第370話、狂える狩人とオリハルコンの騎士
スモークの魔法でばら撒いた煙が、決闘場を覆う。
さて、向こうの視界を奪ったが、こちらもまた黒煙の中だ。派手に動き回って、決闘場から出てしまって減点も虚しいから、相手もほどんど動いて――
風が吹いた。煙が急速に流れていく。こんな時に突風が吹いたのか? なんと間が悪い……と思っていたら、マッドハンターが脚部のスリットから風を噴射し、それで煙を吹き飛ばしていた。あらま、煙による視界不良も対策済みなのかよ。
マルチメイス、射撃モードで電撃弾発射。だがマッドハンターもハンドガンを撃っていた。空中ですれ違った電撃弾。俺の一撃は奴の左肩に、敵の一撃は、俺の右手に当たってメイスを手から吹き飛ばした。……野郎!
マッドハンターはハンドガン二丁を乱れ撃つ。俺は盾を前に出して防ぎながら右方向へのスライド移動。盾の裏に仕込んだ魔石拳銃サンダーバレットを取ると、反撃の射撃。
射撃武器があると思っていなかったのだろう。マッドハンターは回避もせず、魔石拳銃の電撃弾を受けて、右のハンドガンを砕かれる。
『銃、だと……!?』
マッドハンターが驚きの声を上げつつ、回避運動を取る。さすがに二、三発と続けて被弾はしない。左手のハンドガンを撃って俺を牽制する。
お互いに動いての射撃戦。逸れた弾が闘技場まわり、待機所の壁に当たり、そのたびにギャラリーが声を上げる。正直言うと、これあかんやつだ。俺は客席までは届かないように調整しているが、位置によっては待機所には行くんだよな……。
クソッタレめ。
俺は盾の影から魔石拳銃で射撃しながら距離を詰める。マッドハンターも左手のハンドガンで応戦しながら突っ込んでくる。腰部に右手を当て、斧状の武器を手に取る。その刃が熱を帯びる。
ファイアエンチャントでも使ったのか。ヒートホークってか?
と、マッドハンターの背部、右側の筒が反転して右肩上方に現れる。戦車砲だかレーザーキャノンだかに見えるソレ……ああ、マジか。先端に穴が開いてて、まんま砲口じゃないか。ご丁寧に青紫に発光してやがる! ざっけんな!
瞬時に回避。その刹那、光の弾が放たれた。さながら魔法キャノンとでもいうのか。雷を思わす一撃が、俺が先ほどまでいた場所を裂いた。これまでの奴の武装で明らかに最大火力。決闘場の床に命中したそれは対魔法の膜でも貼ってあったのか、派手に弾けた。
好き勝手やってくれちゃって、まあ。
お互いに円を描くように決闘場を駆ける。そろそろ時間もヤバイ。時間切れで判定になったら、いまどっちが優勢なんだ? 分からない時は不利と思っておくべし!
再度、突撃をかける。が、もう正面から一騎打ちなんて洒落込まない。大気中の魔力を操作。見えないブロック状として、そいつをマッドハンターの足元にぶつけてやる。
予期せぬ衝撃に、奴の体勢が崩れかかる。何とか踏み止まったのはお見事。だがそちらに気をとられている隙に、俺は再び魔力ブロックを、奴の左手のハンドガンにぶつけてやる。
もぎ取られるハンドガン。そして接近する俺に、マッドハンターは右手のヒートホークを振りかぶる。ようやく近接戦を挑む気になったか? だが残念。三つ目の魔力ブロック、それを奴の騎士兜デザインの頭部に衝突させた。
思いがけない頭部への強打。同時に四つ目の魔力ブロックをマッドハンターの踵に当てたことで、完全にバランスを失い、転倒させる。
背中からひっくり返ったマッドハンター。その図体ではすぐに起きられまい! 俺はマッドハンターの傍につくと、魔石拳銃サンダーバレットを連射した。起き上がろうと両手を床につけていたマッドハンターは、胴への攻撃を防ぐための反応が遅れた。
下げている守りのペンダントが、電撃弾を喰らうごとに色を変える。黄、オレンジ、赤、そして――
赤点滅。
俺は銃口を上げた。これ以上、撃つのはさすがにペンダントの魔力が切れて、マジで危ない。審判が駆け寄り、守りのペンダントの限界を確認した。
「勝者、ジン!」
審判の宣言が響き、一瞬静まっていた観客席から割れんばかりの声援が巻き起こった。
まったく……。俺は溜めていた息を吐くと、魔石拳銃を盾にしまった。
・ ・ ・
反応はそれぞれだった。観客たちは、目の前で繰り広げられた高速機動による射撃戦という一風変わった死闘に驚き、興奮したように意見を交わしている。
王室観覧席のアーリィーは「凄いよ、ジン!」と感極まった様子だったが、隣のジャルジーは「あんな戦いがあるのか……」と肝を潰していた。エマン王もまた絶句している。
ジャルジーは、アーリィーを見た。
「魔法銃を持つ者同士がぶつかるとああなるのか?」
「いやー、ちょっと次元が違うよね」
アーリィーは苦笑するしかない。魔法銃ならウェントゥス基地のシェイプシフター兵たちの標準装備だし、アーリィーもカスタム魔法銃を持っている。
「銃はともかく、あの動きはまたそれとは別だよ」
一回戦の時から、その異様なスタイルで目を引いていたマッドハンター。魔法銃については、その時にジャルジーから質問されて答えたが。
「あの図体で、あそこまで機敏に動けるのは、素直に凄いと思うよ」
あれで鎧である。魔人機の操縦とはまた全然異なるものだ。うむ、とジャルジーは黙り込んでいたが、唐突に立ち上がった。
「決めた。ちょっと行ってくる!」
どこへ?――そう聞く前に、ジャルジーは退席する。近くで寝そべっている黒猫――ベルと、アーリィーは顔を見合わせる。
一方その頃、観客席にいた冒険者ギルドのヴォードもまた、開いた口が塞がらなかった。
「あんな巨体でできる動きなのか?」
「……」
ラスィアとユナは答えなかった。
「武器のことはわかる。アーリィー殿下も使われていた魔法銃だろう。しかし、あの鎧は……魔法の鎧なのか!?」
「どうでしょうね」
ユナは、さほど驚かない。魔人機と比べれば、全然小さい。さらに人が操縦できるゴーレムより小ぶりである。
だが興味深かった。脚部にエアブーツと同様の機能。背中の箱型武装に、細長い筒状の魔砲。
お師匠なら、あれと同じものも作れるだろうな――と、ユナは思った。ディーシーやディアマンテとかいう機械文明の精霊も。
マッドハンターは試合で目立っていたが、それに応戦したジンが使っていたことで、魔法銃という武器の注目度がかなり上がったことだろう。王族や諸侯も興味津々ではないだろうか。
ユナは視線を師と仰ぐジンへと向ける。決闘場を下りる田舎騎士風の見た目の彼は、メイド服のサキリスに迎えられ――
と、そこへ決闘場を迂回して、二人に急接近する人影が二つ。背の高い女と、チビの髭男――エルフとドワーフだ。
種族的に不仲とされる組み合わせだが、何故かジンのもとへと駆けてくる。背の高いエルフ女が先にジンのもとにつき、何やら話しかけている。
「何だ……?」
ヴォードが首を傾げ、ユナも「さあ?」と応えるしかなかった。ただ、その会話内容が気になるのは言うまでもないことだった。
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