第371話、エルフ女とドワーフ男


「あの! ジン・トキトモさん、貴方にお伺いしたいことがありまして」


 息を切らしながらやってきたのはエルフの女性。二十歳程度に見えるが、エルフの年齢を外見から計るのは難しい。


 長い金髪は絹の様になめらかで、その白い肌に尖った耳、整った顔立ちはまさにエルフ美人と言える。緑色の服に土色のエプロン――こちらは汚れが少々目立つが、職人系の仕事をしているのだろう。


 さて、俺に何の用だろう。今しがた倒したマッドハンターのセコンド――彼の装備のメンテをしていたエルフだ。ああ、そしてもうひとり、ドワーフのほうも追いついてきた。髭もじゃに岩のような肌を持った横に広い小男である。


「失礼ながら、お顔を拝見させていただきたいのですが……」

「何故?」


 バイザーが顔を隠す格好であるが、何やら嫌な予感がする。……このエルフ、ひょっとして以前、どこかで会ったかな? ジン・アミウール時代に、エルフの里に行ったことがある俺である。


「ジン・トキトモ! わしはノーク、武器職人をしております」


 追いついたドワーフがぜぇぜぇ言いながら名乗った。


「失礼ですが、その銃を見せていただいても、よろしいでしょうか?」


 武器職人――なるほど、マッドハンターの装備武器を作ったドワーフか。自身が作ったハンドガンに類似した魔石拳銃サンダーバレットに深く関心を抱いたのだろう。


 見せたら、マッドハンターの武器や装備について答えてくれるだろうか。どうにも未来チックな印象が隠せない装備をまとう彼のこと。……例えば、異世界人なんじゃないかってこととか。


「俺の質問に答えてくれるなら、いいですよ」

「わかりました」


 ノークと名乗ったドワーフが頷いたが、視線は俺の盾に向けられている。早く銃が見たいのだろうか。俺がサンダーバレットを渡すと、それをしげしげと眺める。


 夢中になっているドワーフをよそに、エルフ女が名乗った。


「申し遅れました。わたしはガエア。ロムの森出身の武具職人です」

「どうも」


 向こうは俺を知っているので名乗らなくてもいいか。


「それでですね。ジンさん、貴方は――」

「ジン殿! これは、いったいどこで手に入れられた!?」


 ガエアの言葉を遮り、ノークが叫んだ。目を見開いて驚きを露わにするドワーフに、エルフ女は眉をひそめる。


「この馬鹿ドワーフ! いまわたしが話して――」

「ジン殿!」

「あー、俺が作ったものだよ」


 他所で手に入れた、と言ったら今度はどこで、としつこく追及されそうなのでそう答えた。正直言ってこのドワーフ、少々暑苦しい。


「つ、作ったぁー! おお……おおっ!」


 ノークは魔石拳銃を持った手をわなわなと震えさせながら、その場で膝をついた。


「このような場所でお会いできるとは……ジン・アミウール様ぁ!」

「!?」

「え――」


 ガエアがビクリと肩を震わせ、近くで見守っていたサキリスがキョトンとしてしまう。


「ノーク」


 俺はとっさに、彼の口に指を向け、沈黙の魔法をかけた。


「……何の話かなぁ? 誰だって?」


 バイザーで顔を隠していたのは幸か不幸か。果たして今俺がどんな顔をしているのか、俺自身もよくわかっていない。


 周りで歓声が上がったが、それは次の試合が始まった影響で、俺たちを見ている者は皆無だった。


 ノークはなおも何か言っているが、沈黙状態なので声は伝わらない。隣でガエアもその場で膝をつく。


「ああ、やっぱり! ジン・アミウール様だったのですね! お会いできてまことに――」

「いったい誰だって? んん?」


 あんたもか。沈黙をかけることで黙らせる。畜生、俺はこの二人に会った記憶はないが、俺のことをご存知だったようだ。まったく、もう。


「凄く大事なお話のようだから、向こうでお話しようか……ね?」



  ・  ・  ・



 待機所の奥、休憩所の選手食堂のさらに隅っこのテーブル席に俺たちはいた。


 俺たちと言うのは、俺とマッドハンター、エルフのガエア、ドワーフのノークの四人である。サキリスには席を外してもらっている。


 周囲への配慮として、沈黙魔法を応用した音の遮断空間を形成している。……何せ会話内容が、俺の過去にまつわることになりそうだからな。他の参加者でざわついているので、ここだけ静かでも別にどうということはない。


「――なるほど、するとあなたも別世界からの転移者だったわけだ」

「そうなるな」


 マッドハンターと名乗る男は頷いた。


 外見からすると、三十あたり。しかし実際の歳について、本人はいつからか数えるのを止めたらしい。殺伐としているなぁ……。


 短めに刈った黒髪、うつろな灰色の瞳、がっちりした顎。すらりとしながらも、その着衣の下は鍛えられた肉体。年齢だけでは推し量れない、近寄りがたさを発している。


 彼が言うには、ロボット兵器が存在する世界で傭兵をしていたらしい。彼はそのロボット兵器の操縦者であり、この世界で身に着けている甲冑のデザインは、その機体を模していたと言う。


 なるほどね。近未来臭がすると思ったら、そういう世界から来たからか。


 結果的に現在も傭兵をしている、と。


 それで――俺は、エルフとドワーフのコンビに視線を向ける。


「俺がジン・アミウールだって? その根拠は?」

「サンダーバレットですよ、ジン殿」


 ノークは、俺のホワイトオリハルコンの盾をしげしげと確かめながら言った。


「以前、マッドと同じように異世界から来たと言う小娘に会いましてな。魔石拳銃を見せてもらったわけです。製作者はジン・アミウール。当時、噂になっていた英雄魔術師。あなたの持っているそれは、その小娘が持っていたものと酷似している」


 異世界から来た小娘。はて、何だか心当たりがあるぞ。俺がサンダーバレットを渡して、彼女用にチューニングした。つまりは――


『リアナ、聞こえるか?』


 魔力念話で呼びかければ、すぐに返事が来た。


『こちらセイバー3』

『ちょっと雑談なんだが、ノークってドワーフを知っているか?』

『知ってる』


 即答だった。わかった、ありがとうと、念話でお礼を言った後、俺はノークを見た。


「リアナにライフル作ったドワーフって、あんただったのか」

「あの小娘を知ってるので?」


 ノークが、眺めていた盾から俺へと視線を向けた。


「一応な。ちなみにこの会場に彼女は来ているぞ」


 俺が言えば、何故かノークは周囲をきょろきょろと見回す。そわそわしているようにも見える。苦手意識でも刷り込まれてしまったかのように。


「それで、ガエアさんは?」

「エアブーツと、あと多様な魔法を扱いこなすところでしょうか」


 エルフ美女は小首をかしげた。


「確証はないのですが、エアブーツについては、伝え聞いた話からエルフでも製作しておりまして。そのオリジナルモデルを持っているのはジン様だけかと」

「最近じゃ、王都でもエアブーツを販売しているぞ?」

「そのようですね。わたしも販売品を見たのですが、ジン様が履いているそれは、それらより明らかに質が上です」


 あとは――と言いながら、隣のドワーフを睨む。


「このノークが、貴方様をジン・アミウールだと言ったので」


 なるほどねー。


「それで、俺がそのジン・アミウールだとして、君らは何を望むのかな?」

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