第365話、激闘一回戦
一回戦は続く。俺が観戦する中、異世界転移者である、
対戦相手は高さ3メートルにも達する巨人系の戦士。亜人や獣人もオーケーだが、これはまた……。
すさまじく筋肉質なその身体を、ご丁寧に露出し、周囲に見せ付ける。プロレスラーじみた姿をしているが、俺たちのいた世界のそれに比べたら、迫力が数段上である。
というか、普通に殴り合いになったら、この巨人系戦士の圧勝じゃないかと思う。対戦相手がか弱い女の子とあれば、なおのことだ。
巨人系戦士――ロプスという名の男はたくましい力瘤を作り、ポーズをとる。
「ぶはははっ、オレ様の相手がこんな小娘とは! 運がなかったなぁ、降参するなら今のうちだぞ?」
「ご丁寧にありがとうございます」
黒髪清楚な女子高生は、ぺこりとお辞儀をした。虫も殺さないような顔でにこにこしている。
「ですがご心配はご無用です」
「まあよい。貴様は得物を持っていないようだが……」
ロプスが言えば、橿原は腕にエメラルド色に輝く手甲を具現化させた。
「格闘士か。ならば一撃を我が身体に打ち込むハンデをくれてやろう!」
「え、いいんですか?」
目を丸くする橿原。ロプスは豪胆に笑い飛ばした。
「ぶははっ、オレ様の鍛え抜かれた鋼の肉体を拳で打ち抜くことなどできぬからな!」
ハンデ以前に見下していたようだった。そうですか、と橿原は笑みを深めた。……うん、相手を侮り過ぎだな、この巨人くんは。
審判が手を挙げ、『始め!』と宣言した。橿原は正面からすたすたと巨人に歩み寄ると、右手に魔力を集中させた。ロプスは言葉どおり、胸を張って一撃を受けるつもりか構えることさえしなかった。
突き出された拳は、見えない一撃となってロプスの胸部を直撃し、その身体を吹き飛ばした。巨体が浮かび上がり、決闘場から落ちる。
しん、と闘技場の観客たちが静まりかえった。ありえない光景に皆が驚き、何が起きたのかとっさに理解できず、絶句したのだ。
だが、観客たちは思い出す。これは何でもありの武術大会。魔法ありの戦いは、しばし年齢や性別、外見を裏切ることもあるということを。
わっ、と歓声が沸き起こった。
『すげぇ、あのネエちゃん、巨人を吹っ飛ばしやがった!』
『ありえねえ! いったい何なんだあの技はよぉ!?」』
審判が、橿原の勝利を宣言する。ロプスの守りのペンダントが赤点滅になっているのを確認したのだ。
衝撃から立ち直った巨人系戦士が審判に食って掛かるが、明らかに油断したロプスの落ち度なので当然、却下された。鋼の身体が――などと聞こえるが、トラック弾き飛ばしガールである橿原相手には通用しなかった。
うん、順当に勝ち上がっていくと、彼女と当たるかもなんだよなぁ……。出来れば戦いたくないね、と俺はバイザーの奥で呟いた。
・ ・ ・
試合観戦を続ける俺は、その後も何人かの知り合いの試合を観た。
例えば、Aランク冒険者の刀使い、ナギ。エンシェントドラゴン討伐の際に、一緒した冒険者のひとり。瀕死のところを、エルフの秘薬で手当てしたこともあった。
和風美人の彼女は、その古代竜の牙を削り出して作られた長刀を手に、対戦相手の騎士を切り伏せていた。……えーと、彼女の次の相手は橿原だけど、どうなることやら。
異世界から召喚された眼帯の魔獣剣士ことリーレは、エルフの魔法剣士との対戦だった。盾を持たないリーレだったが、放たれた魔法をかわし、剣で弾き、一撃で吹っ飛ばしていた。……こいつも怪力なんだよなぁ。
古代竜退治に同行した冒険者クローガも、危なげなく初戦を突破したが、気の毒なことに彼の次の対戦相手はリーレのようだ。……三分もったら大したものだな、と思う。
どっちに賭けるかと言われたら、俺は問答無用でリーレにいれるね。クローガには悪いけどさ。
さて、我らが友人、マルカス君はドワーフの戦士と激闘を繰り広げていた。相手の打撃を盾で受け止め、ハンマーで殴る。激しく武器で殴りあい、お互いに守りのペンダントの防御を減らしながら、最後はマルカスが押し切った。
帰ってきたマルカスに「初戦突破おめでとう」と俺は声をかけた。
一回戦で、およそ半分が消える。知り合いが何人勝ちあがり、何人が早々に消えるのか。まあ、ほぼ残りそうな奴もいるんだけど。
他の残るかわからない連中の試合を観て、疲れるのも馬鹿らしいので、俺は、お疲れモードのマルカスと休憩をとることにした。サキリスにも声をかけたら、目ぼしい選手の試合を観ておきます、と言って待機所に残った。……働き者だな、うん。
休憩所の奥には、選手専用食堂がある。あまり豪華なものはないが、大衆食堂じみていて、時間に余裕のある選手らが食事や軽食をとっていた。
俺は人が見ていないのをいいことに、兜をとって擬装魔法を使うことで、格好を魔術師のそれに変えた。
すると、俺を見かけたのか、リーレと橿原がこちらへやってきた。彼女たちもランチのようだった。
マルカスは初対面だったな。歳が近いように見えるリーレと、明らかに同世代の橿原に緊張しているようだった。……こいつ、女に対する耐性があまりないのかもしれんな。
「そういえば、お前らは何で大会に出てるんだ?」
例の大帝国の北方侵攻軍をボコして以来、あまり会っていなかったのでここぞとばかりに聞いてみる。
「んなもん、暇つぶしだよ、暇つぶし」
リーレが鳥の串焼きにかじりつきながら言った。え、ひつまぶし?
「強い奴が集まるってんなら、腕試しもいいなってさ。まー、賞金もついでに狙ってみようって魂胆もあるけど」
「橿原は?」
「一対一の真剣勝負。最近、そういうの機会がなかったので、せっかくなので」
にこやかに女子高生は答えた。周囲の参加選手らが、ちらちらと彼女を見ている。この娘笑ってるけど、巨人を拳ひとつでふっ飛ばしちゃう奴なんだぜ……。
「そういうお前は何でいるんだよ?」
リーレが問うた。
「お前、こういうの出たがらない性質たちだよな?」
「まあ、何と言うか、ちょっとした約束がな……」
アーリィーのお父様から優勝しろと言われたなど、言えるはずもなかった。歯切れの悪い俺だったが、リーレは容赦なかった。
「……女か?」
マルカスが隣で俺を見た。そんな驚いた顔をするなよ。
「想像に任せるよ」
「お前も大変だな」
まるで察したようにリーレは言うのだった。少な過ぎる情報から、おそらく彼女は正解を探り当てている。男勝りで、少々がさつっぽく見えるが、かなり頭のいい女である。
橿原は、リーレの隣で首をかしげている。別に彼女も頭が悪いわけでない。ただリーレが察し過ぎるだけである。
ともあれ、しばらくして一回戦が終了し、続いて二回戦が始まろうとしていた。
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