第355話、思いがけない展開


 どうしてこうなった? 俺はそう思わずにはいられなかった。


 俺が武術大会に出て、優勝すること。


 アーリィーとエマン王の会談の結果、そのような話となった。


 こうなった経緯を説明しよう。


 モーゲンロート城の王の私室に呼び出されたアーリィー。密室による国王と王子の会話はしかし、俺は盗み聞いていた。


 透明化の魔法で部屋に入り観察……親子の話に入り込むマナー違反は承知である。


 性別を明かして、王子から姫になる――お前はそれでいいのか、と問うエマン王に、アーリィーは敢然と「はい」と頷いた。


 姫となった後のことは何か考えているのか、と聞かれた時は、やや困ったようにした後、父上の指示に従うと言いながらも、できれば王族を離れたいと言った。


 王子だったものが女になった。世間的には一応男であったため、女になったからといって嫁にしようという者はそういないのでは、というアーリィーだったが、エマン王は、王族であるというだけで関心を示す家柄は多いと言った。


 もともと美人だったからな、と王が告げた時、アーリィーはとても乙女な顔になって赤面し、もじもじとしていた。


『王族を離れたいというのは、お前が好いている男のモノになる、ということか?』


 単刀直入なエマン王の物言いに、アーリィーは面食らった。


 何故、知っているの、という顔になる。……まあ、ベルさんだろうな、と俺は思った。同時に、国王陛下の口から投げかけられた言葉に、俺もむずむずとしてきた。


 アーリィーはテレまくって、何度か躊躇ったのち、「はい」と、エマン王の問いに答えた。


 こちらから告白するまでもなく、彼女の答えを聞いてしまった俺ではあるが、エマン王はといえば、小さくため息をこぼした。


『あいわかった。お前の気持ちは理解した。だが私は王として頷くことはできん。例えお前が王位継承権を離れようとも、ヴェリラルドの血を引く者には違いない。それを他所にやるとなれば、有力な貴族か相応の能力を持った者でなければならぬ。……周囲を納得させるだけの理由が必要だ』


 あ、なんかデジャヴった――というのが、俺のその時の正直な感想だった。


 エマン王は重々しく告げた。


『お前を女とする計略――それを武術大会後の祝賀会で行うつもりでおる。大会優勝を勝ち取った勇者が称賛される場だ。誰もがその者に注目し、またその言動に注目が集まろう……。優勝者には賞金と、その者の願いを叶えるというものがある』


 武術大会に優勝するとそういうオプションが付くらしい。後で聞いたところによれば、騎士になりたいとか、国に仕えたいとか、故郷の村が抱えている問題とか、そういう類を王様が聞き届けてくれるんだという。


『お前の想い人は、優秀な魔術師と聞いた。もしその者にお前を自らのモノにしたいと思っておるなら、大会に優勝しろ。そしてお前を妻に欲しいと口にせよ――ああ、もちろん、お前が女になった後でな。さすれば、王にして主催者である私は、周囲がどう言おうと約束を果たさねばならなくなる……』


 要するに、俺が大会に出て、アーリィーをください、と言えば、王様は聞いてくれるということだ。


 これはかなり譲歩してくれているのではないか、と俺は思った。いきなり現れたよくわからない人間に娘をくれてやる、というのは、父親としては素直に頷けないものがあるのではないだろうか。


 まあ、あれだ。大会を優勝するような強者なら、まだ納得できるということなのだろう。


 アーリィーは父親の言い出したことに、しばし言葉を失っていたが、恐る恐るといった調子で言った。


『それは、彼が大会に出ないといけない話ですよね……?』

『無論だ。身分なき者が王族の娘を娶るつもりならば、せめて名を上げよ』


 もしエマン王が、王国北方の蟻亜人集団と大帝国の軍勢を撃退した者が、アーリィーの意中の相手だと知っていたなら、果たしてこのような提案をしたかは大いに疑問ではある。


 アーリィーは、その日でもっとも弱い「はい」という返事をした。


 聞いていたとはいえ、本来ならこの場にいるはずのない俺に発言権はなく、かくて、俺は武術大会に参加するのが決まってしまった。



  ・  ・  ・



 久しぶりにアクティス騎士学校に戻った。


 青獅子寮へ戻れば、帰還した王子を、近衛隊ならびに執事、侍女一同が出迎えた。アーリィーがさらわれた際に負傷したオリビア隊長ら怪我人も復帰していたが、当日警備につき死亡した近衛騎士の姿は当然ながらそこにない。


 俺のほうも、メイドであるクロハがお迎えしてくれた。サキリスやスフェラの顔をみて、ホッとしている様子をみて、彼女ひとりでここに残っていたから不安だったんだと思う。


 久々に自分の部屋に戻るアーリィー。俺もまた個人の魔法工房に戻って一息つくわけだが、黒猫姿のベルさんは笑うのである。


「しかし、あれだけ嫌がっていた武術大会にお前さんが参加することになるとはねぇ」

「……」

「いやいや、エマンもまた粋なことをするな」

「楽しそうだね、ベルさん」

「オレ様は出ないからな。完全に他人事さ」


 出ないのか。俺はちょっと意外に思う。俺が参加するなら、ベルさんも物はついでとばかりに出てくるかと思ったのに。


「どうせ雑魚ばかりしか出ないだろうからな。それにお前さんの恋路を邪魔するのも無粋だろう?」

「……あんたも粋だな、ベルさん」

「だろう?」


 黒猫は鼻で笑った。


 さて、その武術大会である。


 開催日は一週間後。ちなみに参加締め切りは開催日の三日前。エントリーしなければ、参加できないわけだが……うわー、面倒だなぁ、ほんと。メンドクサイな!


「武術大会か。まったく参加する気なかったから不勉強なんだが」

「おう、そう言うと思って調べてきてやったぞ」


 ベルさん、手回しが良すぎ。ひょっとしてエマン王に、俺に武術大会に出るよう仕向けさせたとかしてないよな……?


「武術大会といっても、要は己の武器、技、魔法なんでもありの決闘だな。参加するのは戦士や剣士、武道家のみならず、魔法使いや弓使い、僧侶、傭兵や騎士など、戦えれば何でもいいらしい。人間だけでなく亜人や獣人も参加できる」


 へえ、魔法もありなのか。人間以外も参加となると、かなりバリエーションがあるな。


「参加の動機は腕試し、最強の称号、賞金、有力者のスカウト待ち、願いを叶えるなど、まあ色々だ。この国だけでなく、大会の話を聞いて周辺国から駆けつける猛者もいるらしい」

「おー、それはご苦労なことだな」


 俺は露骨に顔をしかめる。


「ベルさん、そんな話を聞いても雑魚ばかりなんてよく言えたな。強そうなのがゴロゴロしてそうだ」

「まあ、そうなんだけどさ。オレ様は見世物になるのは御免だからな。どっちかっていうと見るほうが好き」

「俺だって見世物になる気はないんだけどな……」


 話を聞いた限りでは、興行としてかなり集客力ありそうな催し物だ。以前、クラスメイトのマルカスと話した時も、一大イベントっぽい言い方してたしな。


 ああ、嫌だ嫌だ。優勝しろなんて言われたけど、勝ったら勝ったで目立ちまくりじゃないか。


 諸外国からも人が来るというなら、ちょっと考えないといけないな。姿こそ、二十手前だが、俺がジン・アミウールとして活動していた頃を知っている者が訪れないとも限らない。


 魔術師スタイルで行くと、身バレの可能性もありうる。

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