第346話、ズィーゲン平原に、光走る


 ヤール村は小さな集落で、人口は100人に満たない。村の東側には広大な麦畑が広がっている。


 一応、自警団の建物があって、獣避けの石垣が村周辺に張り巡らされていたが、蟻亜人の集団に襲われたら、ひとたまりもない。


 まあ、ここを戦場にするつもりはないけどね。


 領主であるジャルジー公爵とその一行の休息地としつつ、村に脅威が迫っていることを村長らに説明してもらう。


 後方のクロディスへの連絡やらを公爵殿がやっている間、俺たちはその時を待った。


 日が暮れる頃には、高空にてウェントゥス艦隊が配置につき、すべての準備を終えた。さて、動こうかね。


 一応、勝手に動くと逃げたとか言われると面倒なので、領主であるジャルジーに、これから攻撃を仕掛けると通告した。


 村長の家に、お泊り予定だったジャルジーは声を張り上げた。


「いやいやいや、待て待て待て!」

「……」

「今から!? 夜だぞ! しかも、こっちは応援も到着していない!」

「到着を待っている余裕はありません」


 俺は事務的に告げた。


いくさには好機があります。それが今なのです」

「勝てるのか?」

「もちろん、そのつもりです」


 勝ち目のない戦いはしない主義なんだ。ある程度の勘定をして弾き出した結果、圧倒的な兵力差をチートで潰すと判断しただけである。


 戦いはやってみないとわからないものである。想定外の事態は起こりえるものだが、それをカバーできる算段はついている。俺も、昨日今日戦場に関わった素人でもないんでね。


 英雄魔術師の戦いをとくとご覧に入れる。まあ、一方的な蹂躙ではあるが。



  ・  ・  ・



 月明かりの下、広大なる平原を蠢く影。蟻亜人の大集団、それがゆっくりと進撃を始めた。


 飛竜形態のベルさんの背中から、俺は眼下の光景を見渡す。青白い光に照らされて動く真っ黒な染み。このペースだと二、三時間以内にヤール村が襲われることになるだろう。


 そうなっていたら、ジャルジーらが慌てふためいて逃げ出すことになっていただろうな。早く動いたのが功を奏した形だ。……つーか、蟻ども。昼間より動きが速いんじゃないか?


 夜風を正面から浴びながら高速で飛行するベルさん。敵集団上空に飛翔体はなし。地上から上がってくる気配もない。下は蟻で真っ黒。すでに敵地上空、十数キロほど侵入している。


 相変わらず気味が悪いが、二度目のせいか、前よりは気分は楽だった。むしろ、この胸糞悪い連中を綺麗さっぱりさっさとふっ飛ばしたい。


「もう少しで敵集団の中心だぞ、ジン!」

「見渡す限り、敵だらけだな!」


 風に負けないように俺は大きな声を上げた。


「ベルさん、どうせ真ん中に降りても全部はやれない! ここでいいぞ、ダイブしてくれ!」

「あいよ! 掴まってろよ!」


 翼をたたみ、漆黒の飛竜は急降下を開始した。そしてベルさんは咆える。


「全てを飲み込む闇、我が敵を深遠に引きずり込め。ダークゲート!」


 降下地点、半径三十メートルの円を描いて、そこにひしめいていた蟻亜人が地面に現れた闇に飲み込まれて消滅した。そこに生えていた草も消え失せ、大きな円が月明かりに照らされて浮かび上がる。


「ようし、ジン。足場は確保してやったぞ!」


 さっと地上に降り立つ飛竜。俺は素早く、ベルさんの背中から降りた。


「サンキュー、ベルさん!」


 ルプトゥラの杖を手に、すでに光の極大魔法を脳裏に描きおわっている。ベルさんが翼を羽ばたかせて飛翔し、俺は敵集団の中に取り残される。


 ダークゲートでこじ開けた円の中に、後続の蟻亜人どもが侵入してくる。背は低いが、硬そうなフォルム。手にはナイフや槍じみた武器を持っている。


 それがぞろぞろと迫ってくるのは脅威だった。何せ数が多すぎるし、歩調を変えずに向かってくる。対応を間違えれば、あっという間にグンタイアリにやられる大型の虫のような最期を迎えるだろうな。


 俺の魔力に加え、ルプトゥラの杖のフルパワーを加算した光の極大魔法――喰らいやがれっ!!


 流れる膨大なる魔力、それが一点に集中し、ロッドが輝く!


「バニシング・レイっ!」 


 まばゆい光が迸ほとばしった。青白い光の大河が、俺に迫っていた蟻の亜人の集団を押し流し、いや光に飲み込んだ。


 圧倒的な光と熱量が、蟻亜人の強固な装甲を溶かし、その身体を蒸発させる。


 杖からあふれ出した光の濁流を水平に、右方向へと旋回させる。青白い光が敵集団をゆっくりと包み込み、飲み込んだ者を光の中で分解する。


 時計回りに旋回。直線距離では集団全体に届かないなら、敵の中で全周をなぎ払えば、ある程度の射程はカバーできる。そしてここはほぼ遮るものがないズィーゲン平原。万を超える敵を渦と化した光の海に溶かし込んでいく。


 おおよそ12秒の照射で、十数万の蟻亜人が消滅した……と思う。少なくとも、周辺で動く敵の姿はない。俺は深く息を吐き出す。

 そこへ、ベルさんが飛来した。


「よう、ジン。戦果報告聞きたいか?」

「頼む」

「全体のおよそ7割を喰ったぞ。集団後方にいた連中はまだ進み続けているがね」


 一発の成果としては期待通りだな。


「残りは5万前後ってか。もとの数を知っていると、これでも少なく思えるのが不思議だ」

「ああ、まだ数万残ってるんだけどな」


 俺はベルさんの背中に乗る。翼を広げ、漆黒の飛竜は飛び上がる。


「他にも少数の生き残りがぽつぽついるみたいだ」

「そいつらは、後で個別に潰していくしかないな」


 周囲を一掃したので、平原上に動く気配はない。月明かりがあるとはいえ、夜には違いない。暗視の魔法で視界をクリアに。高度を上げながら進むベルさん、その向かう先に、再び蟻亜人の大集団が見えてきた。


 ぞわぞわもぞもぞ、と。あれだけ大勢の同胞がやられたにも関わらず、のそのそと行軍を続ける蟻亜人。その無機的な顔に表情は浮かばず、かえって不気味だ。


 低高度を旋回しつつ、敵陣形を確認する。光の掃射魔法でごっそり減らされた敵集団だが、特に陣形を変えることなく、そのまま進んでいる。まさか、前の奴らが吹き飛んだのがわかっていないなんてことはないよな……?


 俺は魔力通信機のスイッチを入れる。


「ディアマンテ、ディーシー。始めてくれ」

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