第366話、聖騎士ルイン
この男には華がある。
今年二十五歳を迎えた聖騎士は、ヴェリラルド王国における王都騎士団では最高の実力者と目される。
騎士団では先陣を行く突撃隊を率いるルインは、勇猛果敢だ。だが猪武者ではなく、ふだんは寡黙にして冷静である。それが周囲には凄みに映る。どっしりと揺るがない様は、周りに与える安心感が桁違いだった。
かといって、決して無愛想ということはなく、礼儀正しい振る舞いは、その涼やかな顔立ちと相まって、老若男女を虜にする。
天は二物を与えず、と言うが、この男は例外だと、エマン王は思っている。実力がなければ貧弱な騎士。顔が厳つければ、ただの堅物となっていただろうから。
闘技場の王室専用観覧席にて、エマン王は、決闘場を見下ろす。
いよいよ二回戦が始まる。
一番手は、我らが聖騎士ルインと――アーリィーが贔屓にしているジン・トキトモと言う魔法騎士……。
ちら、とエマン王は、王子――いや娘であるアーリィーを見やる。何やらジャルジーと話し込んでいるが、二人はいつから仲がよくなったのか。……先日、ジャルジーがアーリィーを自領へ連れ去った際に何かあったのだろう、と思うのだが。
元々、犬猿の仲。ごたつくかと思ったら、案外すんなり解決したようで、正直ホッとしている。
だが、一方で、アーリィーは、ジン・トキトモへの恋心を募らせているという。父であるピレニオに、ジンなる人物は太鼓判を押されていたが、エマンとしてはわからないことのほうが多く、複雑な心境である。
優勝したら娘はくれてやる、と言ったが、果たしてジンとやらは、それほどの実力があるのか。
一回戦を見たところ、そこそこ強そうではあるが、相手を場外に出しての判定勝ち。細かな動きは凡人ではないようだが、目に見えて強者のようには感じられなかった。今からぶつかる王都騎士団最強の聖騎士ルインを相手に、勝てるとはとても思えない。
わぁ、と歓声が巻き起こる。
我らが聖騎士が入場したのだ。優勝候補でもある彼だが、その姿は王者の風格が漂う。獅子の姿が見えるようだ。
一方で、ジン・トキトモも決闘場へと上がる。何の変哲もない騎士鎧姿。兜を被りバイザーを下ろしているため、その素顔は見えないが、どこか貧相に見える。ルインが騎士団長なら、ジンは田舎騎士という印象を与える。
おそらくこの場で、ジンが勝つと思っている者はほとんどいないだろう。アーリィーと、何故かジンの肩を持つジャルジーを除けば。
・ ・ ・
周囲の声がうるさかった。観衆は聖騎士殿の勝利を疑わず、黄色い声援を送っている。完全なアウェイ感を感じる俺だが、どうせ異世界人である俺からしたら、どこだってアウェイだ。
「始め!」
試合開始の合図。
聖騎士ルインは盾を構え、こちらの出方を窺う。
聖剣アルヴィトを右手に、左手には白妖精の盾。天使の鎧をまとうイケメン聖騎士殿は、なるほど画になる。ただその表情は引き締まり、熟練者のそれ。外見に優れている者特有の見下し感は欠片もない。
試合時間は三分もない。このままお互いににらみ合って時間切れになったら、果たして勝敗はどうなるんだろうと思う。人気なんていうバロメータ使われたら俺の負けだぞ。
慌てて突っ込めば、一回戦で見せたような聖剣でのカウンターで一発KO。とはいえ、このままというわけにはいかない。
とまあ、剣しか武器がない人間は思うのだろうが――本職は魔術師なんだよね!
俺は剣を掲げる。その切っ先にファイアボールを形成。ホワイトオリハルコンソードの風の層を干渉させて炎の勢いを増す。
ルインは俺の様子を窺っている。まあ、そうだろう。踏み込んできてもこっちも盾で迎撃するだけだしな。
俺は剣を振るう。白熱化したファイアボールを放つが、それは正面からは行かず、迂回するように聖騎士の右へと回りこむ。
と、同時に俺は奴の左側へとエアブーツの加速で移動する。
さあ、どっちへ対応する? 俺か、それとも回り込んでいるファイアボールか。威力が通常のそれより高いことはひと目見ればわかるだろう?
どちらかに対応すれば、もう片方はルインの背後を突くことになる。人間の視野は真後ろは見えない。
ルインは動いた。俺のほうに。
白妖精の盾を構えて一気に距離を詰める。ファイアボールのスピードを侮っていませんかね! ……いや侮っていないんだろうな。
ルインがジャンプした。フルプレートメイル装備でよくも跳ぶ――と、まあそこは魔法でカバーしているのだろう。
そうやって俺の視点を上に向けようとしているのだろう? 俺の放った火の玉を、俺にぶつけようとして。
だが残念! ファイアボールは俺に直撃することなく、すぐにルインを追って、その背中に命中した。
「くっ……!」
本職の魔法使いを舐めるなよ。お前の思惑などお見通しだ。
落ちてくる聖騎士。ウェイトダウンからのシールドバッシュ! ルインの重量を落とした上で、盾でぶん殴る。
聖騎士がぶっ飛ぶ。重さが激減したことで、重量によるブレーキが利かず、場外へと飛び出す。そこへ重量アップをかけてまたも体重を操作して地面へと叩きつける。
観客たちがどよめいた。優勝候補たる聖騎士ルインが、無名の騎士生に一本とられたのだ。これを予想した客が、はたしていただろうか?
当のルインもまた、やや驚いた表情を浮かべる。彼の守りのペンダントは青から黄色に変化していた。
落下中を叩いたが、重量を軽くした分、威力が伸びなかったようだ。もっともそうでなければ、奴の重みでこっちが腕にダメージ受けるところだったから仕方がない。
できればここで決めたかったのだが、少しは苦戦して見せないといけないだろう。仮にも、優勝候補殿であるわけだし。
・ ・ ・
「ジンがルインを場外に出した!」
「おおっ!」
アーリィー、そしてジャルジーが歓声を上げた。王室専用観覧席より、眼下の聖騎士と騎士生の試合が展開している。
エマン王は目を瞬かせる。信じられん。あのルインを場外へと追い落としたと?
会場の驚きは、王の驚きでもあった。
ジャルジーが顎に手を当てる。
「なるほど。魔法は正面から撃つものとばかり思っていたが、ファイアボールを陽動に使って回り込むとは……」
「あれ、おそろしく難しいよね。自分も動きながら、なおかつファイアボールをコントロールしてタイミングも合わせるなんてさ」
アーリィーも頷いた。感心を露わにする二人に、エマン王は逆に表情が曇る。
まだだ。まだルインが敗れたわけではない。
判定となった場合、不利となる減点をもらったが、時間内に倒してしまえば関係ないのだ。
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