第359話、大会前日


 武術大会前日。闘技場や王都の一部施設にて、対戦表が発表された。エントリーは締め切られていて、減ることはあっても増えることはない。


 そんなわけで、昼前から貼り出された対戦表の前に、大勢の人間が集まる。


 参加者もいれば、明日からの大会を観戦しようという王都住民や旅行者もいた。有名どころの選手が誰と対戦して、どのような戦いを見せるのか。

 それらに思いを馳せる者もいれば、誰が優勝するのか賭けを始める者もいる。大会の裏で、賭けもまた、イベントの醍醐味でもあるのだ。


 さて、俺は、魔法騎士学校前に貼り出された対戦表を、マルカスと共に見に行った。他の生徒たちも大会が気になるのか、参加しないのに来ている野次馬も多い。


 トーナメントだなぁ。えっと、何回勝てば優勝なんだ……? 7回か、ふうむ。俺は対戦表をじっと見つめ、対戦相手の名前を近いところから眺める。リーレや橿原かしはらは近くにはいないな。……うん、待てよ。


「……えっとルインって聖騎士、確か優勝候補だっけか?」

「近いのか?」


 マルカスが、同じく表を眺めながら言った。


「二回戦」


 初戦の相手は格闘魔術師とあるが名前は知らない。まあ、それを言ったら俺にとっては知らない奴らばかりなのだが。


 が、二回戦でぶつかるだろう選手の片方に、聞き覚えがあった。


「お気の毒さま」


 マルカスは自分の名前を探しているのだろう。気のない感じだ。俺は他の有力選手や知り合いがどこにいるか探す。橿原に……、マルカス発見。……あ。


 もし順調に三回戦まで勝ちあがったら、マルカス君はリーレとぶつかる。お気の毒さま――俺は心の中で、友人に同情した。


 ひととおり眺めた後、俺たちは寮へと戻った。


 順当に勝ち上がったとして対戦するだろう相手を予想していく。


 一回戦は、格闘魔術師でこれは固定だ。二回戦以降はあくまで予想であるが、優勝候補と目される聖騎士殿で間違いないだろう。三回戦は……駄目だな。わからん。誰が強いのか見当がつかない。


 四回戦は橿原。五回戦はリーレだろう。マルカスには悪いがね。


 六回戦は……どうだろうな。優勝候補にあげられている剣豪殿が勝ちあがってくれば、そこでぶつかるだろう。


 七回戦こと決勝は、ここまでくると予想がつかない。


 強い奴とは遅かれ早かれ戦うことにはなるのだが、こう並べてみると、結構ハードだよ。


 ほんと、気が重い。



  ・  ・  ・



 月明かりが降り注ぐ。暦の上では夏だが、日本とは違い、そこまで気温が上がらないせいかヴェリラルド王国の夏は過ごしやすい。


 大会前夜、俺はモーゲンロート城のアーリィーの私室にいた。もちろん、誰の断りもいれることなく、こっそり忍び込んだ。こんなところを誰かに見られて、王様に報告でもされたら、面倒なことになるのは想像がつく。


 だが俺はもちろん、当のアーリィーさえ控えるつもりは毛頭なかった。


 明日は死ぬかもしれない、とか、失敗したら逃げよう、とか、そんな話は縁起でもないのでするつもりはなく、俺とアーリィーは窓から優しく輝く月を眺めていた。


「……で、なんで自分の部屋なのに、矯正下着つけてたわけ?」


 俺が問うと、アーリィーはくすくすと笑った。


「そりゃ、ボクはここでは『男の子』だもん。姉さんや妹が来た時、女の格好してたらマズいでしょ?」

「……そうか、姉妹にも秘密なんだったな」


 以前、そんなことを言っていた気がする。アーリィーが王城に戻ってから、何度か訪れたが、いつも人がいない時を狙っているので、彼女の姉さんや妹さんには対面したことがなかった。


 女の子状態のアーリィーも可愛いからな。きっと姉妹は美人揃いなんだろう。


「明日の大会にはエマン王や君も、闘技場へ来るんだろう? 姉妹は来るのかい?」

「姉さんも妹も来ないよ」


 そりゃ残念。あわよくば会えるかと思ったが。そこでアーリィーが、少々むっとした顔になった。


「何で、聞いたの?」

「さぞ美人だろうと思ってさ。君によく似て」

「大会後の祝賀会には出席するだろうから、そこで会えると思うよ。でも、本音をいうとジンとは会わせたくない」

「何で?」

「姉さんはボクより美人だし、妹もそう」

「……なんだ、俺が君より姉妹のほうになびくと思った?」

「だってジンって、結構美人に弱いよね」

「美人に強い男なんているのか?」


 すると彼女は俺を軽く小突いた。


「ボクは君が他の女性にも手を出すのは構わないと思っているけど、君の女性関係の中でもボクが一番であって欲しいと思ってる」

「正妻の座は渡さないって?」


 この辺りは、王族思考なのかな。王子様は複数の女性と関係を持つのは珍しくない、そう吹き込まれている故なのか。それを他の育ちの者と一緒にするのはどうかと思うが、案外違いがわかっていないかもしれない。


 実際、アーリィーは王子だけど女だから、女性を自分のハーレムに入れたことはないだろうし。……実際のところ、そんなものはないのだが。


「君に嫉妬されるのは光栄だね」


 俺は小さく首を振ると、アーリィーの顔をまじまじと見つめた。


「明日は、君のために戦うよ」


 そうでなければ武術大会などに出るものか、というのは本音。アーリィーは笑みを返した。


「ボクは観覧席でジンの活躍を観てるから。怪我だけはしないでね」

「守りのペンダントがあるんだ、滅多に怪我はしないよ」


 たぶんね。油断はしないけど。


「だが君も気をつけるんだよ。俺が渡した魔法具はあるな? 必ず身に付けておいてくれ。君の身に何かあったら、困るからね」

「うん。……神様が君を守ってくれますように」


 幸運を。

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