第372話、スカウト
エルフのガエア、ドワーフのノークに何を望むのかと聞いたら、二人は矢継ぎ早に言った。
「ぜひ、わたしの製作した魔法甲冑を見て、ご助言を賜りたいです!」
「魔石銃や魔法武具の秘伝をぜひ、ご教示いただきたく!」
「ちなみに、貴方様の装備されている品、ただの鉄装備じゃありませんね!? それもどうなっているか拝見させてください!」
「オリハルコンじゃ、そんなこともわからんのか駄目エルフめ! ジン殿、武器を見せていただけませんか? あの剣、どのような魔法文字が刻まれて――」
「馬鹿ドワーフ! ただのオリハルコンじゃないわよ。あんたの目は節穴!? ……そうよ、魔法文字! ぜひそちらもご指導くださいませ!」
互いに牽制するように罵詈が混じっているようだが、教えて欲しいのは本当のようだった。
俺は、隣で涼しい顔でお茶をすすっているマッドを見た。
「いつもこうなのか?」
「技術のこととなるとな。この世界にない装備や武器の話を色々と聞かれた」
それはそれで同情する。職人は興味を持つと、とことんって人種が多いからな。
しかし、ノークは魔石銃やキャノンを製作できるスキルがあるから、俺が教えなくてももう充分この世界最先端の武器を作れるだろう。
ガエアにしても、あのメカニカルな意匠の鎧を製作し、エアブーツ機能も持たせているのだから、すでにミリタリーチートに片足を突っ込んでると思う。
「いいえ、わたしめの技術など、アミウール師匠には及びません! より研鑽、より洗練が必要なのです!」
何気に師匠呼ばわりされたぞ。
「そうですとも! これはジン殿の技術ですぞ! 我らの技術など、石ころも同然。これを磨き上げなければ意味がありません!」
……俺はいま、バイザーで表情を隠していて、よかったと心の底から思っている。
褒められているのは間違いない。だが、だからといってホイホイと、その技を教えていいものかどうか大いに悩んでいる。
現状でも、すでにチートに近い。マッドが着ていた魔法甲冑と言ったか、少なくとも、武術大会でその活躍を見せたことで、見物に来ていた有力者たちの目にとまったのは間違いない。
中には魔法甲冑を手に入れたいと思う者もいただろう。仮にあれが軍に採用され量産されたら? 魔石銃もとい魔法銃やそれに伴う火器、武装が搭載されて……。
大帝国は魔人機や機械兵器を有している。耳の早い連中は噂を聞いて、より魔法甲冑に注目しているんじゃないかな。俺たちも魔人機や航空機、戦車を作っているが、それらがなかったら、おそらくこの魔法甲冑逃さなかっただろう。
先日、ジャルジーに魔法装甲車や機関銃を欲しいと言われたが、ああいうことが、ガエアとノークの身にも起こるだろう。
そうなると……今は安穏としているこの二人も、ちょっと危ない目に合う可能性があるということか。
「何から何まで教えるつもりはない。自分で悩み、考えることも必要だ」
そう、あからさまにがっかりしないで欲しい。視線が下がる二人を見て俺は思う。
「ある程度の技を教えてもいいが……。その前に考えて欲しいことがある。君らが得た技術がこの世界に何をもたらすかを」
はい、俺、今ブーメラン投げてます。マッドはそれに気づいているのか、微妙な表情を浮かべたが、エルフとドワーフは真面目な顔になった。
「この世界に――」
「何を、もたらすか……?」
「正直に言うと、君ら、これから物凄く忙しくなると思う……」
ふと俺の視界の中に、食堂にいる連中の視線が一点に移るのが見えた。その先にいたのは、いややってきたのはジャルジー公爵だった。……さっそく来たか。
「……あと、ジン・アミウールは引退した。死んだことになっているから、その名前で二度と俺を呼ぶな」
そう釘を刺した後、遮音の魔法を解除する。周囲のざわめきが聞こえて、ガエアとノークが辺りを見れば、堂々とこちらへとやってくるジャルジーとその配下に気づいた。
「ジン。……それとマッドハンター。貴様たちの戦い、見事であった!」
武闘派で知られるジャルジーが称賛の言葉を口にすれば、まわりの選手たちも羨望のまなざしを寄越す。
「それで、そこの二人……貴様たちが、あのマッドハンターの鎧と武器を整備する者たちか?」
「は、はい、公爵さま」
慌てて二人が席を立つと、その場に跪いた。俺は座ったままだったが、隣でマッドが小突いてきた。視線が『俺もそうするべきか?』と聞いてきたので、首を横に振っておく。俺がいるから、無礼だ云々と公爵が言って来ることはないよ。
「貴様たちの仕立てた武具、見事なものだった。その技術、我が下でぜひ活用してもらいたい!」
はい、早速スカウトされてるぞ。手が早いなぁ、公爵殿は。ガエアとノークは「光栄です!」と声を揃えた。
しかし――とガエアが難しい顔をすれば、ノークもまた小首をかしげる。その態度に、ジャルジーは腰に手をあて仁王立ちのまま聞いた。
「何だ? 申してみよ」
「はい、わたしはエルフ。ノークはドワーフでございます。人間とは種族が異なりますが、よろしいのでしょうか?」
種族が違うことを指摘すれば、ジャルジーは鼻で笑った。
「そんなことか。オレは種族で差別はせん。優秀な人材は種族、年齢、性別は一切問わん」
もとより、ヴェリラルド王国は他の種族にも比較的寛容な国だ。どうやら次の国王となられる公爵殿も、その思想を受け継いでいるようだ。種族差別で混沌としている国とか、普通にあるからなぁ……。大帝国とか。
とりあえず、二人とも採用おめでとう……でいいのかな。本当にめでたいのかは、正直疑問だが、少なくとも公爵が唾をつけたことで、他の貴族が二人を取り合ってごたつく可能性は低くなったかもしれない。
うむ、と頷いて、食堂を去ろうとするジャルジーと護衛たち。が、ふと公爵は足を止めて、俺を見た。
「三回戦、オレの想像以上だった。勝ち進めよ、ジン。オレは貴様の優勝に賭けたからな!」
そう言い残し、ジャルジーは立ち去った。周囲は、俺と公爵の後ろ姿を見やり、ざわつく。
これは……激励なのだろうか?
俺は小さく唸った。優勝に賭けたとかいうのは、まあわからない話ではない。大方、参加者とは別に、外で誰が優勝するかお金でも賭けているのだろう。
別にお前のために戦ってるんじゃないんだがね。改めて言うまでもないが、俺が、本当は出たくもない武術大会に出ているのは、アーリィーのためだ。
あ、いや、俺のためでもあるか。アーリィーの自由のため、それすなわち俺自身の将来にも直結する話でもあるわけだ。
少なくとも、有力者というだけで好きでもない、それどころかよく知らない相手と結婚させられるなんてお姫様や貴族の娘にありがちな未来を、彼女は望んでいないから。
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