第360話、闇討ち


 王都南地区。一般階級の住民が多く住む居住区画は、闇に包まれていた。


 電灯に近い性質がある魔石灯のある世界とはいえ、夜はその明かりは減る。蝋燭などに頼っている家庭も多く、それらも常時明かりをつけておくこともしないためだ。


 とはいえ、降り注ぐ月光が、外を出歩くには十分な光源となっている。


 リアナ・フォスターは、とある民家の屋上にいた。緩やかな三角屋根に伏せるように身をひそめている。


 特殊部隊出身の少女にとって、待つことは苦ではない。帰ったら何かしたいとか、誰かと何か約束をしているとか、そんなものは一切なく、武器の手入れをしたり、景色を眺めたりしながら頭を空っぽにするのが日課だった。


 だからその時が来るまでじっとしている。話し相手が欲しいとか、退屈とか、そんなことは考えない。


 カメレオンコートは動かない限り、普段から察知されにくいが、月明かりの下でもそれは変わらない。DMR-M2ライフルの銃口は、馬車の往来できる小広場の先にある、酒場近くの建物に向けられている。


 息を潜め、リアナはライフルの専用スコープを覗き込む。


 弱い魔力を放ち、その反射によって暗闇でも物の姿を浮かび上がらせる機能がついている。いわゆる暗視スコープ代わりの代物だ。ウェントゥス軍に入り、こういう品はないかと相談したらディーシーからもらえた。


 人が通らなくなって久しい深夜帯。そこへ、ふらふらとした足取りで進む一人の人間の姿を捉える。短髪の女――武器を携帯している戦士のようだが、酔っているようにゆっくりとした歩調だった。


 リアナは耳につけた魔力通信機に触れる。


「こちらセイバー3。デコイを確認」

『――了解した』


 通信機からネクロマンサー――フィンの声が聞こえた。


『引き続き監視を頼む』

「セイバー3、了解」


 ほとんど変化ないように小さく息を吐くとリアナは、デコイ――女戦士の動きを追った。とある建物の扉を叩いている。


 ややして、扉が開き、出てきたのはガタイのいい大男。それは目の前の女戦士を見て驚く。


 専用スコープで、大男の表情の変化を見つめるリアナだが、その青い瞳は何の感情もなかった。マークスマンライフルの引き金に、指をかけもしない。まだ撃つところではないのがわかっているからだ。



  ・  ・  ・



 メンティラが現れた――それは、キャプターの構成員たちの耳に入った。


 王都南地区にある秘密アジト。一般建物の床に作った隠し扉の下にある地下室。もとは商人の倉庫だったために部屋が複数あり、通路は狭いが部屋はそこそこ広い。


 いまは大帝国の諜報員チームにして、要人誘拐グループ『キャプター』の拠点となっていた。


 大男に抱き上げられ、諜報員メンティラは、地下アジトの奥へと運ばれた。その顔は青ざめ、血の気がない。何かの尋問や拷問を受けた後のようにも見えた。


 そんなリーダーの帰還に、本来ならもっと用心すべきだった。だがここ数日、チームメンバーが数名、行方不明ないし殺害されている状況とあって、彼らは動揺していた。


「メンティラ! いったい何があった!?」


 慌てて駆け寄る構成員たち。そのうちの一人が気づいた。おぞましい腐臭に。そしてハッとする。


「オルソ、馬鹿野郎! てめぇの目は節穴か!?」

「はぁ!?」


 大男――オルソは、いきなり罵声を浴びせてきた構成員ラタを睨んだ。


「何だいきなり……」


 次の瞬間、オルソはその首元を噛みつかれた。


 え、何に――わけがわからず驚愕し、見ればそこには青白い顔を通り越して紫色に変色している肌を持つメンティラの顔があり、噛みついてきているではないか!


 地下の照明に当たったことで、ようやく肌の色が常人のそれでないことに気づく。腐臭はしたが、それは尋問なり拷問を潜り抜けた時のものだと勝手に思い込んでいた。


 そう、メンティラは、ゾンビだった。いや、ゾンビになっていた。


「うわ、クソッ!」


 オルソは力の限りにメンティラを引き離した。直後、構成員たちが武器をとり、メンティラの身体を刺した。


 だがすでに死人であるメンティラは奇声を上げて、さらなる犠牲者を求めて腕を振る。


 大槌を持った戦士が渾身の一撃を叩き込み、メンティラの頭を叩き潰した。ゾンビは動かなくなり、後には腐臭、いや死臭だけが残った。


 噛まれたオルソは傷口を押さえ、溢れ出る血を抑えようとする。くそ、噛まれた、くそっ――悪態が連続してこぼれる。


「何なんだ、これは……」


 ラタが呆然と呟き、惨状を見つめる。他のキャプター構成員たちも、状況の整理がつかず顔を見合わせる。


 その時だった。


 すらりと影が動いた。悲鳴が上がる。キャプター構成員が次々に黒いそれに刺され、あるいは斬られ、倒れていく。


「な、何だ!? ――うげっ!」


 目を見開くラタ、その視界を残像のようによぎったのは、黒い服をまとう少女――!?


 その瞬間、首を裂かれた。


 少女、いや本当は少年である黒装束の人物は、異世界転移者であるニンジャのヨウ。彼は自身の影の分身と共に、またたく間にキャプターの構成員たちを血祭りに上げていく。


 そのニンジャ少年の耳に、ガタンと奥で物が倒れる音がした。三歩で部屋を横断し、奥の部屋へ。そこには倒れた画板と、壁にぽっかりと人が通れるくらいの穴が開いていた。



  ・  ・  ・



『リアナさん、秘密の抜け道がありました! おそらく、外に通じています!』


 ヨウの声が、魔力通信機を通して聞こえた。リアナは、すっと息を吐く。


「了解」


 専用スコープを覗き込む。広場に面した敵のアジト。その周囲を素早く見回す。建物の奥は別の民家があり、そこに出口がない限りは捉えられる。


『リアナさん! 建物に出ました! いま、外に飛び出しました! おそらく二人!』

「……いた」


 微弱魔力の反射が捕らえた灰色の人影がスコープに映る。自然に呼吸を止め、流れるようにトリガーを引く。サプレッサー付きのDMR-M2ライフルが空気の抜けるような音を発する。


 ウェントゥス軍提供の風の防音魔法機能付きのサプレッサーである。魔法技術を応用して作られたそれは銃声を響かせることなく発射された。


 スイカを撃ち抜くように、逃げるキャプター構成員の頭を弾が貫く。ドサリと倒れ伏す仲間に驚き、走りながら振り返るもう一人の男。だが刹那の間、その脳天を銃弾が撃ち抜き、男の身体を駒のように回しながら地面へと倒れさせた。


「……仕留めた」

『お見事です』


 ヨウの称賛の声が聞こえた。


 こんなのは当然。褒められるようなものではない。リアナはスコープを覗き込みながら、再び監視に戻った。


 その夜、王国で噂となっていた要人誘拐グループ『キャプター』は、密かに壊滅した。

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