第363話、武術大会、開始!
王室観覧席にてエマン王が挨拶する後ろで、アーリィーはジャルジーと控えていた。
かつては天敵だった従兄弟は、誘拐騒動以後は、なんとも接しやすい人物に変わっていて、アーリィーは以前のように傍にいるだけで緊張することはなくなった。
ジンが彼に何かしたのは何となく察しているけど、いったい何をしたんだろう……?
「なあ、アーリィー」
そのジャルジーが小声で言った。
「お前は、誰に賭けたんだ?」
賭けた、とは、優勝者を予想する賭けのことだろう。武術大会のもうひとつの勝負というか、イベントとして優勝者予想の賭けが行われているのはアーリィーは知っている。ほぼ毎年、観覧しているが、アーリィーは一度も賭けたことはない。
――でも、ジンが出るなら賭ければよかったかな。
当然、ジンの優勝に、だ。苦笑するアーリィーに、ジャルジーは先に言った。
「ああ、お前はジンに賭けたな? そうだろ?」
「いや、実は賭けてない。しまったな……ボクも賭ければよかったよ」
「賭けてない!? 何をやってるんだお前は……!」
少しトーンが上がった彼に、後ろで控えていた公爵の部下――フレック護衛騎士長が咳払いした。それに気づき、ジャルジーもまた咳払いして、トーンを落とした。
「オレはジンに賭けたぞ。アイツは必ず優勝する」
「へえ、根拠はあるのかい?」
「奴は強い」
ジャルジーは片目を閉じた。
「オレにはわかる」
「……ボクだって」
――わかるさ。うん、わかってるけど……大丈夫、だよね?
アーリィーは心配になる。思わず祈るように手をあわせたくなるが、観覧席を見ている他の者たちからその姿を見られるわけにもいかないので我慢する。
「――それでは、存分に腕を振るい、武名を轟かせよ!」
エマン王の重々しく、貫禄を感じさせる演説が終わり、闘技場が歓声に包まれた。ヴェリラルド王、万歳! 万歳!
その声に、アーリィーはしばし父親が称えられて誇らしくなった。
・ ・ ・
式典らしい式典といえば、エマン王の演説と、対決手順の最終確認程度だった。
いろんなところから参加した、身分も職業も種族も性別も異なる連中が、お行儀よく整列するはずもなく、演説と確認が済むと、トーナメントの順番に従って順に試合が始まることとなった。
試合を行う選手以外は、闘技場脇の控え室で休憩したり、あるいは試合を待機所で観戦したりする。
または客席へ行ったり知り合いと談笑したり、闘技場を出て買い物をしてきても構わない。ただ、自分の試合時に決闘場にいない場合、失格となる。
俺は頭から数えて2番目に試合がある。つまり、5分後にはもう試合ということだ。だから待機所で前の試合を観戦していた。
聖騎士ルインと軽戦士ナウタの試合。この勝者が、俺が一回戦を勝った場合に当たることになる。
金で装飾された白い甲冑をまとい、盾と剣を持つオーソドックスな装備の聖騎士ルインが決闘場に立つと、周囲から大声援が上がった。
さすが優勝候補殿。男女問わず、登場しただけで喝采を浴びる。対戦相手のナウタ氏、二本の短剣を持つ戦士は、すでに表情が引きつっている。
会場全体が敵みたいな空気なんだろうなぁ……。
審判による『開始』の合図。それぞれの選手が身に付けた守りのペンダントは現在、青に輝いている。だが三分で効果が消えてしまうので、それまでに試合に決着をつけるか、あるいは有利で終わらなければならない。
「来なさい」
冷静に、ルインが相手に声をかけた。大声を発したわけでもないのに、周囲の声援に掻き消えないその声。二十半ばと思われる若き聖騎士は落ち着き払っている。盾を構え、ロングソードを手に、対戦相手を射すくめる。
わずかな時間が流れたが、相手にとっては長く感じたようだった。ルインの守りは堅い。時間をかけても攻められない――ナウタはそう判断したらしく声を張り上げ、突進した。
聖騎士は待ち構え、衝突寸前、わずかに盾を前に出した。
次の瞬間、勝負が決まった。目の前を盾が覆い、視界を遮られたナウタは、その下から突き出されたロングソードに胸を刺され――守りのペンダントの効果で実際は刺さっていないのだが――吹き飛んだのだ。ペンダントは青から一気に赤の点滅にまで持っていかれていた。
一撃である。またも大歓声が会場に吹き荒れた。
あの剣――一撃でごっそり持っていったのは威力か、はたまた聖騎士殿の腕か。
サキリスが俺のそばに来た。
「聖剣アルヴィト。神に仕えし戦乙女の名を冠する剣ですわ」
「ほぅ、聖剣ね」
俺は感心するが、兜のバイザーを下ろしているので表情は、周囲にはわからないはずだ。
「白妖精の盾、天使の鎧……その装備も超一級品」
「ふむ、装備で既に大半の連中が負けているな」
俺のコメントをよそに、歓声に応えながら決闘場より下りる聖騎士。反対側から下りるナウタは肩を落としている。……相手が悪かったな、うん。
「ご主人様、健闘を」
「ありがとう」
次は俺の試合だ。騎士装備の俺は決闘場へ上がるための五段程度の階段を登る。反対側からは、すらりと細身の格闘魔術師、ヴィレ。
外見は二十代くらい。短髪で線の細い男。だが表情は冷ややかで、緊張している様子はない。結構整った顔だちをしている。
腕にはごつい手甲。身体は動きやすさ重視か、胸を守るプレート以外は戦闘服とズボンという格好だ。
先ほどの聖騎士殿のときのような歓声は沸かなかった。俺が無名だからもあるが、おそらく相手も知名度がないのだろう。
俺とヴィレは、三メートルほど離れて対峙する。補助員が俺とヴィレに守りのペンダントを手渡す。それを首から下げると、審判がそれぞれ定位置についたのを確認し
「始め!」と叫んだ。
「烈火!
ヴィレが声を上げながら突っ込んできた。振りかぶった手甲から、炎が噴出し包み込むように展開する。短詠唱、それにしても中性的な声だ。
「吹き飛べ! フリントォナックルっ!!」
格闘魔術師。近接主体の魔法を使う魔術師である。俺は盾――ホワイトオリハルコンのカイトシールドを突き出す。
盾と炎の拳がぶつかった。ガンと重い衝撃。第一撃は受け止めた。カウンター狙い――ロングソード!
しかしヴィレは「瞬脚!」と風の魔法を使って離脱を図る。カウンターを読んでその間合いから逃れようというのだろう。
だが、こいつの間合いを見誤ったな! 剣の魔石を押し込めば、剣先にまとった風が収束しエアブラストを放った。
直撃。だがとっさに手甲で庇ったヴィレは吹き飛びながらも、何とか決闘場に踏み止まった。なお、決闘場から転落ないし吹き飛ぶと、減点1をつけられてしまう。判定勝負になった際に不利となる。
「その剣、風の魔法剣でしたか……。そういえば君は魔法騎士生でしたね」
ヴィレは表情を引き締めた。
「私は油断していたようですね。次からは本気で掛からせていただきます!」
ひょっとして、このヴィレって女性かな。お胸があまりないようだけど――俺がぼんやりと思っていると、相手の手甲に電撃が走った。
俺は盾を前に、正面から突進した。オリハルコンのシールドは電撃弾を無効化。そして距離が縮まったところで、俺はエアブーツの加速で、一気に肉薄した。
「なっ――!?」
騎士装備の俺が予想外のスピードで突っ込んできたので、ヴィレは虚を突かれたようだった。構わずシールドバッシュ。ヴィレをはね飛ばし、場外へと押し出した。
「ヴィレ選手! 減点1!」
審判員が宣言する。わっ、と周囲が沸いた。大歓声とは程遠いが。
1回戦は、泥臭く行こうじゃないか。俺はバイザーの奥でニヤリと笑った。
どうせ試合時間は三分しかないんだ。判定勝負まで粘ってやるよ。その間に、何回場外へ飛ばせるかは、わからないけどね……!
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