第348話、公爵の見た光
光が走った!
ケーニゲン領の領主にして、このオレ、ジャルジー・ケーニゲン・ヴェリラルドの目の前で、これまで見たことのない光が平原を青白く染めた。煌々たる光が円を描き、広大なズィーゲン平原を光で満たしたのだ。
これが極大魔法!
最初の一撃で、14、5万の亜人どもが消滅したらしい。数十キロもの範囲を覆う大群である。地上からではどの程度、吹き飛ばせたのか、ここからではいまいち判別がつかなかった。
だが全体像は見えずとも、あれだけひしめいていた蟻が、きれいさっぱり消える様は絨毯から不快な染みが取り除かれたようで気持ちがよい!
ややして、遥かな空より光が降り注ぐ光景を目にした。あれはいったい何だ? オレは目を疑った。生まれてこの方、こんな光景は目にしたことがない。大地に降り注いだ光が爆発し、地上の蟻どもを打ち砕いているようだった。
あれもジンの仕業だというのか? ……何たることだ。ジンはたった一人で20万以上の敵を蹴散らしてしまったぞ!
これはぜひ、我が配下にジンを加えたい。ジンがいれば、ヴェリラルド王国を強国たらしめ、大陸を制覇することもまた夢ではない……!?
そこで唐突に頭が痛くなった。なんだ……? 思わず頭を押さえると、不意にジンの顔が脳裏をよぎった。恐ろしく冷酷な目で俺を見下している魔術師――
奴とは絶対に対立してはならない。
心臓が痛くなり、背筋が凍った。
だが痛みはすぐに引いた。オレは何を考えていた……?
思い出せない。何か大事なことを忘れているような気がしたが、まあよい。オレがそんなことを考えていると、アーリィーが手を叩いて、皆の注意を集めた。
「ジンの許可はとった。これから残敵の掃討にかかる。ズィーゲン平原は広いから、デゼルトに乗っていく。全員、乗車!」
アーリィーが仕切る。なんでお前が仕切るんだ、と口から出かけるが、奴は王子でオレは公爵だからな、うむ。何もおかしくはない。……何だろう、また何かひっかかったが、やはり思い出せなかった。
ちなみにここにはアーリィーとメイドがひとり、人間の魔術師がふたり。そしてオレと部下のフレックがいるのみである。
アーリィーがさっさとデゼルト――魔法装甲車に乗り込む。オレが車に乗ろうとするのを、フレックが止めた。
配下の騎士団も兵もなく前線に出るのは危険だと言って。話は分かるが、ここはオレの土地だ! 領主たるオレが動かないでどうすると言うのだ!
デゼルトの後ろから乗り込み、ルーフとか言う天井の蓋を開けようとする。やはり未来の王たる者は、高みより見下ろすのがよい――などと思っていたら、アーリィーがこのデゼルトを操っているではないか!?
ぐぬっ、オ、オレも動かしたいぞ……! 猛烈に羨ましい!
動き出したデゼルト。アーリィーは「重いな」とか言いながらも車を操っている。するとアーリィーの隣の席にいた金髪メイドが天井の蓋を開けた。あそこもルーフとやらになっていたのか。
あっちがよかったな、と思いつつ、オレはルーフを開けて頭を車外に出した。座席を踏み台に上半身をさらせば、夜風が心地よかった。
斜め前の位置で同じように上半身を出している金髪メイドが、何やら不思議な形をした石弓のようなものを操作し始めた。あれは武器か? 城の防衛用に備え付けられている射撃武器に似ているが……弓ではなさそうだが。
その間にもデゼルトはズィーゲン平原を突き進む。月が出ているとはいえ、こんなに速度を出して大丈夫なのか。オレは疑問に思ったが、これだけ頑強そうなデゼルトである。むしろ障害物など粉砕してしまいそうだ。
「アーリィー様! 左方向に敵!」
例の金髪メイドが報告した。石弓のような武器をそちらへと向けるさまがあまりに自然で、このメイド、戦闘もこなせるのかと感心してしまった。
だが驚くのはここからだった。メイドの構えていた武器が火を噴き、高速の何かが連続して放たれたのだ! ライトニングの魔法に似ているが、少し違うか? しかし、何とあのメイド、魔法を使うのか!?
魔法、特に攻撃魔法を使う侍従は、ごく一部を除けば珍しい。……さすが王子、付けられるメイドも一流ということか。
オレの後ろでルーフから姿を見せた魔術師二人。
銀髪に胸の大きな美女がユナ・ヴェンダート。かつて天才魔法少女と名を馳せた人物で、実際に会うのは初めてだったが、名前は知っている。
もう一人は、スフェラとかいう女魔術師。どこか得体の知れない雰囲気をまとっていて、初見では突然、陰から現れたようでびっくりした記憶がある。
デゼルトで平原をかける間、見つけた蟻亜人をユナの魔法が吹き飛ばしていく。……あれ、オレの知ってる魔術師ってこんなんだったっけ? ユナがファイアボールを十何連発も放つ。普通の魔術師とは格が違う!
なるほどな、魔術師が戦場で恐れられる理由ってのが、改めてわかった気がするぜ。まあ、一番ヤバイのは極大魔法なんて使うジンだけどな……。
デゼルトはさらに進む。前方の敵は、金髪メイドが魔法武器で撃ち倒していく。
サキリスと言う名の美少女メイド、彼女が使っている魔法武器――あれは機関銃というらしい。何でも機械文明時代の武器らしい。
何とも使いやすそうだ。威力も申し分なさそうで、ぜひ欲しいと思った。試しにオレでも使えるのか、と問えば、サキリスは恭しく一礼した。
「もちろんです、公爵閣下」
「ではオレにやらせろ」
物は試しだ。サキリスのいるルーフにお邪魔して……少々狭いためメイドはルーフから出て、デゼルトの上に乗るとオレに使い方をレクチャーした。……なんだ、簡単ではないか!
狙いを定めるのはクロスボウとさほど変わらない。矢を番える必要がない上に連射できる。引き金を引けば、連続して放たれる弾。それが亜人を撃ち抜く……なんだこれ、楽しくなってきたっ!
これは我が軍に導入したい。一般兵でも扱えて、従来の投射兵器以上の連射性能と射程、威力を持つ。城や陣地などに置く迎撃兵器としても、野戦でも使える。これがあれば――
結局、その日は徹夜でズィーゲン平原を駆け回ることになった。途中、飛竜に乗ったジンが戻ってきたが、奴も残敵の処理に飛び回っていた。
オレはこの日を生涯忘れることができないだろう。
我がケーニゲン領に攻め寄せた蟻亜人の大群を、ひとりの魔術師が一掃してしまったこと。魔法装甲車や機関銃といった新技術に兵器……。
朝日を浴びる頃には、これまで感じたことのない高揚感に満たされていた。
そう、今までとまったく違う何かだ……。まわりにいる凄い奴らと一緒に戦った。一員になれた気がした。オレ自身、よくわからないんだが……もしオレが公爵以外になっていたら、などと考えてしまったわけだ。
陳腐な言い方だが『仲間』というか、まわりが部下じゃなかったせいか、そう感じたんだ……。
ほんと、何故そうなったのか、まったくわからないのだが。
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