第345話、敵集団上空


 蟻亜人の大集団を見れば、さすがのジャルジーも遠足気分が抜け、真剣モードになった。


 午後の日差しが降り注ぐ。涼しげな風が吹いてはいるが、太陽によって気温は日中における最大温度あたりに達していると思われる。


 俺は、ウェントゥスから飛ばした観測ポッドによる空からの映像で、敵集団を観察した。黒く蠢く大集団、広大なるズィーゲン平原に侵入したその数は、およそ20万前後。空から見ると、巨大な楕円形の塊だった。足の踏み場もないくらいぎっしりに見えるが、蟻らしいと言えばらしいか。遠目から見ても、結構気持ち悪い……。


 こいつらが向かうところ、生き物すべてを殺し、貪り、建物や田畑を全部踏み潰していくんだっていうんだから、おぞましい。


「あれと戦うだって?」


 ベルさんが鼻を鳴らした。


「20万だってよ。うへぇ」

「スパルタは300人でペルシア軍100万と戦ったから平気平気」


 映画の話で、史実だと戦った兵力はぜんぜん違うらしいけどな。


「なにそれ、聞きたい」


 ベルさんが言うので映画――劇の話だよ、と俺は答えておいた。


「まあ、戦場を限定すれば少数でも大軍をある程度防げるって話だ」


 大抵、この手の話は最終的には敵の物量にすりつぶされてほぼ全滅するけど。映画や小説では犠牲が美徳に映って忘れがちだが、生存者わずかでほぼ全滅しているからね。軍事的に見たら、ノーサンキューだよまったく。


「で、どうするよ、ジン?」

「極大魔法を撃つ……んだけど」


 風に髪がなびく。


「さすがにこれほどの大軍ではな。最大パワーでぶっ放しても一発で全滅させるのは、まあ無理だろうね……」


 大集団の先頭から最後尾まで、数十キロの範囲で展開している。遠くなればなるほど威力が落ちる魔法の性質上、一撃で殲滅は不可能だった。


「最低でも二発。三、四発は必要になるかもしれない。ルプトゥラの杖のストックはあるから、それだけでもいけるとは思うけど」

「公爵閣下も、たぶん観戦されるんだろうな」


 そこでバニシング・レイを連射するのを見るとする。……連合国のお偉いさんに危険視されて、裏切られた苦い記憶が甦るわけだ。


「残りはウェントゥスの機械兵器で、となるな」

「あれはあれで、時期尚早な気もするがな」

「背に腹はかえられないさ」


 俺は考える。何のために軍隊を準備してきたかって考えたら、こういう非常事態に備えて、なんだよな。


 本音を言えば、大帝国が攻めてきても、こっそり密かに活躍するような戦い方をしたいんだけどね。


「残敵掃討レベルにまで減らせたら、ジャル公に任せればいいんじゃね?」

「まあ、そうなんだけどさ。もとが20万超えてるからな。20分の1まで削っても1万は残る計算だ。……そこまで減ったら、さすがに連中も逃げ出すんだろうか?」


 アリさんと人間では、メンタルも違うだろうし、最後の一兵まで戦うなんて精神構造だったらどうしようか。


「そういえば、蟻って女王がトップなんだよな。これだけの集団だ。統率している女王なり頭がいるはずだ。そいつを討てれば、この集団も崩れるんじゃないかな」

「大軍ほど統率は難しいからな。……おい、ジン。あれじゃないか?」


 観測映像を確認するベルさん。ほぼ敵だらけで真っ黒だったが、少しこんもりした盛り上がりが見えた。……なんだ、神輿、いややぐらか? 何だありゃ?


 黒く真っ平らな池に、ぽつりと浮かぶ小屋みたいな……何だかよくわからないものが蟻亜人の上に乗って一緒に動いている。建物のようで建物ではなく、盛られた土の山みたいな塊だ。


「アレが女王……の乗り物か?」

「他にそれっぽいのがないならな」

「あるみたいだ。ほら、これとか」


 俺がモニターを指さす。ベルさんが舌打ちした。


「……ひとつじゃねえのかよ。面倒だな」


 小さな盛られた土の塊みたいなのが、数キロにひとつ程度の割合で見えた。軍隊で言うなら、さながら大隊とか連隊司令部みたいなものだろうか。


「頭を潰せば全体が崩れるとか、そんな甘くはなさそうだ」


 女王ってのは、同じ集団の中に複数いる種類もいるんだっけか。蟻博士じゃないから知らんけどさ。……羽根蟻はいないか?


 空を飛んだりするのがいると厄介だったが。これなら空からガンガン一方的に攻撃できそうだ。


「ジン……?」

「いや、何でもないよ。とりあえず、まだ集落や都市に着くまで時間がある。夜を待って、作戦開始だ」


 俺は魔力通信機のスイッチを入れて、カプリコーン軍港に連絡を入れる。


「ハロー、ディアマンテ」


 準備してきたウェントゥス艦隊を出してもらう。空母にも航空隊を積んで、ズィーゲン平原に頼む。


 指示を出し終わった後、俺とベルさんは魔法装甲車デゼルトの中から外へ出た。ジャルジーとアーリィーは、車外で敵集団を眺めていたので、俺は簡単に説明しつつ、どう攻撃するか、案を披露した。


「極大魔法……」


 ジャルジーが驚く横で、アーリィーとユナは特に表情に変化はなかった。むしろ、それしかないと二人とも思っているようだった。


 アーリィーが上目遣いの視線を寄越してきた。


「ジン。今回は桁違いに多いけど、何とかなりそう?」

「何とかするさ」


 即答する。そのために敵情把握だ。徹底的に叩いてやるさ。


「そんなわけで、色々準備しないとな。とはいえ、あまり時間もかけられない。……ここから一番近い集落は?」

「フレック」


 ジャルジーが、控えている騎士長に問う。


「ヤール村が、敵の進軍経路上にあります。ここから半日の距離。いえ、この魔法車ならばすぐでしょう」

「では、そこに一度、下がりましょうか」


 俺は、皆に乗車を促すと、デゼルトの運転席に乗り込んだ。

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