第344話、公爵閣下、気にいる


 城門を出て、デゼルトに歩み寄る。運転席のドアが開き、銀髪巨乳の魔法使い――ユナが、いつもの淡々とした表情を向けてきた。


「お迎えにあがりました、お師匠」

「ご苦労さん。でもこれから、また一仕事がある。まだしばらくは王都に帰れないよ」

「お供します」


 うん、ありがとうユナ。でもさすがに学校からお叱りがきそうだが。……ああ、そういえば彼女、教官を辞めたがっていたから、ちょうどいいのか?


「おいおいおい、ジン!」


 ジャルジーが俺のそばまできて、デゼルトを見上げる。


「何なんだこれは! 車って……こんな怪物じみた大きさの乗り物なんて。馬や動物が牽いていないのに動くのか!?」

「動いたからここまで来たんですよ。こいつは魔力で動いてます」



 ユナが助手席へと移る中、俺は運転席に滑り込む。


「それじゃ、俺たちは行きますけど、公爵閣下もお乗りになります?」

「……あ、ああ」

「閣下! これに乗るのは危険では――」


 フレック騎士長や背後の騎士たちが声をあげる。


 アーリィーがそれらを尻目にサイドドアから車内へ乗り込む。それを見て、ジャルジーも覚悟を決めた。


「オレも乗るぞ!」

「閣下!」

「あー、後ろの騎士さんたち。いちおう二、三人なら乗れるんで、ついてくるなら乗る人決めてくださいね」


 俺は投げやりに言った。公爵が来るならお供がつくのはわかりきっているので、俺は止めなかった。


 さて、車内後部では、サキリスが「お帰りなさいませ」と俺とアーリィー、そして黒猫姿のベルさんを出迎えた。ご無事で何よりでした、とすっかりメイドが板についている彼女は言うのである。


 ジャルジー公爵とフレック騎士長ほかが、粗末な後部座席に座るのを見やり、俺は言った。


「あまり上等じゃありませんが、ご辛抱を」


 それでは出発。俺はアクセルペダルを踏み込み、デゼルトを進ませた。動き出したことで後ろで「おおっ」と声がしたが、とりあえず無視する。


 だがジャルジーが大人しくしていたのは初めの一分だけだった。


「おお……。おおっ!」


 彼は席を立つと、運転する俺の後ろから、前方から見える景色に感嘆の声をあげる。クロディスの城下町が、どんどん後ろへと流れていくさまを見やり声を出した。


「何だ、この車は! こんな図体で馬車などよりも速いではないか! おい、ジン! これはどうやって動かしているんだ?」


 まるで子供のようだ。後ろで騎士たちが慣れない車内に落ち着かない様子だが、ジャルジーは興奮を露わにする。


 俺が右足で踏んでるのがアクセルペダル、左のペダルはブレーキペダルな――振り返ることなく説明するが、ただ名称を言ってもチンプンカンプンで、いちいち意味などの説明を求められた。うん、煩わしい。


「アーリィー。説明して差し上げろ」


 以前運転を教えたアーリィーに説明をぶん投げる。ユナでもよかったが、彼女は口下手だからな。


 最初はどこか躊躇いがちだったアーリィーだが、そんなことそっちのけで質問を繰り返すジャルジーに、次第に普通に説明するようになっていった。


 そんなこんなで、本来、2、3日はかかる道中を1時間程度で踏破した。……ケーニゲン領って勾配が少なくて、道はないけどずいぶんと走りやすいのね。


 途中、揺れが酷いところもあったが、ジャルジー曰く、こんなに速く移動できる乗り物は始めてだと太鼓判を押された。


「ジン! オレにぜひ魔法車を譲ってくれ!」


 まあ、そうなるよな。うん、知ってた。だから今まではあまり人に見せないようにしてきた。……してきた、よな? 一般人には見せてない。


「嫌ですよ」

「金なら幾らでも積む! 欲しいだけくれてやる!」

「……ホントに?」

「ああッ!」

「とりあえず、その件はいずれ。今は、アリの大群をどうにかするのが先です」


 まあ、味方として信用できるなら、コピーして売ってあげよう。今はそれよりも大事なことがあるのだ。


 ズィーゲン平原に到達。地平線の彼方まで、緑色の世界が広がっている。右手方向、かなり向こうにわずかに森らしきものが見える。緑の絨毯と青い空に白い雲のコントラスト。大自然というやつは実に雄大だ。雲が風にゆったりと流れている。


「気のせいかな……」


 俺は目を細めて、前方を注視した。


「地平線が黒くないか……?」


 同意を求めれば、特等席のベルさん、助手席のユナが同じく視線を向けた。後ろではジャルジーとアーリィーも覗き込んでいる。


 あー、とベルさんが口を開き、今更ながらジャルジーが黒猫に気づいてびっくりしていた。


「どうやら、そのアリどもみたいだぞ」


 ベルさんが遠視の魔法で見ながら言えば、ユナが左手方向を指差した。


「お師匠、あちらに丘があります。上からなら少し見えるかも」

「おう」


 俺はハンドルを切り、左手に見えた丘へとデゼルトを向ける。近くかと思ったが、それでも数キロほど離れていた。坂が緩やかなのをいいことに、デゼルトでそのまま登った。


 頂上近くに停めて降車。ジャルジーは装甲車の天井が開いて、広いパノラマが楽しめるのを発見し、そこからの景色を確かめている。……君、完全に目的忘れてないかね?


 それはそれとして――


「ああ、これはまた……」


 俺は眼鏡型魔法具を取り出し、それで地平線を望む。緑一色に思えた大平原が黒く染まっていた。


 蟻亜人の大集団。まるで紙の上に墨汁を流し込んでいるように黒い。黒に浸食されていく。


 なるほどね、10万は超えてるな。俺の口もとが笑みの形に歪んだ。


「まるで蟻と言う名の波が押し寄せているみたいだ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る