がしいけど、何かあったか?』

『昨日に引き続いて暗殺者の刺客がな。オリビアらが取り押さえた。そっちは何か異常は?』

『いんや、特に――ん?』


 ベルさんが何かに気づいたような声を出した。


『気のせいかな、防御魔法が薄くなったような……。交代の時間だったか?』


 王室観覧席の防御魔法……。王室観覧席には、常時二名の魔術師が防御魔法を張っている。それがある限り、遠距離からの魔法は無効化って、さっきフィンさんが言っていたような。


 嫌な感じだ。裏で騒ぎになっているのに、のんびり交代って、タイミングおかしいだろう? それとも一人捕まえたから、もう攻撃はない……とでも――


 俺はハッとする。ひょっとして、あっさり捕まったのは陽動ではないか。


『全員へ。王室観覧席への攻撃の可能性大! 警戒しろ! ……オリビア! いま防御魔法を担当している魔術師を確認しろ! 大至急だ!』

『え……!? は、はいっ』

『リアナ! いるな!?』


 闘技場の一番高い位置に陣取り監視しているはずの異世界の女兵士に呼びかける。 


『防御魔法が弱まっている。狙撃手に注意!』


 そうとも、王室観覧席は防御魔法で守られている。ではその防御魔法がなくなれば、ロングボウなどの長射程武器で狙えなくはないのだ。


『こちらセイバー3』


 リアナからの魔力通信。


『不審者をマーク。王室観覧席から決闘場の向こう、反対側の通路』


 反対側――俺は、待機所から観客席へと注意を払う。


『黒いフード付きの魔術師、それとエルフの女性。さっきから試合ではなく王室観覧席を注視している』


 王室観覧席ばかり見ているとな。胸騒ぎがする。俺は遠視の魔法を使いつつ、観覧席を見上げた。


 いた! リアナが言ったとおりに、黒ローブに、エルフ女の組み合わせ。


 ドクリ、と、俺の心臓が跳ねた。


「ヴィスタっ!」


 絹のような金色の長い髪、澄んだ水面のような青い瞳を持つ美女エルフ。若草色の軽鎧をまとう魔法弓使い。何度か一緒に依頼をこなした仲間。古代竜討伐でも一緒だった女性だ。


 その、『星降らす乙女』の異名を持つAランク冒険者ヴィスタが、すっと左手を持ち上げた。


 弓を構える仕草。だがそこに弓らしきものは見えない。……いや見えないだけで、そこにあるはずだ。擬装魔法の類で隠していれば。


『リアナ、そのエルフが射撃体勢に入っている! 彼女を殺さないように、狙撃できるか!?』


 彼女の隣にいるのが、例のリンネガードの可能性が高い。おそらく、橿原を狙撃したのはヴィスタだ。だが何の理由もなく撃つとは考え難いから、催眠魔法で操られていると考えるべきだ。そう考えれば、橿原の件も含めて辻褄があう。


『了解』


 リアナは機械的に答えた。急な無茶振りに対応するのは、さすがプロ。


『ジン殿、大変です! 防御魔術師が――』


 オリビア隊長の慌てた念話。


『おいおい、防御魔法が切れたぞ』


 ベルさんの声が重なった。ほぼ同時に喋られても困るっての――


 射撃の構えをとるエルフの魔法弓使い。そこに魔力の発光が現象が起こる。魔法弓、その集積した魔力を放つ寸前の状態だ。彼女が魔力を込めた弦を離せば、魔法弾が放たれ、防御魔法の切れている王室観覧席を直撃するだろう。


 ヴィスタの腕なら、観覧席のエマン王の脳天を撃ち抜くことなど造作もない……。


 魔力の発光に周囲の客たちが異変に気づく。だが弓が見えないために、何が起こったか理解できていない。仮に観客たちが事実に気づき、動き出したとしてももはや手遅れだった。

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