第356話、俺氏、エントリーに行く
「武術大会に出るのですか?」
その言葉を、俺は幾度となく掛けられることとなる。
最初に言ったのは、メイドのクロハだったか。サキリスに「お前も出るか?」と誘ってみたが。
「いいえ、ご主人様が参加なさいますのに、わたくしがでしゃばるわけには参りませんわ」
金髪メイドのもと魔法騎士生は参加を辞退した。魔法騎士になりたい、と頑張っていた頃、この武術大会参加を目標のひとつとしていたと思っていたが。
「……正直に言うと、未練がないわけではないのですが」
サキリスは神妙な調子で言った。
「キャスリング領をかすめとった周辺貴族たちの目もございます。大会に参加したとして、国王に領地のことを嘆願したらと勘ぐられてしまうと、わたくしのみならずご主人様にも迷惑が掛かる可能性があるかと」
……確かに。そう言われてしまうと、俺としても無理強いするわけにもいかなかった。まあ、いつか、彼女のしたいようにできるようになればいいと思う。
まだしばらくは大人しくしております、と元お嬢様は目を伏せた。
「武術大会に出られるですか?」
次にその言葉を投げかけてきたのは、近衛のオリビア隊長だった。
アーリィーと俺、ベルさんでの久々の晩餐。そこでアーリィーが、俺が武術大会に参加するのを凄く楽しみにしていると言った。それを聞きつけた近衛隊長が思わず口走ったのだ。
「私も、近衛に入る前に一度参加したことがございます」
オリビアは、懐かしむように言った。
「まだ騎士生でしたが、四回戦まで勝ち進めました。ただ相手の剣士がすこぶる強く、そこで瞬殺されてしまいましたが……」
おや、経験者がいた。というか騎士生ということは。
「ひょっとして君もこの学校の生徒だったとか?」
「はい、その年の卒業生では次席でした」
優秀だったようだ。まあ、近衛で隊長をやっているくらいだ。しかし、彼女より上の人間が一人いたわけか。……いいね、人の思い出話は嫌いじゃないよ。
「武術大会に出るのか!?」
翌日、久しぶりに学校へ行ったら、マルカスに言われた。
俺はわずか数日離れただけなのに、ちょっと懐かしい気分に浸っていた。誘拐されたアーリィーが無事に戻ってきたことで、さっそく貴族生たちがお見舞いの言葉をかけに寄ってきた。
なお、俺たちが北方領に行っていた時、マルカスだけ蚊帳の外だったから、ちょっと拗ねていた。ウェントゥス軍で訓練もしていたのに、知らされていなかったから実戦に参加できなかったのだ。
まあ、それはそれとして、俺は友人とも言えるマルカスに、大会に参加することになった旨を伝えた。
「そうか、ジンも参加するのか」
「も、ということは、お前も参加するんだな?」
「エントリーは済ませてある」
マルカスは頷いた。
「おれの腕ではどこまでやれるかわからないが、腕試しに」
できればあんたとは当たりたくないが、と言われてしまった。
・ ・ ・
昼で授業が終わり、俺はマルカスとサキリスを連れて学校を出た。武術大会参加のエントリーを済ませるためだ。
二人の話では、王都スピラーレで行われる武術大会は、専用の闘技場で行われる。王都北東部に存在する円形のそれは、大勢の見物人を収容できる大規模施設だった。
人が行き交う通りを抜けて、闘技場へ向かう。強固な石造りの建物は、ローマのコロッセオを連想させるほど高く、荘厳な佇まいを見せている。近くで見上げたら、ちょっと首が……。
人の姿はそれなりに多かったが、受付自体は、昼食時に行ったせいか比較的空いていた。なお学生とメイドという組み合わせのせいか、周囲から視線がちらちらと。
名前と職業……ここで俺はちょっと迷った。魔術師スタイルではいかないつもりだから、冒険者か、はたまた魔法騎士学校生徒か……。参加者に聞いてみよう。
「マルカス、お前は何て書いた?」
「おれは魔法騎士生にした」
……真面目だなぁ。他の参加者やギャラリーも、学校の生徒ってところは見るだろうに。見栄を張らないというか、何と言うか。
彼がそう書いたなら、俺もそうしておこう。……日本人の悪い癖。同僚や友人が書いたのを真似る。受付のお姉さんが言った。
「見習い魔法騎士ですね」
「……はい」
魔法騎士生は、見習い魔法騎士という扱いらしい。見習いねぇ、いまいちだな。
登録はその後、特に問題もなく終了した。受付のお姉さんからは、大会のルール確認を強く勧められた。反則を取られて失格になる方が毎年何人もいますから、と。……あー、はい。
受付場のすぐそばに、すでに参加登録をした者の名前と職業が張り出されていた。参加者だろう戦士や魔法使いが、それを見上げて連れたちと談笑している。
自然と俺もそちらへと目が向く。知っている名前があるのではないかと思ったのだ。……ふむふむ、おお、何人か見た名前があるな。クローガ、ナギ、ガルフ……古代竜討伐の時に一緒した冒険者たちだ。そういえばギルド長やヴィスタとかも出るのかな。
現時点で、80人ほどがエントリーしていたが、他に覚えのある名前はなかった。まあ、他にも職業欄、冒険者がいたので名前を知らないだけで、顔は知っている者もいたかもしれない。
俺は、同じようにエントリー表を見上げているサキリスとマルカスに聞いた。
「知っている奴はいるか?」
「有名どころが、そこそこいますわね」
サキリスが言えば、マルカスも頷いた。
「優勝候補はすでにエントリーを終えているようだ。聖騎士ルイン、剣豪ヒエン、狂戦士バルタ……今年も出てきたなぁ」
「ふむ。見たところ魔術師が少なそうだな」
俺は、職業欄に注目する。サキリスが小首を傾げて俺を見た。
「ルール上、魔法使いはやや不利ですから」
聞けば、防御魔法で完全ガードしたり、浮遊で飛行などして、対戦相手から攻撃できない位置などから攻撃すると、審判からの判定が厳しくなるらしい。何でもあり、と言いながら、距離を置いた戦い方が望ましい魔法使い系には少々しんどい。
「まあ、今回は魔法騎士でのエントリーだからな」
「純粋な魔法使いがいないわけではないが……」
マルカスが口を開いた。
「魔法を使う戦士や格闘家などは多い。近接戦ばかりだと思うと痛い目見るぞ」
「ご忠告どうも」
地元民の助言は、しかと受け止めよう。マルカスにしろサキリスにしろ、武術大会は毎回観戦をしていたと言う。
「大会には、だいたい何人くらい参加するんだ?」
「どうだったかな……。毎年100人は超えていたと思うが」
マルカスが、メイド服の元クラスメイトへ顔を向ける。
「去年は確か、110人くらいでしたわ。本当は120人ほどいたらしいのですが、エントリーはしたけど、参加しなかった者がいましたから」
「へえ、不参加か」
「試合前に怖気づいたなんて言う人がいるが」
マルカスは腕を組んだ。
「参加者を狙った暗殺なんて、きな臭い噂もある。実際、大会前に暴漢に襲われたとか、事件に巻き込まれたなんてことが毎年起きてる。……あんたも、気をつけろよ」
「オマエモナー。参加者だろう」
俺が棒読みっぽく言えば、マルカスは笑った。サキリスがメイドスカートの裾をつまむ。
「ご安心ください、ご主人様。貴方様が優勝できますよう、誠心誠意、サポートさせていただきます」
「……お、おう」
いったい何をしてくれるんだい、という問いが出かけたが、クラスメイトの手前自重した。
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