第364話、一回戦、突破


 俺は三回ほど、ヴィレさんを場外に叩き出し、時間切れからの判定勝ちに持ち込んだ。主審のほか、補助審判らも目の前で減点3のヴィレさんを勝たせるなんて誤審もなく、俺は一回戦を突破した。


 周囲には魔法騎士生が、頑張って判定勝ちを拾ったように見えただろうか。個人的に満足して決闘場から下りると、サキリスが微妙な表情をしていた。


「あれでよろしかったのですか……?」

「本気を出すのは次からでいいだろう」


 そう答えれば、サキリスは途端に笑みを浮かべた。そういうことですか、とどうやら理解してくれたようである。


 さて、いかに各試合が三分で終わるとはいえ、決闘場に上がったり下がったりで同じくらい時間がかかり、さらに一回戦がひと回りするまで試合を同時進行させても三時間以上かかる。


 しばらく離れてもいいが、対戦が比較的近い連中の試合は偵察を兼ねてみておくべきだと思うので、待機所に残った。魔法対策で1メートルほどの高さの壁に囲われた、立ち見席みたいなもので、お世辞にも休憩スペースとは言い難いが。


 真面目なマルカスが、やはり他参加者の試合を見るために俺のところまでやってきた。


「一回戦おめでとう、ジン」

「ありがとう」

「ヴォードさんが、あんたを呼んでるぞ」


 くい、と親指をそちらに向けるマルカス。視線をたどれば、俺のほうを見ているギルマスのヴォード氏とラスィアさん、そして俺の弟子であるユナが観客席最前列に並んでいた。


「……無視してもいいか?」

「来ない場合は連れて来いとも言われている」


 マルカスは他人事のように言った。俺はあからさまにため息をつく。


「あまり目立ちたくないんだがな」

「どうせ、次は優勝候補と戦うんだろう?」


 放っておいても目立つぞ、と暗に言われた。そりゃそうなんだけどさ。


「だからさ。聖騎士殿を倒すまでは無名のままでいたいわけだ」

「難儀なことだな、それは」

「これでも本気で優勝を狙っているんでね」


 大人げないと言われようともね。俺の言葉に、マルカスは薄ら笑いを浮かべた。


「いっそ、姿を変えて会いに行ったらどうだ? あんた、できるんだろう?」


 擬装魔法を使えば。確かに、もっともらしくはあるが……人のいる前でやるわけにもいかない。


「……仕方ない。挨拶してくるか」


 俺は諦め、きびすを返すと待機所を横切った。闘技場の中央のグラウンドをぐるりと取り囲む壁。観客席はその上であるが、待機所に面する壁、その一番前にいるヴォード氏らのもとへと歩く。


「ジンか?」

「他に誰に見えます?」


 兜で顔を隠したまま、俺がわざとらしく肩をすくめるとヴォード氏は皮肉げに唇の端を吊り上げた。


「顔を見せろ。いったいどこの田舎騎士だ」


 田舎騎士とは何だ。俺は苦笑しながら、バイザー部を上げて素顔を見せてやった。だが、すぐ閉める。


「お師匠……」


 ユナが、俺の子供のような態度に少々呆れのこもった視線を寄越した。


「それで、ご用件は?」

「そう邪険にするなよ。武術大会に出るなら、一言言ってくれてもよかったじゃないか」

「冒険者ギルドに申告が必要だとは思いませんでした」

「別に申告はいらないが……」


 ヴォード氏は腕を組んだ。


「まさかお前が騎士の格好をするなんてなぁ……。本職は魔術師だろう?」

「そりゃ、これでも魔法騎士学校の生徒ですから」

「なるほど。冒険者としてではなく、学校の代表としての参加か」


 そういうわけでもないが……。まあ、勝手に勘違いしてくれたから、そういうことにしておこう。アーリィーのためです、なんて説明できないしな。


「お前、剣は使えるのか?」

「これでも騎士生ですから」

「愚問だったな。しかし、お前が出るなら、おれもエントリーすればよかった」


 ヴォード氏は豪快に笑った。するとラスィアが、ごほんと咳払い。


「立場を考えてください。もう若くはないんですから」

「何を! おれだってまだまだ若い奴らには負けておらんぞ!」


 言い返すギルマスに、俺も同調した。


「ええ、ヴォードさん、あなたはまだ充分若い。最近だって古代竜退治に活躍された」

「そらみろ、ジンもこう言っている」

「ジンさん……ギルド長をあまり煽らないでください。最近落ち着いてきたのに、あなたと会ってから、また剣を持って前線に出るようになって――」


 冒険者ギルドのマスターとして落ち着いて欲しい、と言うラスィアさん。俺はヴォード氏を見た。だろうね。


「錆びつくのはまだ早いと思っただけだ。お前が剣を使えるなら、手合わせしたかった」


 俺は御免だね。竜殺しの英雄となんてさ。


「では、他になければ戻ります。ライバルの動向を見ておきたいので」

「ああ、行って来い。もし分からないことがあったら、おれのところに聞きに来い。これでもかつては大会常連で、優勝経験もあるからな」

「さすが」


 過去大会での優勝者か。さすがだァ、英雄殿。武術大会でもその名を残していたか。


「お師匠。魔法は使われないのですか?」


 ユナがそんなことを聞いてきた。俺は首を捻る。


「どうかな。特に制限するつもりはないよ。相手次第だ」

「見たことのない魔法を見せていただけるのを期待しています」

「……お前らしいよ」


 俺は高ランク冒険者たちに背を向け、マルカスやサキリスのもとへと戻る。


 と、観客の声が一段大きくなった。決闘場へ視線を向ければ、そこにいたのは一瞬、戦闘ゴーレムである青藍せいらんかと思った。


 もちろん、俺は参加させていない。全身フルプレートメイルをまとった騎士――というよりは、どこかバトルスーツを連想させるデザインのそれが、決闘場をスケートで滑るように駆けていた。そして手にはハンドガンじみたシルエットの武器が二丁……!


 それはまさに銃だった。立て続けに放たれたのはレーザー、ではなく電撃弾。盾を構えた対戦相手は麻痺効果のある電撃によって防御を崩され、蜂の巣にされて倒された。守りのペンダントがなかったらと思うとゾッとするやられ方だった。


 ちょっと、これまで見てきたタイプとはまるで違う選手と言える。ゴーレムや機械ではなく、中にはちゃんと人が入っているようで、兜をはずすと三十そこそこの男の顔が露わになった。


「……いま勝ったのは?」


 俺が聞けば、マルカスが口を開きかけ、しかしサキリスが先に言った。


「マッドハンターという名前の傭兵です」


 元お嬢様だったメイドの視線が、決闘場端のトーナメント表に向く。


「初参加のようですが……、正直、強いですね彼。もしこのまま勝ち上がると――」


 俺の三回戦の相手になる可能性があった。もちろん、俺にしろ、いまちょっと次元の違う戦いぶりを見せたマッドハンターなる傭兵にしろ、二回戦の結果次第ではあるのだが。


 やれやれ、聖騎士殿の次は、あいつと当たるかもしれないのか。楽をさせてはくれないようだな、本当。

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