第361話、暗殺命令書


 王都に潜伏していた『キャプター』の秘密アジト、その地下室の一室は血の臭いが充満していた。


 要人誘拐の仕事をこなす工作員、戦闘員、諜報員、連絡員……それらが例外なく、血に塗れて倒れ、あるいは壁に寄りかかり絶命している。


 いや、この中にひとり、まだ息がある者がいた。


 オルソという名で知られていた大男だ。キャプター内では戦闘員として活動。先日のアーリィー王子誘拐の際も、王子を連れて撤退する味方を掩護し、近衛騎士を一人返り討ちにしている猛者である。


 が、そのオルソは壁に寄りかかり、首もと近くを噛まれた傷を押さえたまま動けずにいた。


 見逃された。


 黒装束の少女は、他の構成員たちを次々に血祭りにあげていったが、何故かオルソには手を出さなかった。


 気づかなかったわけではない。何せ、彼女とは一瞬、視線が合ったのだ。だがその影のような少女は手も出さずにオルソとすれ違ったのだった。


 自分以外は全滅した。


 殺戮の場と化した室内を、仮面をつけた怪しげな魔術師が闊歩かっぽする。


 襲撃者の仲間、あるいはリーダーか。謎の仮面の魔術師は、アジト内を我が物顔で物色する。机の上のものを見て、書棚を見やり、壁に張られた王都の地図を眺める。そして――次の標的である、王都闘技場の構造図を睨む。


「……まだ話せるかね、大男くん」


 仮面の魔術師が、闘技場の図を見つめたまま言った。オルソはじんじんと全身に広がっていく痛みに顔をしかめる。


「私の言ったことが聞こえたかね?」

「……お、俺の、ことか……?」

「君以外に誰がいるか聞きたいね」


 魔術師は他人事のように告げた。


「これは闘技場だな。ボックス席に印がついているが……君らの次の仕事かね?」

「……」


 オルソは黙る。組織を襲撃した敵――その一員と思われる魔術師に何故喋らなくてはいけないのか。身体が痺れていなければ、今すぐ捻り潰したものを……。


「君は、ゾンビに噛まれている。もうじき君もアンデッドの仲間入りをする」


 どくり、とオルソは心臓をつかまれたような痛みを感じる。メンティラ――リーダーがアンデッドとなって噛みついた。ゾンビの中には生者をアンデッド化させる者がいる。そしてゾンビ化は、神聖魔法や聖水がなければ治せない。


 オルソの中で絶望感が広がる。自分がゾンビになる、その恐ろしさに脳が痺れてきた。肉は腐り、思考は混濁し、腐臭に塗れ、おぞましい姿に堕ちる……。だが、しかし――


「へへ、ゾンビかよ……。そうなったら、てめえを噛み殺してやる」

「無駄だよ。何故なら、私はネクロマンサーだからな」


 ネクロマンサー! こいつがメンティラをゾンビにしたのか!? オルソは戦慄した。


「君がだんまりを決め込んでも私は一行に構わん。ゾンビ化したら、私の術で君の知っている情報を洗いざらい聞き出すからね」

「……!」

「もうそろそろ身体の自由がきかなくなってきているだろう? 自殺もままならないだろう頃合だ」


 何てことだ! オルソはもはや言葉も出なかった。すべてが計算のうちということか。抵抗しようがしまいが、すでに詰んでいる。


「メンティラがどうしてああなったか、君に話してあげようか。なに、まだ君のゾンビ化まで時間があるからな。自分がどうなるかわかれば、少しは心安らかになるだろう」


 仮面のネクロマンサーは語り出した。


 捕らえたメンティラを椅子に拘束した上で、アンデッド化する薬を飲ませた。毒白ガエルの皮、エタガエルの毒袋、アルビジアの種、サラマンドラの皮膚毒――これらに生き物を燃やして作った灰を入れて混ぜ合わせて作るというその薬は、少量では意識喪失や幻覚作用を引き起こすが、一定量を摂取するとゾンビになってしまうと言う。


 尋問という形では沈黙を通したというメンティラだったが、このネクロマンサーは彼女がゾンビとなるまで待ち続け、その後、情報を引き出したという。


 なんというイカれた奴だ。人をゾンビ化させてその命を弄ぶとは! 外道な死霊使いめ――


「じゃあ、君らは何なんだ?」


 ネクロマンサーは冷ややかだった。


「いままで何人さらい、そして殺してきたのだ? これでも私は善人には死霊術を使わないというポリシーを持っているのだがね」


 悪党には容赦しないが、と呟くと、仮面のネクロマンサーは机の上にあった紙切れを広げた。


「メンティラ宛ての密書か。説明してくれるかな? 大男くん」



  ・  ・  ・



『それで、今度は殺し屋か』


 魔力念話で俺は呟いた。


 朝日が昇る。モーゲンロート城の城壁まわりを散歩中。清々しい空気にすっきりした気分。


『ジン、聞いてるか?』

『続けてくれ、フィンさん』

『ふむ。キャプターのアジトからは、メンティラに宛てた命令書があった。それによれば、ヴェリラルドの国王、つまりエマン王を、武術大会中の闘技場で暗殺するようだ』

『差出人は――』

『記載はないが、オルソくんの話では大帝国発行の命令書で間違いないそうだ。後継者問題で、継承権第一位の王子と第二位の公爵との間にごたついている間に、王を討つ事で混乱を狙ったのだろう』

『あわよくば内乱を誘発させる、か』


 だがその目論みは、上手くはいかないだろう。帝国は知らないだろうが、仮にエマン王を暗殺したところで、アーリィーとジャルジーの間で話し合いが済んでおり、内乱の可能性はゼロである。……まあ、タイミングによっては少々面倒が増えるのだが。


『メンティラは、すでにこの世にいない』

『ああ、キャプターの構成員が、アンデッド化した彼女の頭を潰したからな。だが、命令書によると、他に二人、王暗殺を命じられている』


 フィンさんの報告に、俺はこっそり嘆息をつく。ため息をつきたくもなるだろう?


『名前は「プロウラー」、そして「レネゲイト」。まあ、おそらくコードネームだろう』


 メンティラは「キャプター」だった。組織名として使われていたみたいだが。


『すると、そいつらも、個人名ではなく、組織名だったりするのか?』

『そうかもしれないし、違うかもしれない。キャプターのオルソくんは、組織外のことは知らなくてな。まあ、諜報員は自軍の別組織のことは必要以上には知らないものだ』


 芋づる式に捕まるのを避ける意味でも。


『引き続き、調査と王暗殺に動くプロウラー、レネゲイトの始末を図るつもりだが』

『すまないな、フィンさん。そうしてもらえるとありがたい』


 俺が礼を言うと、フィンさんは言った。


『王の暗殺は「闘技場で行うこと」と指定があった。おそらく多くの目がある中で殺害することを目的としているのだろう。ただし、方法については各個自由にとのお達しだ。……手口がわからないのは厄介だ』

『あらゆる事態を想定して……。言うは易しの典型だな』


 アーリィーにも伝えて、近衛たちにも警戒を厳にしてもらおう。式典などの警備は、近衛の領分とはいえ、暗殺命令が出ている案件ともなればハイレベルな警戒配置が必要となろう。


 そして、敵さんも、そういう厳重な警戒を潜り抜けての暗殺を行うプロである。


 俺は大会に参加するが、かといって何もしないわけにもいかない。アーリィーはもちろんだが、今エマン王にお亡くなりになられても困るのだ。


 王が来ない、というのが一番確かではあるんだけど……難しいんだろうなぁこういうのは。

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